彼と仲を深めるために 男を立てる会話術
これは、アイリスが蓮とデートをするよりも以前のこと。
彼女が蓮と仲を深めようとしている一方で、もう一人、ここに同じことを考えている少女がいた。
「もっと、蓮さんと仲良くなりたいな」
「何ですか急に」
リヴの呟きに、フィアがゲーム機から顔を上げる。
「シルエナさんが言ってたでしょ。僕たちは信頼で強くなるんだって」
「言ってましたね」
「あれから考えてたんだ。もっと蓮さんに喜んでもらえるようには、どうすればいいのかなって」
「そんなことしなくても、毎日家事してやってるんだからそれで十分ですぅ」
「それだけじゃダメだよ。あくまでそれは、僕がここに置いてもらうためにやってるんだから」
フィアは思った。
そんなことをしなくても、あの男は喜んでリヴを住まわせるだろうと。
彼女の気遣いは、少々行き過ぎているのではないかと。
「また膝枕してやればいいんじゃないですか?」
「誘ったことはあるけど、断られちゃうんだよね」
リヴも、蓮は嫌がっているわけではなく、ただ恥ずかしがっているだけなのだろうと理解している。
もっと素直に甘えてくれたらいいのに。彼女はそう思っていた。
「ありがたく受け取ればいいのに、面倒な奴ですぅ」
「蓮さんは真面目な人だから、僕にも気を遣っちゃうんだよ。だから他に何かないかなって」
リヴは、自分よりもフィアの方がませている分、男心には詳しいと信を置いていた。
現に以前、膝枕を提案されて彼を喜ばせることができた実績もある。
「男を喜ばせるのなんて簡単です。褒めてやればいいんです」
「褒める……? 例えばどうやって?」
フィアはニヤリと笑った。
「褒め方は“さしすせそ”です。男は女に立てられるのが大好きなんですぅ。例えば……」
───
「蓮さん。これ、開けてもらえませんか?」
リヴが差し出したのは、固く蓋が閉まったジャムの瓶。
蓮は蓋に手のひらを被せ、力いっぱいに捻る。
「よっ……と。ほら、開いたぞ」
「ありがとうございます。“さ”すが蓮さんですね」
「また何かあったら言ってくれよ」
───
「蓮さん。ハロウィンって何ですか?」
「ハロウィンってのは、子供が仮装して大人にお菓子をねだる日かな。お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ~ってやってくるんだ」
「“し”りませんでした。また教えてください」
「ああ」
───
「蓮さんって、手大きいですよね」
「そうかな? 意識したことないけど」
「僕の手と、全然違います」
そう言ってリヴは、蓮と自分の手のひらを合わせた。
彼のそれは、彼女のものより一回りは大きい。
「“す”ごいですね」
「……そりゃ、男と女だからな」
───
「蓮さん、何を聞いてるんですか?」
彼は耳にイヤホンを挿し、音楽を聴いている。
「ああ。俺が好きなアーティストなんだよ」
「僕も聞かせてもらってもいいですか?」
「いいぞ。ほら」
イヤホンを受け取り、彼の好む音楽を聴く。
「素敵な曲です。蓮さん、“セ”ンスいいですね」
「そ、そうか?」
───
「ふっ……! ふっ……!」
蓮が庭で竹刀の素振りをしている。
その様子を、リヴが覗きにやってきた。
「蓮さんの努力には頭が下がります。“そ”んけいしますよ」
「……そんな、大したことじゃないよ」
───
最近、蓮の機嫌が良いのがリヴにはわかった。
フィアに伝授された褒め方を実践した成果が、確かに出ているのだろう。
「ありがとうフィア。蓮さんに喜んでもらえてるみたいだ」
「おだてられてるとも知らずに、呑気なやつですぅ」
意識して行っているとはいえ、リヴは蓮に嘘をついているつもりはない。
彼のことをすごいと思っていることも、尊敬していることも本心だ。
それでも彼女は、蓮に喜んでもらいたい一心で、彼を褒め続けることにした。
そして、ここから少し暴走していくことになる。
「いい視点です」
「素晴らしい感性ですね」
「鋭い指摘です」
「本質をついてます」
「その考え方ができる人は少ないです」
最近、リヴの様子がおかしい。
なんだかChatGPTみたいになってきている。
こういう時は、どうせあいつが絡んでいるに違いない。
「フィア、お前最近リヴに変なこと吹き込んだだろ」
「なんのことですか?」
「なんていうか……褒め方がすごいんだよ」
「ああ、バレちまったですか」
やっぱり、こいつが一枚噛んでいやがったか。
「何を言ったんだよ」
「男はおだてておけば勝手に気持ちよくなるって教えてやったのですぅ」
「……なんでそんな話になったんだ?」
「それは──」
「何の話してるの?」
アイリスが、二階から降りてきて輪に加わった。
「何よそれ。褒めるばかりじゃ男はダメになるわよ」
彼女は呆れるような顔をした。
「そもそも、なんでリヴはこいつを褒めようとしてるのよ」
「リヴがもっとこいつと仲良くなりたいというので、フィアがアドバイスしてやったのです」
「リヴが、俺と……?」
「ただいま」
リヴが買い物袋を下げて帰ってきた。
「あれ、仲良くお話中ですか?」
「リヴ、フィアから聞いたよ。お前が俺を褒めようとしていてくれたって」
「えっ?」
「……気持ちは嬉しいんだけど、もっと普通にしてくれ。俺は……いつものリヴがいいんだ」
その言葉を聞いて、彼女の顔が曇った。
「……すみません。変な気を遣わせてしまったみたいですね」
「いや、いいんだ。リヴの気持ちは嬉しい。でも俺は……普段のリヴに十分助けられてるんだ。だから変な意識をしないでくれ」
そう言って、蓮はリヴに笑顔を向けた。
「……はい!」
そして、彼女もそれに笑顔で返した。
───
「おはよう」
「おはようございます」
翌朝。
今日も最も早くリヴが起床し、朝食の準備をしてくれている。
「もうすぐできるから待っていてください」
「ああ。……リヴ、いつもありがとうな」
「えっ……どうしたんですか急に?」
「い、いや……」
あんなことがあったが、彼もリヴを褒めてみようと思ったのだ。
だが、自然に褒めるというのはなかなか難しい。
「……いつも、頑張ってくれてるからさ。感謝を伝えないといけないと思ったんだ」
「……ありがとうございます。でも、僕が蓮さんにしてもらっていることを思えば、これくらいなんてことないですよ」
「そんなことないよ」
彼女は献身的に蓮に尽くそうとする。
だが、そんなことよりも──
(お前がそばにいてくれる。俺はそれが何よりも嬉しいんだ)
だがそんな本音は恥ずかしくて、とても口にはできないのだった。




