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少年は女心がわからない 美少女王女との街デート

「買い物に行きたいわ。荷物持ちしなさいよ」


 ある土曜日の午前。アイリスがそう要求してきた。


「買い物? 何を買いたいんだ」


「……女の子には、色々あるのよ」


「何だよそれ。無駄遣いするつもりじゃないだろうな」


「いいじゃない。……蓮、お願い」


 意図的か、偶然か。

 アイリスの上目遣いに、心臓がドキンと鳴る。


(……くそっ! こんな可愛い子に頼まれたら断れるわけないだろ!)


「わかったよ。リヴとフィアも一緒に行くか?」


「楽しいとこ行くですか? じゃあフィアも連れていけです」


 俺が二人を誘うと、アイリスは不服そうな顔をする。


「……今日はあんたが楽しめる場所になんて行かないわよ。留守番してなさい」


 フィアは「じゃあいいですぅ」と素直に引き下がった。


「それじゃ、もう出発するか?」


「あんた先に行ってなさい。札幌駅で待ち合わせましょ」


「待ち合わせ? 別に一緒に行けばいいじゃないか」


「女の子は準備に時間がかかるのよ」


「別にそれくらい待つぞ」


「いいから先に行ってなさい。十一時に札幌駅ね」


 何だよそれ。

 俺はアイリスが意図していることもわからず、言われた通り先に札幌駅へ向かうことになった。


───


 時刻はもうすぐ十一時。

 札幌駅周辺には、それなりの人の流れがある。


 アイリスに先に向かわせられたせいで、近くの本屋で時間を潰すことになった。


 そろそろ来るだろうか。

 そんなことを考えていると──


「蓮」


 と、俺の名前を呼ぶ声がした。

 振り向くと、そこにいたのは──


「お待たせ」


 アイリスだ。

 その姿に、またも俺の心臓は落ち着かなくなる。


 両肩の見えているピンク色のトップスに、白いふわりとしたミニスカート。

 顔は薄く化粧をしているようだ。口には紅が差され、いつもより大人っぽく見える。


(……めちゃくちゃ、可愛いぞ)


 呆然として彼女を眺める俺の姿を見て、アイリスは小悪魔のような笑みを浮かべている。


「あんたが何を考えているかわかるわ。でも、ちゃんと声にして聞きたいわね」


「……何の話だよ」


「女の子をちゃんと褒めなさいって話よ」


 誤魔化しは効かないか。

 俺は観念して言葉を振り絞った。


「……よく似合ってるな」


「可愛い?」


「……可愛いよ」


 そう聞かれたら、そう答えるしかないだろ。


「うーん、六十点。あんたはもっと女の子の扱い方を学ぶべきね」


 前にも似たようなことを言われた気がするぞ。


 よく見ると周りの男は皆アイリスを見ている。

 遠目に見てもわかるその美少女っぷりは、男の視線を捉えて離さない。


「……とりあえず行くぞ。今日はどこに行きたいんだ」


 俺は移動を優先するフリをして、彼女から目を逸らした。


「そこの百貨店から見て回りたいわ」


 アイリスの希望に合わせ、駅から直結している大丸札幌店へと向かうことになった。


───


 一階、化粧品売り場。

 ガラス越しに並ぶ小瓶や色とりどりのパレットに、アイリスの視線は移ろう。


 そして俺は、そのどれもがよくわからず、ただ隣で眺めることしかできない。

 化粧品なんて、口紅の他は目の周りや肌に何かを塗るもの、くらいしかわからない。


「いらっしゃいませ。本日はどのような商品をお探しですか?」


 笑顔で店員が近づいてきた。


「少し見ていただけなんです。どれも素敵ですね」


 アイリスの外面の良さは相変わらず完璧だ。


「お客様、とてもお綺麗でございますね。今のメイクも素敵ですが、こちらの新色もお勧めですよ」


 そう言って、小さなスティックを紹介する。


「秋らしい深みのある赤で、大人っぽさを演出できます。もしよろしければ、お試しになってみませんか」


 アイリスは店員に勧められるまま、ティッシュで唇を軽く押さえ、新しいリップをひと塗りされた。


「お客様、とてもお似合いです」


 鏡を覗き込むアイリスは、とても満足そうだ。


「どう?」


 そう言って俺にも感想を求めてくるので、無難に「似合ってる」と返した。

 だがそう口にしながらも、俺は心の中で首をかしげる。


(いや、そんなに変わってないだろ……)


 確かに僅かに色味は違うのかもしれない。

 だが、わざわざ使い分ける必要があるほどの差を感じることはできなかった。


 店員はそのまま営業トークでアイリスに購入を迫る。

 俺は小さなケースに書かれた値札を見て、思わず目を剥いた。


(こんな小さな一本でこんなにするのか? まさかアイリス、買う気なんじゃ……?)


「素敵ですね。でも今日は見るだけにしておきます」


 俺の想いが伝わったのかどうか、アイリスは軽やかに会釈をすると、店員もそれ以上勧めてくることはなかった。


 俺はほっと胸を撫で下ろす。


「彼氏さんもとてもカッコ良いですね。お似合いですよ」

 

 店員の勘違いに「違います」と答えるよりも早く、アイリスは、


「ありがとうございます」


 と、にこやかに返した。


「またお越しください」


 店員の言葉を背に受けて、俺たちは化粧品売り場を後にした。


「……良いのかよ。勘違いされたままだぞ」


「別に良いじゃない。それより、あんたカッコいいって。あの店員のセンスもまだまだね」


 少し気分を良くしていたところに、アイリスに釘を刺されてしまった。

 俺もお世辞なのはわかっているが、「彼氏さん、まだまだですね」なんて言う店員がいたら見てみたいもんだ。


───


 時刻は十三時が近づいている。

 俺たちは駅近くのスープカレーの店で昼食を摂っていた。


 あの後アイリスはブランドショップをいくつか見て回った。

 俺は「こんなものに大金をかける気なのか」とヒヤヒヤしていたが、結局どれも買うことはなかった。


「……お前、結局何を買いたいんだ?」


「どうしようかしらね。なかなか、あたしのお眼鏡に叶う商品は見つからないわ」


 何だよそれ。まるで特に決めていないみたいじゃないか。


「ところでこれ、美味しいわね。うちでも作ってみようかしら」


 アイリスはスープカレーを気に入ったらしい。


「午後からはどこに行くんだ?」


「どうしようかしら。あんたが決めてちょうだい」


「俺が? お前の欲しいものなんてわからないぞ」


「別に買い物じゃなくてもいいのよ。あたしが楽しめそうなところに案内してちょうだい」


 アイリスは、買い物がしたいわけじゃないのか?

 彼女が何を求めているのかわからず、俺は頭を悩ませることになった。


 そんな俺の様子を見て、なぜか彼女は満足そうに笑うのだった。

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