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王女様のありがたい耳掃除

「できたわよ」


 アイリスが作ってくれた料理が食卓に並ぶ。

 今夜は豚の生姜焼き。美味そうだ。


 最近、朝と昼はリヴ。そして夜の食事はアイリスというのがすっかり定着した。


 当初は自国のものなのだろう、異国風のレシピが目立ったが、最近では日本風のメニューも上手になってきて、アイリスの適応力の高さが伺える。


「どう?」


 アイリスが感想を求めてくる。

 俺が素直に美味いと答えると、彼女は満足そうに笑った。


「最近、肉料理が多くて飽きたです。たまには魚にしろです」


「あんたのクレームは受け付けないわ。食べたいものがあるなら自分で作りなさい」


 確かに最近肉料理が続いている。

 俺は嬉しいのだが、リヴやフィアには少し負担になっているかもしれない。

 

 しかし、作ってもらっている立場で彼女に不満を伝えるのも憚られる。


「アイリスは肉料理が好きなのか?」


「別に普通よ。どっちかというと、もっとヘルシーなメニューの方が好きかしら」


「そうなのか? じゃあなんで肉料理ばかり作るんだ?」


「……別にいいじゃない。嫌だった?」


 俺は嫌じゃない、と伝える。

 するとまた、彼女は満足そうな顔をした。


───


 時計の針は二十一時過ぎ。

 皆が入浴を済ませ、パジャマ姿でくつろぐ時間。


 突然、アイリスに声をかけられた。


「あんた、耳は掃除してる? ちょっとこっち来なさい」


「えっ?」


 強引に耳を覗き込まれる。


「……これは掃除しないと駄目ね。あたしがしてあげるわ」


 確かに最近していないが、そんなに汚れているのだろうか。


「いいよ、自分でやるから」


「そんなこと言って、耳を傷つけたらどうするの? いいから横になりなさい」


 そう言って彼女は自分の膝を叩く。


 それはつまり、膝枕をするということ……。


「いや、いいって」


「いいから横になって」


「そもそもお前、耳掃除なんてしたことあるのか?」


 耳掃除はアジアの文化というイメージだ。

 こいつの国に耳掃除の概念なんてあるのか?


「したことなんてないわ」


 アイリスが堂々と答える。


「ならなんで耳掃除なんてやろうと思ったんだ。いいよ、やらなくて」


「うるさいわね。このアイリスちゃんに任せなさい」


 しばらく押し問答が続く。

 するとアイリスが、痺れを切らしたように大きな声を上げた。


「何よ! リヴのは良くて、あたしはダメだって言うの?」


「リヴのって、何の話だよ?」


 急に何を言い出したのかよくわからない。


「だから……膝枕よ」


「えっ……」


 俺の脳裏に当時の記憶が蘇る。

 リヴが俺を癒そうと、膝枕をしてくれた時のことを。


「なんでそれを知ってるんだ。その時お前いなかったろ」


「フィアから聞いたのよ。あんたが喜んでたって」


 フィアの顔を見る。途端に目を逸らしやがる。

 余計なことを話した自覚はあるらしい。


「……確かにしてもらったけど、一回だけだぞ」


「それを、あたしもしてあげるって言ってんのよ」


 なんでそんなに膝枕したがるんだ……。

 何度断っても、アイリスは引き下がろうとしない。


 俺はリヴの顔を見る。

 何故か、彼女に悪いような気がして。


「蓮さん、してもらっても良いんじゃないですか?」


 だがリヴは何も気にしていない様子だ。


 断り続けたら、あの時も実は嫌だったと思われるだろうか。

 俺はそれを気にして、仕方なくアイリスの申し出を受けることにした。


「それじゃ、ここに来て」


 アイリスの誘導に合わせて、俺は頭を膝に乗せ横になる。

 彼女の太ももには、湯上がりの温もりがまだ残っている。


「まずはマッサージからね」


 アイリスは俺の耳を色んな方向に引っ張ったり、揉んだりする。

 すでに気持ちが良い。


「じゃあ、始めるわ。動くんじゃないわよ」


「……頼むから、刺すなよ」


「失礼ね。そんなことしないわ」


 耳かきが奥に入ってくる。

 様子を見ているのか、恐る恐るというのが感覚から伝わってくる。


 本当に大丈夫だろうか。

 そんな心配をしていると、先端が俺の耳の内壁に触れた。


「んっ……」


「あら、痛かった?」


「いや……大丈夫だ」


 そう、と言ってアイリスは作業を続ける。


 カリカリ……と掻き出すような動き。

 やがてそれは、スッと俺から離れていく。


「取れたわ。アイリスちゃんにかかればこんなものよ」


 彼女はそれをティッシュで拭い、再度俺の耳の中へと潜り込ませる。

 そしてまた外に取り出され、ティッシュで拭き取る。その繰り返し。


「どう? 気持ち良い?」


「……ああ」


 最初は心配したが、アイリスの動きは優しい。

 柔らかに耳に触れる感触が、何とも言えず心地良い。


「これ結構……やりがいがあるわね。楽しくなってきたかも」


 いつの間にか鼻歌が混じっている。

 そんなに俺の耳をほじるのが楽しいのか。


「取れたわ。大物よ」


「そうか」


 そんな時間がしばらく続く。


「それじゃあ、仕上げね」


 アイリスの顔が近づき、俺の耳に息を吹きかける。

 不意を突かれた気がして、俺の体はビクッと軽く跳ねた。


「それじゃあ、こっちは終わりね。次は、はんた……」


 アイリスが「反対」と言いかけて言葉に詰まっている。

 どうした一体、と思ったところで俺は彼女が何を考えているかわかってしまった。


 もう片方の耳を掃除するためには、俺が体の向きを変える必要がある。

 今、俺の顔はアイリスから外に向いているが、次は内に向くということだ。


 それはつまり、俺の顔がアイリスの股間に近づくということ。

 それを今更理解して、彼女は固まってしまったのだろう。


「……アイリス、今日はこれで終わりに……」


「……きなさい」


「えっ?」


「こっち向きなさい! いいから!」


 アイリスはムキになっている。

 自分から誘って始めた手前、引き下がれないのだろうか。


「いいよ、無理しなくて。耳掃除してくれてありがとう。気持ち良かったよ」


「無理なんかしてないわよ! いいから向き変える!」


「お前ら、何を騒いでいるですか?」


 フィアは何が起こっているのかわからない様子で疑問を投げかける。


「いや、反対の耳もしてくれるって言うんだけど、そうなったら俺の顔がアイリスの股間に近くなっちゃうだろ」


「お前、何言ってるですか? 顔じゃなくて足の位置を変えればいいだけですぅ」


「……あっ」


 俺とアイリスの声が重なる。

 俺が顔の向きを変えなくても、一度立ち上がって頭の反対側を乗せれば良いだけなのだ。


「お前ら二人とも馬鹿ですね。それともエロいこと考えていたですか~?」


「………」


 フィアはこれ幸いとばかりに、ニヤニヤといやらしい笑顔を向ける。

 今回ばかりは何も言い返すことはできなかった。


───


「……はい、こっちも終わり。どうだった?」


 反対側の掃除も終了する。


 両耳がスッキリした。

 最中も、とても気持ちが良かった。


「気持ち良かったよ。ありがとうな」


「また明日もしてあげるわ」


「いや、多すぎだろ」


 耳掃除は、しすぎるのも良くないと聞いたことがある。

 それを伝えると、「じゃあ次は一ヶ月後ね」とアイリスは返事をした。


「お前、気持ち良かったですか?」


「……ああ。まあな」


 少し照れ臭いが、否定する理由は無い。


 それを聞いて、フィアも耳掃除に興味を持ったようだ。


「フィアもして欲しいです! リヴ、お願いするです!」


「いいよ。じゃあやろっか」


 そう言ってリヴは、アイリスから耳かきを受け取った。


「お前らの国に耳掃除なんてあるのか?」


「無いですけど、蓮さんを見てたら、とても気持ちよさそうにしてましたから」


「……俺、今そんな顔してたか」


 だらしない顔をしていなかっただろうか。

 そんなことを考えても、今更もう遅い。


 フィアはリヴの太ももに頭を乗せ、リヴは先ほどのアイリスに倣ってマッサージから始める。


「おおう……これは気持ちが良いですぅ……」


 次にリヴの手によって、耳かきがフィアの耳の奥へと入っていく。


 カリカリと耳をかき、とれた垢をティッシュで拭き取っていく。

 フィアは今にも涎を垂らしそうな、恍惚とした顔をしている。


 ……流石に俺はあんな顔してなかったよな?


「……これはたまらんですぅ。リヴ、これからも定期的にお願いするですぅ」


(フィア、気持ち良さそう。今度は僕が蓮さんにやってあげたいな)


 こうして、鷹見家に耳掃除の習慣が根付いたのだった。


(……それにしても、なんでアイリスは急に耳掃除なんてやりたがったんだ?)

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