三大勢力と血の魔女の影
アイリスがうちに来て、1ヶ月半ほどが経った。
その間、他の王女と戦闘になるどころか、存在を認識することもなかった。
「もうこの辺りにはいないのかも知れませんね」
リヴの言う通り、少なくとも札幌近辺にはいない可能性が高い。
北海道は広い。地方に行けばまだ潜んでいるのかも知れないが。
今まで何人もの王女を撃破してきた。
中には逃してしまった相手もいたが、まだ生き残っているのかどうか。
……1人、今まで会ったなかでも異質で危険な王女を思い出す。
クリミア・スカーレット。
血の呪文を操る、冷酷な目をした女。
そして従えていた、不気味な存在感を持つ男。
あいつらだけは、簡単にやられているとは思えない。
「仮にこの辺にもういないとして、これからどうすれば良いんだ?」
「……このまま待つか。あるいは、海を渡ってみるか……」
「……まあ、そうなるか」
リヴの言葉に、皆が同調する。
本州、それに海外か。
世界にはまだ見ぬ王女がいて、俺たちの知らないところで戦いを繰り広げているのだろう。
だが海を渡るとなると簡単じゃない。闇雲に動くわけにもいかない。
「それに海外に行くなら、三大勢力に気をつけないとならないわよ」
「三大勢力?」
アイリスの言葉に俺はおうむ返しで聞き返す。
「三つの大国の事よ。それぞれ複数の国を従えて、強力な勢力を築き上げているの」
俺の見ていないところで、世界ではそんな事になっているのか。
「セレスティア国、レゾナリア国、そしてオブリヴィオン国ですね」
リヴがスラスラと三つの国の名を挙げる。
「そう。特にセレスティアは前回の覇者で、三大勢力の中でも最強と言われているわ」
急に話がでかくなった。
そんな勢力が三つも存在している。ちょっと勝つビジョンは浮かんで来ない。
「複数の国を従えてるって、下についてる国は自分達が勝つつもりは無いってことか?」
「そうよ。元々リーダーの国と国交がある国なのよ。こいつらはリーダーが勝ち残る事に貢献することで、クイーンズクレストが終わったあとも自分達の国益に有利な条件を引き出そうとしてるの」
確かに、それが賢い立ち回りなのだろう。最後まで生き残る事など現実的ではないのだから。
「国交が薄くても、この戦いで存在感を示せればスカウトが来るらしいわ。初めからそれを狙っている国も多いのよ」
「じゃあ、俺達も最後はその3つの国のどこかに協力した方が良いのか?」
「まっぴらごめんよ! 最後まで勝ち残らないと、願いを叶えられないんだから!」
「願い?」
なんだそれは。初耳だぞ。
「このクイーンズクレストを最後まで勝ち抜いた国は、なんでも願いを叶えられるのよ。知らなかったの?」
「知らなかったよ。リヴ、そうなのか?」
「実はそうなんです」
「フィアは最初から狙ってます! 絶対に願いを叶えてやるのです!」
胸を張ってフィアが堂々と宣言する。
「お前の願いって、卵焼きの寿司1年分とかか?」
「ふざけるなです! そんなくだらん願いな訳ないですぅ!」
まあ仮にも王女が願う事と言えば、国に関わる何かだろう。
「じゃあ世界征服とか? どっかの国がそう願ったらとんでもない事にならないか?」
「過去にそういう願いが叶えられたと言う記録はないわ。そういうのは無効になるんじゃないかしら」
なんでもと言う割には随分曖昧なんだな。
「リヴは何か叶えたいことは無いのか?」
「……無いとは言いませんけど、最後まで勝ち残れるとは思っていませんから」
まあ、リヴの性格ならそう考えてもおかしくない。
「ダメです! 絶対に、フィアかリヴが最後まで勝ち残るんです! そう約束しましたよね。絶対にどちらかが、願いを叶えるんです!」
フィアの言葉には随分と迫力がある。
「お前ら何を叶えたいんだよ。もしかして、二人とも同じ願いなのか?」
「そんなの、お前に言う必要ないですぅ」
なんだよそれ。
俺はリヴと目を合わせる。
「すみません。大したことじゃありませんから」
リヴはともかくフィアは随分と必死だ。これで大した事ではないとは思えないが。
でも二人とも俺には言いたくない内容らしい。
「アイリスは?」
「あたしは……」
俺と顔を合わせて何かを考えている様子。少し顔が赤い。
「……そんなの国の発展に決まってるじゃない、バカっ!」
なぜか罵倒された。理不尽な目に遭わされた気がするぞ。
「俺って、もうちょっと信用されてると思ってたんだけどな」
まさかこんなふうに隠し事をされるなんて。
特に、リヴはそういうことをしないと思っていた。
「あんただって聞かれたくないことくらいあるでしょ。お互い様じゃない」
痛いところを突かれる。
家族の事で三人に気を使わせていることは分かっている。
俺は何も言い返せなかった。
「すみません。でも僕は蓮さんのことを信用してますからね」
リヴに慰められて、俺はなんとか立ち直る事ができた。
俺たちがこうしている間にも世界は動いている。
俺に彼女達を最後まで勝ち残らせる力なんてあるのか?
この戦い、最後はどういった結末を迎えるのだろうか。
◇
ドイツ、ベルリン郊外。
そこには、時間の流れから切り離されたかのように存在する工場跡がある。
ここで働いていた労働者達の姿は、もうどこにも残っていない。
あるのは抜け落ちた屋根と、壁を汚した煤の跡。そして草に飲み込まれた搬入口だけ。
しかしそこで争う、複数の人影があった。
形勢はやがて一方に傾く。
最後に残された騎士は、絶望的な状況でも必死に戦い抜こうとする。
「リオラヴド!」
しかし放たれた紅い光球を受けた騎士は、自分の王女に斬りかかる。
「何をするの! やめなさい!」
「体が勝手に……うわあああっ!」
振り抜かれた剣は、彼女の宝玉を砕いた。
王女は砂と化して消え、騎士だった男はその場に崩れ落ちる。
「これで八つ。また強い者を探さないとね」
指輪を手に取り妖しく笑うのは、ワインレッドのドレスに身を纏うクリミア・スカーレット。
彼女の周りには、七人の騎士が静かに佇んでいる。
圧倒的強者の威厳が、そこにはあった。
「三大勢力、恐るるに足らないわ。最後に勝ち残るのはこのスカーレットよ」




