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襲いかかる惨劇 開かれたパンドラの箱

 こうして、隅田と相模は練習を繰り返した。

 ぎこちない動きも、少しずつ精度は上がっていく。

 時にはクラスメイト以外の人前でも行い、賞賛を浴びた。


「隅田面白いじゃん」


「相模、ウケる」


 そして俺と二人の間の歯車は、徐々に狂い始めていった。


「なあ鷹見。ここのツッコミ、もっとテンション上げて言った方がいいと思うんだけど」


「いや、そこはむしろ抑えるべきだ。テンションを間違えるとツッコミで滑ることになる」


「いや、でもな……」


「ホームランを狙おうとするな。コツコツ単打を積み上げる。お前たちはそれでいいんだ」


 地味でも滑らないことを優先する。それが俺たちの戦い方。


 こいつらもそれに納得して素直に従っていたはずなのに、最近は口出しすることが増えてきた。

 それが面白いなら構わないが、どうしても俺の台本を上回るとは思えない。


「いよいよ明日だな。今のまま行けばそれなりにウケるだろう。最後まで台本の暗記を怠るなよ。じゃあ俺は帰る」


 学園祭の準備で辺りはすっかり暗くなってしまった。

 二人を教室に残して、俺は家路についた。


「……鷹見ってさ、置きにいきすぎててつまんねーよな」


 そして誰もいなくなった矢先、隅田が台本の批判を始めた。


「聞いたか? さっきそれなりにウケるって言ったの。無難な笑いを求めて舞台に立つ芸人がどこにいるんだっつーの」


 そして相模もそれに同調する。


「やっぱさあ、もっと個性っつーか、尖ってないとダメだと思うわけ。みんなにウケるよりもむしろ一部にしか伝わらない笑いこそが本物だと思うんだよね」


「そうそう、むしろウケたら負け、みたいな?」


「もう俺たちで台本変えちゃおうぜ」


「いやむしろ台本いらなくね?」


 確実に、パンドラの箱は開き始めていた。


───


「明日は蓮さんの学校でお祭りをやるんですね」


「ああ。俺たちのクラスでは喫茶店をやるんだ」


「フィアたちも入れるですよね」


「その日は一般客も受け入れるから誰でも来れる」


 学園祭の話はしばらく前からしていて、特にフィアは楽しみにしていた。


「あんたが店員をやるの? じゃあしっかりもてなしてもらおうかしら」


「俺は裏方だから表には出ないぞ」


 俺はアイリスに嘘をついた。

 本当はメイド喫茶で、俺も女装して接客することになる。


 女子たちに、特に南條にメイドの格好をさせたい一心でクラスの男子たちが企画を通したのだ。

 だがその代償は決して軽くなかった。


(くっそ、なんで俺まで……)


 こいつらには俺が接客する時間に来ないよう嘘の情報を伝えておこう。


 そして俺にはもう一つの懸念があった。


(あいつらちゃんと練習続けてるだろうな?)


 最近のあいつらは、色気を出して笑いの玄人ぶるところが出始めた。

 謙虚さを忘れて笑いを舐めたら、大火傷することになるだろう。

 どうにも、嫌な予感が拭えない。


 ──そしてそれは、当日的中することになる。


───


「今年の旭山高校のミス女子は、南條美咲さんです。おめでとうございます!」


 壇上の上に立つ南條に、万雷の拍手が送られる。


 ミスコンは、組織的な人気投票の意味合いが強い。

 正直2位と3位の女子は、カーストが高いだけで言う程可愛いとは思えない。

 あれなら近藤の方がよっぽど上だと思う。


 だが、南條の優勝に異論を挟む者は誰もいない。


「投票してくれた人ありがとう! うちら、メイド喫茶やってるから、みんな来てねー!」


「おおおーっ!」


 男子が南條に同調して盛り上がる。


 会場のテンションは高い。

 この空気なら、俺の考えたネタも受け入れられるはずだ。


「次は2年B組の隅田くん、相模くんによる漫才です。どうぞー」


 出囃子と共に、二人が袖から壇上の中央へと移動する。


「どうもー。張り切ってやらせて貰いますー」


 隅田がマイクの高さを調整する。

 何だ? 高さならちゃんと合ってただろ。


「いやまー、何から話しましょうか?」


(!?)


「お客さんたくさん入ってますねぇ。そこのあなた、なんでミスコンに出なかったんですか?」


「いや、あの程度の顔で出られるわけないやろ!」


 こいつら、客いじりから始めやがった……。

 しかもかなり失礼なやり方で。


 これ以上余計なことをするな! 早く台本に入れ!


「いやまああの~、なんでしたっけ?」


「何って?」


「だからあの、僕らなんのネタやるんでしたっけ?」


「いや、忘れたんかい! ちゃんと台本頭に入れとけや!」


 体育館はざわついている。


 こいつら、これが面白いと思ってやってるのか?

 それとも本当にネタを忘れたのか。


「なあ、あれも鷹見の指示か?」


「俺は知らん! あいつらが勝手に……」


 温まっていたはずの空気は、すでにアウェーとして二人に容赦なく襲いかかっていた。

 それを察したのか、あいつらは明らかにテンパっている。

 だからあれほど台本に忠実にと言ったのに……。


「いやまー、そのー、おばあちゃんはありゃがっ、ありがたいですねー」


「相模さん、今噛みました。みなさん聞きましたよね? こいつ噛みましたよ」


「……今、それ広げる必要ないやん」


「いやまーその、あれですね。相模さん、何か話フってくださいよ」


「ええ? まーなんですかその、隅田さん今日の天気とかどうですか?」


「天気? いやまー、今日はいい天気で、僕らのために晴れてくれたのかなーって」


「そうですねー、いい天気で、ほら皆さんも、湿っぽくならずに盛り上げてくださいよ」


「いやまー、あれですね、相模お前太りすぎやろ! 今何キロあるん?」


「俺? いやまーあれです。今50キロです。みなさんここ、そんなわけないやろって笑うとこですよ!」


「いやーそれにしてもね……」


「そういえば最近……」


「実は……」


「……」


 その日旭山高校の体育館は、ソルブレイドよりも鋭い冷気で凍りついた。

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