新たなる敵は、血を操る魔女
「お姉ちゃん!」
ビルの入り口から、美咲の弟と妹が駆け出し、最愛の姉の胸へと飛び込んでいく。それを南條は泣きながら受け止めた。
「ああ、良かった。怪我はしてない?」
彼女は声を震わせながら、宝物が帰って来たことを確かめるように強く抱きしめる。
「うん、大丈夫。あのお兄ちゃんが助けてくれたんだ」
そう言って弟は後ろを振り向くが、ヒーローの姿はそこにはなかった。美咲も一緒になって探すが、見当たらない。
「鷹見……どこ?」
その様子を蓮は、水浸しになったビルの影から見守っていた。
(火事になったビルに飛び込んだなんて、怒られるどころじゃ済まねえな)
そう考えた彼は、現場からこっそり離れることにした。そのまま彼女とは別の方向へと進み、できるだけ目立たないようにいつもの通学路へと戻っていった。
* * *
通学路を一本外れた先に、小さな神社がある。蓮は鳥居を横目に、裏手の細い石畳の上を歩いていた。
木々に囲まれたその道は、いつも人影がない。何を考えることもなく、無心で歩を進める。
一つの木を通り過ぎた時、背後から気配を感じた。
「──っ!」
咄嗟に振り向く。視界に飛び込んで来たのは、一振りの剣。
見覚えのない男が例の鎧を身に纏い、こちらに攻撃を仕掛けてきた!
蓮は咄嗟に体を捻って回避行動を取る。一瞬で蓮の体もまた、鎧に包まれる。
敵の剣は、鎧に覆われていない腰部を僅かに掠めていった。
「………っ!」
鋭い痛みに蓮の顔が歪む。
傷から血が流れ始める。しかし幸い傷は深くないようだ。
(こいつ、昨日と同じ……! いや……)
敵の鎧は、昨日の騎士とは違って赤と黒によって鈍く輝いている。蓮を切り裂いた剣もまた、血で染められたようなおぞましい輝きがあった。
(新しい敵……!)
「デバラヴド!」
鋭い女の声が、木立の向こうから響いた。
蓮は反応して振り向くが遅かった。
気がついた時には蓮の体に、紅黒い光球が入り込んでいた。
(しまった! 呪文……!?)
何らかの呪文による攻撃を受けてしまった。だが蓮は体に異変を感じない。
不思議に思っていると、木の影から男女が姿を現した。
ワインレッドのドレスに身を包んだ、長い銀髪の長身の女。ギリシャ彫刻のように美しい顔には、赤い瞳が妖しく輝いている。
もう一人は金色の短髪の男、白人だ。蓮は最初に襲いかかってきた男を見ると、こちらも白人。
二人とも同じ色の、赤と黒で輝く鎧を身に纏っている。
(騎士が、二人……?)
3対1、多勢に無勢。目的は、俺を倒すこと?
(どうすればいい。リヴはこの場にいないんだ)
奴の宝玉を砕くことができればいいのだろうが、それはおそらく無理だ。
そもそも、俺はこの戦いに参加しているのか?痛い思いをしてまで、何のためにこいつらの相手をする必要がある?
思考がまとまらずに立ち尽くしていると、最初に俺に襲いかかった男が口を開いた。
「クリミア様。このまま俺にやらせてもらいますよ」
「いいわよ。でも宝玉を砕いてはダメ。指輪も欲しいし……」
(宝玉? 指輪?)
蓮は自分の左胸に目をやる。
鎧と共に、そこには水色の宝玉が出現している。それは、リヴの杖に取り付いていたものとおそらく同じ。
そして敵の騎士の胸にも、同じように赤い石が輝いている。
男は剣を握りながら、間合いを図るように近づいてくる。蓮も剣を抜き、相手との距離を測る。
お互い、不用意に近づくことはしない。
昨日戦った大男と違って、目の前の男は明らかに慣れている動きだ。
蓮の体を冷や汗が流れる。迂闊には動けない。それは相手に隙を晒すことだと直感していた。
しかし均衡は続かない。敵が一歩、前へと踏み出す。
その刹那、相手の剣が閃いた。
「っ!」
蓮は咄嗟に体を捻り、ギリギリでその刃をかわす。
反撃を試みようとするが、その隙はない。敵は剣を引き、すぐに守りを固める。
昨日の大男のようにはいかない。
蓮が一歩も踏み出せずにいると、男はそれを勝機と見て連続攻撃を仕掛けてきた。
「くっ……!」
守勢にまわっていては、いつかやられる。隙が無くとも攻撃しなければ。無ければ、こじ開けるしかない!
「おおおっ!」
「……へえ」
クリミアは、意外そうに戦況を見つめている。
蓮は、目の前の男と互角の戦いを演じていた。
剣は素人だが、運動神経は並ではない。そして昨日の経験が、蓮の攻撃を確かに高みへと導いていた。
「くっ!」
相手の男にとっても、この状況は想定外だった。
(このガキ……剣は素人だが、なかなか動けるじゃねえか)
(やれる! 見えるぞ!)
お互い一歩も譲らず、剣撃は続く。
そして先に隙を晒したのは相手の方だった。
「ここだっ!」
蓮の剣が、渾身の勢いで敵の胴を捉える──!
……と思いきや、その一撃は蓮の想定よりも浅く、相手に届くことはなかった。
「くっ……」
間合いを見誤ったか。しかし何かがおかしい。
「はあっ……はあっ……」
蓮は体力を消耗していた。対して、目の前の男にはまだ余裕がある。
(おかしい、まだ保つはずだ……!)
蓮は自分の体に違和感を覚えた。
ふと腰に目をやると、そこからはおびただしく血が流れていた。そこは、最初に不意打ちを受けた箇所。
(なんで……そんなに深い傷じゃなかったはずだ!)
想定以上の出血が、蓮の体力を奪っていた。周囲には赤黒い血溜まりができている。
蓮の中で焦りと疑念が渦巻く。動揺する彼を敵は見逃さない。
一瞬で間合いを詰められ、剣を弾かれる。
「しまっ……!」
その衝撃で、蓮は後方へと尻餅をついてしまう。慌てて姿勢を直そうとする蓮の喉元に、敵の剣がピタリと止まった。
「勝負あり、ね。私の呪文がなかったら危なかったわ」
目の前の女が不敵に笑う。
(呪文……?)
蓮の脳裏に、あの瞬間が蘇る。最初に受けた紅い光球。
蓮は察した。出血を激しくする。それが敵の呪文だったのだろう。
気がついた時にはもう遅い。戦況は決したのだ。
蓮は剣を向ける男を睨みつける。しかしこの状況を変える手立てなどない。
「クリミア様。ここからどうするおつもりで?」
「待ちなさい、もうすぐ来るわ。わかりやすく力を見せてあげたもの。それに、自分の騎士のピンチにも気づいているはずよ」
(何だ……何かを待っている……?)
その時はすぐに訪れた。
次の瞬間、蓮の視界に眩い水色のドレスと、自分を気遣う顔が映る。
「はあ……はあ……」
息を切らして現れたのは、昨日の少女。リヴだ。
「現れたわね」
リヴは目の前の状況を察する。
「……やめてください。その人はこの戦いに関係ありません」
彼女は蓮を庇おうとするが、男は剣を喉元から動かさない。
「……あなたの目的はこれでしょう」
リヴは自分の杖で輝く宝玉を、クリミアに差し出すように向けた。




