助けを求める美少女 幼き兄妹を救い出せ
「美咲、帰りにカラオケ寄って行かない?」
「ごめーん。今日、妹と弟の面倒見なきゃならないの」
美咲は、そう言い残して足早に校門を後にした。
「美咲も大変だよね。小さい子の面倒見なきゃならなくてさ」
南條美咲は三人兄妹の長女。親は離婚しており父はいない。
母は看護師をしており、日によっては夜から朝まで働く。そんな日、美咲はまっすぐ家に帰り、小学生の弟と就学前の妹の面倒を見ていた。
今日も、既に弟が妹の面倒を見てくれているだろう。だが食事の支度などは、美咲の仕事だ。
彼女の自宅は二階建ての古びた雑居ビルの一室。そこを目指す道中、周りの様子が何やらおかしいことに気がついた。
ある通行人が話す。
「この先で火事だってよ」
(火事?……まさかね)
美咲は嫌な予感がして、自宅へと走り出した。
* * *
「この先の中華料理屋で火事だってよ」
蓮もまた、ざわめく通行人からただ事ではない様子を感じ取っていた。
進路方向から煙が見える。足を止めずに進み続けると、目に映るのは既に燃え盛る建物と野次馬。
2階建てのビルの1階が中華料理屋となっており、そこが火災の原因のようだ。
蓮は、野次馬に見慣れた人影が混ざっていることに気がついた。そしてその女性は蓮に気づくと、こっちへと駆け寄って来た。
「鷹見! どうしよう! あの中に弟と妹が!」
美咲は泣きながら、縋り付くように蓮に話しかける。
「なんだって?」
彼女が指差す屋上には、小さな人影が二人見える。
あのビルは2階が賃貸になっていて、そこで彼女達は暮らしているのだという。燃え盛るビルに異変を感じた彼らは、二人で屋上に避難したのだろう。
「どうしよう。あたし、あたし……」
美咲はぺたんと地べたに座り込む。
既に消防署には連絡がいっているらしい。それならば、後は素人にできることなんて何もない。
「誰か……助けて……」
力無く助けを求める彼女を前に、蓮は何かを考えている。
「……残っているのは、お前の兄妹だけか?」
「……うん。部屋を借りてるのはあたし達だけだから」
それを聞くと、蓮は鞄から飲みかけのお茶のペットボトルを取り出し、それを頭から振りかけた。
「えっ……鷹見……?」
びしょ濡れになった彼は、彼女を安心させようと語りかける。
「お前の兄妹は俺が助ける。安心して待っててくれ」
そして燃え盛るビルの入り口へと駆け出した。
「鷹見!」
なんと彼は、そのまま迷いなく中へと突入していった!
野次馬から悲鳴のような声が上がる。
「今、子供が中に入っていったぞ!」
だが誰にも蓮を止めることなどできない。
それは勇気ではなく無謀だと誰もが知っているからだ。
中はすでに地獄だった。
目にするのは、火の海となっている店内。辺り一面が赤と黒に染まっている。
濡れたこの体も、すぐに乾いてしまうだろう。そうなればこんがりと焼死体が出来上がりだ。
だが彼は、この環境を苦としていなかった。
普通の人間が浴びれば痛いと感じるほどの熱気に、難なく耐えることができている。
暑いとは感じるのだが、それだけ。まるで真夏の気温のように、快適ではないがそういうものとして順応していた。
蓮は、火と煙を避け店内を駆けていく。
階段を登った後、そこには南條と名札の掲げられた一つのドア。さらに奥にはもう一つの階段がある。そこを抜ければ屋上へと辿り着けるだろう。
(あそこだ!)
その時──
ガラガラガラッ!
天井が崩落した。
いくつものコンクリートの塊が、彼の頭上に降り注ぐ。
「──っ!?」
その轟音は、ビルの外で見守る人々にも届いていた。しかし中で何が起きていようとも、美咲は黙って立ち尽くすしかなかった。
(……鷹見……!)
蓮は、容赦なくコンクリートの雪崩を浴びた。
だが彼は無傷だった。何事もなかったかのようにそこに立っていた。
火も煙も、そして瓦礫の崩落も、今の彼にとっては障害ではなかった。
(……普通じゃねえな。俺の体)
ふと、自分の左手で輝く指輪に目をやる。
心の中で変わってしまった自分に慄きながら、今自分がしなければならないことを確かめる。
自分は、南條の兄妹を救うためにここまで来たのだ。今は、ただ目的を果たすために進む。
蓮は2階を走り抜け、階段を駆け上がり、屋上へ続くドアを開ける。
そこにあったのは、新鮮な空気と青い空。そして寄り添うように存在する、二人の幼い兄妹だった。
「無事か!?」
蓮が声をかけると、二人はぶんぶんと首を振った。
彼の到着に安心したのか、一際泣き声が大きくなる。どうやら大した怪我はしていないようだ。
(……さて、どうする)
既にビルの中は火の海。戻って脱出は困難だろう。
この二人を抱えて、一か八か飛び降りるか?
3階相当の高さなら、常人なら助かっても大怪我だろう。自分はともかく、この二人を抱えてそんな博打のようなことはしたくない。
周囲を見渡すと、蓮は屋上に大きなタンクが存在していることに気がついた。
(これ……貯水タンクか?)
これを開けることができれば、ビルの火災を消すことができるかもしれない。
よく見るとバルブが存在している。だが同時に鍵もかかっており、勝手に開けることはできないようだ。
「………」
蓮は、念じるように目を瞑ると、淡く青い光に包まれた。
それは収束し、昨日と同じように騎士としての姿となる。
彼は、タンクに向かって剣を勢いよく振り抜いた。
ドドドドド!
轟音が鳴り響いた後、ビルの屋上に大量の水が出現する。それは階下へと流れ込み、みるみるビルを飲み込んでいく。
命を奪う猛る火は、全て消し止められた。
残ったのは、水浸しになった黒焦げのビル。野次馬は、ビルに突入した少年がやったのだと歓喜の声を上げた。
「……鷹見……!」
美咲は嬉し涙を溢す。自分の最愛の兄妹は、地味なクラスメイトによって救われたのだ。
* * *
蓮の眼前にあるのは、水を全て吐き出した貯水タンク。
彼の剣は、容易くその壁を切り裂いた。彼が成し遂げたのは全て、常人には説明のつかない超常現象だった。
蓮は自分の左手の薬指で輝く銀の指輪を見つめて、昨日の情景を思い浮かべる。自分を変えてしまった、出会いを。
(俺は……もう一度、あいつに会いたい)




