ネット初心者の王女 情報の海へと旅立つ
「ねえ、あたしこれが欲しいんだけど」
アイリスがスマホで見せてきたのは、ブランド物の洋服。
1着2万円はする代物だ。
「ダメだ。高すぎる」
「えー、これくらいいじゃない」
親から不自由ないくらいに仕送りは受けているが、生活に不要なわざわざ高い物を買う必要はない。
そんなやりとりをしていると、フィアが横から話に入ってきた。
「お前のスマホには買い物をする機能がついてるですか?」
「買い物っていうか、ネットで調べただけよ」
「ネット……?」
まずい。ついにフィアがネットの存在に気づいてしまった。
「何よあんた。ネットも知らないの?」
「何ですかそれ」
「簡単に言えば、世界中と繋がる機能のことよ。これを使えば調べ物もできちゃうの」
「知らなかったです! そんな便利なものがあったですか!」
フィアが目を輝かせている。嫌な予感しかしない。
今までリヴとフィアには、ネット機能の無い子供用のスマホを持たせてきた。
特にフィアにネットを持たせると、面倒なことが起こりそうな気がしたからだ。
アイリスにも同じ物を持たせるつもりだったが、すでに知識があり叶わなかった。
フィアにも知られてしまうのは、時間の問題だったな。
「あんたのスマホはネットに繋がらないの?」
「そんなの知らないです。どうなんですかお前」
「お前とリヴのスマホにはそんな機能は無い」
「フィアもネットが欲しいです! こいつと同じスマホを買ってくるです!」
あ~あ、ここまで来たらダメとは言えないよなあ。
「パソコンある? フィアに貸してあげたら?」
「パソコン? それもネットが使えるですか?」
パソコンなら俺の部屋にあるが、流石にそれをフィアに使わせたくはない。
「えー、フィアもネットがしたいです! 使わせろです!」
「……少し待ってろ」
収まりがつかないので、タブレットを貸してやることにした。
見られたくないものは、パソコンに移して……と。
「ほら」
「これ、小さいけど蓮さんの部屋にあったテレビに似てますね」
リヴも一緒になって興味深そうに覗いている。
「これがネットですか? どう使うですか?」
「ここをタップして、上の検索バーに調べたいものを入力するのよ」
「ボタンが多すぎてよくわからんです!」
まあ、キーボードの入力は慣れてないと難しいよなあ。
「あたしが代わりに打ってあげるわ。何を調べたいの?」
「それじゃあ、札幌の遊べる場所を調べるです」
アイリスが代わりに検索すると、いくつもの候補が表示された。
「ほほう、札幌には動物園があるですね。他には、科学館……白い恋人パーク……」
やれやれ、フィアに連れて行けとねだられる場所が増えそうだ。
「……面白いです。フィアも自分で調べたいからボタンの押し方を教えろです」
「それなら、こういうのがあるぞ」
俺はオフラインのタイピングゲームを教えてやった。
「ムキー! 難しいです! 何でこのボタンはこんなにややこしいですか!」
まあ慣れてないとそうなるよなあ。俺も最初は同じことを思ったもんだ。
その後もしばらく、フィアは必死になってタイピングを練習していた。
一体何を調べるつもりなのやら。
(……これを使えば、あれも調べられるかも知れないです。待ってろです、リヴ)
───
「フィア、散らかし過ぎだ。いいかげんなんとかしろ」
フィアはソファーに横になりゲームをしている。
その周りには漫画やお菓子の袋が散乱しており、蓮はそれをたしなめた。
「それってお前の感想ですよね?」
「はあ?」
「フィアはまだ散らかっているとは思わないのです。だから片付ける必要はないのですぅ」
「こ、こいつ……」
最近フィアは、妙な屁理屈を捏ねるようになった。
原因ははっきりしている。ネットで妙なインフルエンサーに影響を受けたからだ。
小学生レベルのこいつに、やはりネットを与えるべきではなかった。
───
「できたわよ」
今晩アイリスが作ってくれたのは唐揚げだ。
狐色に揚がった衣が何とも美味そうだ。
それを伝えると、彼女は得意そうに笑った。
ところが、予想もしないところからケチがついた。
「何ですかこれ! こんな油っぽいもの食べられないですぅ!」
「えっ?」
どうした急に。お前揚げ物好きだったじゃねーか。
「何よ、あたしの料理に文句を言うなんていい度胸ね」
「お前知らないですか! 油は毒なのです! こんなもの食べていたらたちまち病気になっちまうですぅ!」
一体どうした。アイリスだけじゃなくリヴもびっくりしてるじゃねーか。
「それから米も! 白い炭水化物も毒なのです! 玄米にしろですぅ!」
何だって急に陰謀論みたいな事を……そうか!
「フィア、お前ネットで変な物を見たな?」
「何ですか、変って。フィアはお前たちのためを思って言ってやってるのです!」
「ネットに書かれていることは、必ずしも正しいわけじゃ無いんだ」
ネット初心者に対する配慮を忘れていた。最初に言っておくべきだった。
「食いもんは、確かに見方によっては体に悪いのかも知れない。でも適度にしておけば急に悪さをするなんて無いはずだ。お前だって今まで好きなもん食っても何ともなかっただろう?」
「……それでも……フィアは心配なのですぅ……」
意外だな。フィアにこんな繊細なところがあったとは。
「フィア、大丈夫だよ。気にしすぎるより美味しいもの食べたほうが楽しいよ。ね?」
リヴがなだめて、何とかフィアも落ち着いたようだ。
四人で食卓を囲む。結局フィアも唐揚げを美味しそうに平らげている。
やれやれ、一件落着かな。他にも、変な態度も改めさせないとな。
「……ところでお前、ウイルスのワクチンはもう打ったですか?」
「ワクチン? 今まで何度か打ったけど。どうした?」
「それはヤバいです! ワクチンにはICチップが入っているのです! 打ったものは国によって管理されちまうのですぅ!」
こいつ、完全に情報の海に溺れていやがる……。
フィアにネットのリテラシーを叩き込むのに、しばらく時間を要したのだった。
───
「はぁ~、結局調べたいものは見つからなかったです」
フィアは、結局自分の希望がネットでは叶わず、一人部屋でがっかりしている。
「やっぱり、フィアはクイーンズクレストで勝ち続けなければならないのです。絶対絶対、負けられないのですぅ」
彼女が背負うのは悲壮な決意。その重さを、今の蓮はまだ知らない。




