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二人の王女の料理対決

 時計の針は18時に近づいた。

 8月のこの時刻は、外はまだ夕陽の名残を宿した明るさが残っている。


「僕、ご飯の支度しますね」


「リヴが作るですか? 今日はこいつの歓迎を兼ねて寿司を注文するですぅ」


「お前寿司が食いたいだけだろ。そもそも北見で食ってきたばかりじゃねーか」


「て言うか、リヴ、あんたが作ってるの?」


 アイリスが怪訝そうに問いかける。


「はい。家事は一通り僕の仕事です」


「ふーん。王族のくせに、あんたにはプライドってもんがないのかしら」


「リヴを馬鹿にするなよ。お高くとまってるよりよっぽど気高いよ」


 あくまでリヴのフォローのつもりだった。でもアイリスには少し気に障ったようだ。


「お高くとまっていて悪かったわね。そこまで言うならどれほどのもんが出てくるのか楽しみにしてるわ」


 そう言ってアイリスはソファーに座り、テレビを見始めた。


「気にするなよ。いつも通りでいいからな」


「いえ、アイリスさんの歓迎も兼ねて、少し頑張ってみようと思います。食材、いつもより多めに使わせてもらいますね」


 そう言って、リヴは台所へと引っ込んだ。

 一番気を使って見守らなきゃいけないのは、実はリヴなのかも知れない。


「あんまりリヴにキツイこと言わないでくれよ。フィアみたいに図太くないんだ」


「お前! どう言う意味ですか!」


 ムッとしているフィアを無視してアイリスに目を向ける。


「随分過保護なのね。そんなにあの子が大事?」


「大事だよ。お前らには仲良くやって欲しいんだ」


 アイリスの口元がわずかに歪み、そして静かに言葉を返した。


「心配しなくても無意味に相手を怒らせるような真似はしないわ。女はそういうところはわかってるものよ」


(本当かよ……)


 正直、男同士より女同士の方が面倒くさそうだと思う。




「お待たせしました」


 リヴの声に応じて皆が台所に集まる。


 肉料理、サラダ、スープ。確かにいつもより豪勢だ。

 俺はリヴと一緒にテーブルに料理を並べていった。


 アイリスの反応はふぅん、と少し感心しているように見える。


「いただきます」


 美味い。いつもリヴの料理は上手だが、今夜はそれと比べても出来が違う。

 それを伝えると、リヴは嬉しそうに笑った。


「アイリスさん、口に合いますか?」


 リヴが少し不安そうに伺う。


「……うちの専属のコックと比べて、明らかに劣るわね」


「おい」


 何でそんなことを言うんだ。

 そう俺が嗜めようとするのを制するように、アイリスは言葉を続ける。


「でも、こういう庶民的な味も嫌いじゃないわ。リヴ、あんたなかなかやるじゃない」


 その言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。リヴも喜んでいるようだ。


(ったく、もっと素直に褒められないもんかね)


「明日はあたしが料理を作るわ。楽しみにしときなさい」


 アイリスから意外な言葉が出てきた。一瞬聞き間違いなのかと思ったくらいだ。


「料理は王族がするもんじゃないって言ってなかったか?」


「教養としてそれくらいの嗜みはあるわよ。リヴにできてあたしにできないなんてことはないわ」


 嗜みねえ。まあやりたいと言うなら止める理由は無いが。


「僕もアイリスさんの料理楽しみにしてます」


「どんな料理が出るか楽しみですぅ」


 フィアの言葉には挑発が混ざっている。


「こんな台所にある道具じゃ大したものができなくて当たり前よ。明日一通り揃えるから一緒に付いてきなさい」


「おい、そんなに大袈裟なものを作る必要ないからな」


 やれやれ、一体何を作るつもりなのやら。


 その後は特に何もなく穏やかに時間が過ぎていった。

 アイリスとも、たくさん話をした。

 

 リヴとも、笑い合いながら食事を摂った。

 その様子をアイリスが意味あり気に見つめていたことなんて、知る由も無かった。


───


 街が寝静まる時間、各々は自室へと戻っていく。


 灯りのない天井を見て、アイリスは物思いにふける。

 書斎に敷かれた布団に覆われ、思ったより悪くない、と思う。


 この部屋は他とは違う独特の匂いがする。多分、顔も知らない蓮の父親の匂いなのだろう。


 やっと安心して眠れる家を手に入れた。もう他の王女に一方的に追われる心配は無い。


 新しく契約したのは、どこか自信なさげにしている少年。

 それでも今まで戦い生き残ってきたのだ。実力にはある程度の保証がある。


 しかしアイリスが契約を決めたのは、それだけが理由では無かった。


 面倒な男に付き纏われていたところを、初対面にも関わらず助けてくれた。

 何も見返りを求めず、恥ずかしそうに立ち去った。


 そして二人の王女に襲われた窮地に、彼は再びアイリスの前に現れた。

 この出会い、そして彼と共に戦い抜くことこそ運命かも知れない。そう思ったのだ。


 ──そのままのお前でいい。嘘をつかれているみたいなのは、嫌だ。


 思い出す蓮の言葉に、アイリスの唇が緩む。


「……リヴ、ぼやぼやしていたらあんたの騎士はあたしが貰っちゃうわよ」


───


 そして次の日。


「どう、あたしの料理は」


 その日の夜の食卓に並べられたのは、まるで結婚式で出てきそうなメニューだった。


 朝から買い物に付き合わされ、用意させられた道具や食材をふんだんに使った料理の数々。

 張り切った物を作るのだろうとは考えていたが、予想を更に超えてきた。


「……美味いよ。料理上手だったんだな」


「アイリスさん、凄いです」


 これほどの技量が一朝一夕で身につくはずがない。おそらくかなりの英才教育を受けてきているのだろう。

 リヴも感心する他ない様子だ。


「リヴの物と、どっちが美味しい?」


 アイリスが俺に感想を求めてくる。


「……どっちも美味いよ」


「何よそれ。はっきりしなさいよ」


 白黒なんてつけられるわけがない。そんなことをしても何のメリットも感じられない。


「リヴにはリヴの、お前にはお前の良さがあるよ。強いて言うなら、普段はもっと庶民的な料理の方が嬉しいかな」


 俺の言葉にアイリスは不満を持ったようだ。


「はぁー。あんたが庶民なことを忘れていたわ。マナーもなってないし、これはちゃんと躾けてあげないといけないわね」


 こう言う格式ばった料理のマナーなんて滅多に使わないから自信はない。

 リヴとフィアは、流石に何の憂いもなく使いこなしているようだ。


「大口叩くだけあってなかなかやるですぅ。褒めてやってもいいですぅ」


「あんたも料理したっていいのよ」


「料理は食べてもらう人がいて初めて成立するのです。その大事な役目はフィアが引き受けるのですぅ」


 こいつは本当にテコでも動こうとしないな。


「まあ、あたしの料理の腕はわかっただろうし、今後はもっとあんたの舌に合わせたメニューにしてあげてもいいわ」


「そりゃ助かる」


 それにしても、リヴに対抗しているように見えるのは気のせいか?

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