氷上の温かい時間 そして謎の美少女との再会
氷上に出た俺たちは、インストラクターの人から簡単な説明を受けた。
スライダー付きのシューズを片足に履き、もう片方はグリップのあるゴムの靴底。
その状態で、片膝をついて低い姿勢を取り、ストーンを押し出して滑らせる。
目標は、リンクの先に描かれた二重円──「ハウス」と呼ばれるエリアの中心に、ストーンをできるだけ近づけること。
「氷の上でこんなスポーツがあるなんて、面白いですね」
クリュスタにカーリングは存在しないらしい。
まあ、スキーやスケートに比べれば複雑だから無理もない。
「この石、重てーです」
初めて見るカーリングストーンは、見た目以上に重たく、片手で持ち上げるのも難しいほどだ。
「転ばないよう気をつけろよ」
そう言っている側から、フィアが派手に転んでみせた。
「ぎゃーっ!」
「フィア、気をつけて」
リヴが手を伸ばしてフィアを起き上がらせる。
「エクレールは雪は降らないのか?」
「雪は稀です。フィアは殆ど見たことないのです」
氷上に慣れている俺とリヴに比べて、フィアの足元はおぼつかない。
「あまり歩幅を大きくとらないようにするんだ」
俺とリヴは、すぐに靴を滑らせるような移動に慣れる事ができた。だがフィアの苦労は続きそうだ。
インストラクターは、「フォームは自由でいいので、とにかく滑らせてみてください」と促してくる。
まずは俺から。
片膝をつき、ストーンを構える。なんとなくテレビで見たような姿勢を思い出して、それっぽく真似してみるが──
「せいっ……!」
ストーンが氷の上を滑っていく。しかし、ハウスには届かず、途中で止まってしまった。
「……あれ、思ったほど進まなかったな」
「力加減難しいんですね」
続いてリヴが挑戦する。
ぎこちないながらも、姿勢は綺麗で真面目そのもの。氷上で滑らないよう、慎重にストーンを押し出した。
──カン。
音を立てて、俺のストーンと接触した。俺のがわずかに動いて、リヴのストーンは止まった。
「おお……! 当てた」
「当てたっていうか、当たっちゃったっていうか……」
リヴはちょっと困った顔をして笑った。なんだかんだで楽しそうだ。
そして最後に、フィア。
「フィアの華麗なるフォームをとくと見やがれですぅ!」
フィアは勢いよくストーンを押し出した。
──ズザザザザッ!
ものすごい勢いで氷上を滑っていくストーン。
そのままハウスを通過して、リンクの端まで直行。
ゴンッ!と壁にぶつかって跳ね返った。
「確かに見たぞ。随分華麗だったじゃないか」
「ムキーっ! フィアの実力はこんなもんじゃないのですぅ!」
こうして、俺たちのカーリング体験は始まった。
滑らせたり、スイープ(氷をブラシでこすって滑りを良くする)に挑戦したりと、普段体験できない動きに最初は戸惑ったが、だんだんとコツを掴みはじめた。
「リヴ、ちょっとスイープやってみて。俺がストーン出すから」
「わかりました」
ストーンが滑る直前に、リヴが必死にブラシをこすっている。
……が、全然ストーンの速度に影響を与えていない。
(でも、可愛いからいいか)
何故、人が一生懸命な姿というのは、心がくすぐられるのだろう。
「上手くいきません。難しいですね」
そう言いながらもリヴの表情は楽しげで、不満など無さそうだ。
笑い声が氷上に響く。冷たいはずの空間なのに、どこか温かい時間が流れていた。
「次は的の中心に乗せた方が勝ち、ってゲームでもしようか」
勝負形式にすると、ますます白熱する三人。
まずは俺が投擲する。なんと中央の円にしっかり重なった。
「上手ですね」
「いや、まぐれだよ」
続いてリヴがストーンを投げるが、外側の円にギリギリ届かない。
「やっぱり上手くいかないですね」
「いや、惜しかったぞ」
最後はフィア。
加減なんて知らんとばかりに力一杯投じられたストーンは、勢いよく俺の物とぶつかり、お互いが円から勢いよく弾かれていった。
結果、中央に一番近いのはリヴのストーンとなった。
「すみません、勝たせてもらっちゃって」
そんなこんなで、気づけば小一時間。三人とも軽く汗をかき、けれど誰もが笑顔だった。
だが、楽しい時は突然終わりを迎える。
リヴが真剣な顔をして、何かを考え込む様子を見せた。
「……王女がいます。こっちに近づいている」
「……マジか?」
まさか、狙いは俺たちか?
「おそらくそうです。三人、まっすぐこっちに来ています」
「三人!?」
まずいな。人数で負けている上、今は近藤がいない。
正面からぶつかり合うのは不利だ。
「逃げた方が良くないか?」
「ダメです。もうそこに来ています」
「……覚悟を決めるしかなさそうだな」
「せっかく楽しく遊んでいたのに、台無しですぅ!」
俺たちが道具を返却し建物を後にしようとしたところ、深緑のドレス姿の女性が一人、息を切らして中に入ってきた。
「はあ、はあ……助けてください!」
「!?……君は、あの時の……」
それは、昨日ナンパから助けた少女だった。
「知ってるんですか?」
「あ、ああ……」
この子、王女だったのか?
助けてってどういうことだ。俺達を倒しに来たんじゃないのか?
「どこまで逃げるつもりかと思えば、お仲間がいたとは……」
遅れてやってきたのは、ブラウンのドレスを着こなす王女。
そしてもう一人、藍色に染められたドレスの王女。
さらに、それぞれの王女のカラーに対応する二人の騎士だった。
彼らは盾を持っているが、ガントレットを身につけてはいない。
「でも騎士が一人しかいないよ。このままやっちゃっていいんじゃない?」
藍色の王女は、なかなか好戦的な態度を見せる。
「ちょっと待つです! フィアたちは別にこいつの仲間じゃないですぅ」
フィアの言うとおり、俺たちにこの子を庇う義理はないはずだ。
だけど……。
「……」
助けを求める少女は、潤んだ目でこっちを見つめてくる。
この子を見捨てるのは、良心が咎められた。
どうすればいい。リヴに意見を求めようとした──その時だった。
「……ちょっとあんた! こんな美少女が助けを求めてるのに、いつまでウジウジしてんのよ!」
「!?」
突然、少女の態度が豹変する。
さっきまでの可憐な美少女が、いきなり口が荒くなった。
リヴもフィアも驚いている様子だ。
「おやおや、仲間割れですか」
「うっさいバーカ! あんたらなんかあたし達にかかれば、けちょんけちょんなんだから! 覚悟しなさい!」
いつの間にか俺たちが巻き込まれることが確定している。
「勝手なことを言うなですぅ!」
「あんたこの期に及んでまだそんなこと言うの? いい加減覚悟を決めなさい!」
なぜか後から来たこの子が俺たちを仕切っている。
俺はリヴの顔を見る。リヴも仕方ない、と言った顔である。
俺たちは、見知らぬ彼女を助けるために戦うことになってしまった。




