女神昇天 さらば気高き拳よ
「やった……!」
騎士は倒した。残すは王女だけ。
守護者を失った彼女に、宝玉を守る術はない。
──そのはずだった。
「…………」
ユリアは動じない。黙したまま、動かない。
そして静かに、重い口を開いた。
「……伊織よ、そなたの願い、受け取ったぞ」
鋭い眼光が、蓮たちを睨みつける。
闘志はまだ消えていない。たった1人でも、彼らとやり合うつもりだ。
「このユリア、逃げも隠れもせぬ! 我が辞書に逃走の文字は無いっ!」
ドン、と地を踏み締めたその声に、空気が震えたような気がした。
「ルドバルカっ!」
光る巨体が、大地を駆ける。
「リヴ、下がれ!」
(ソルブレイドはもう消えている。俺が応戦するしかない!)
「ぬおおおおっ!」
「くっ!」
激しい剣と拳の応酬。宝玉を狙う隙は無い。
だが相手の呪文には限界がある。
効果が消えた時が、こちらの勝機だ。
一撃一撃をいなし、受け流し、押し返す。
そして攻防の最中、ユリアが身に纏っていた光が、すうっと薄れていく。
(ここだ!)
だが次の瞬間、ユリアは拳を握ったまま右腕を前に伸ばし、呪文を唱えた。
「バルカグ!」
彼女から放たれたのは、目に見えない何か。
例えるなら、それは闘気。
確かにそれは存在し、剣で受け止めようとした蓮を大きく吹き飛ばした。
「うわああっ!」
彼は受け身を取ることもできず、地面に叩きつけられる。
「蓮さん!」
「勝負あったな。バルカグをまともに受けた者は、もう立ち上がれぬ」
ユリアは蓮を一瞥すると、その後リヴの下へと近づいていく。
リヴは臆さず、杖を構える。
「うぬも戦うことを選ぶか。よかろう。褒美に全力で相手をしよう!」
それはもはや、巨像と蟻の戦い。
それでもリヴは諦めない。
「ソルブレイド!」
三度走る青い魔力の刃。
リヴは巨体に冷気を流し込んだ!
(我を凍らせ、その間に宝玉を狙うつもりか……そんな隙、与えぬわっ!)
「ぬおおおおっ!」
彼女を覆った氷は爆散した。
それも今までで最も早いスピードで。
「これで終わりだ!」
ユリアの拳がリヴに迫る。
彼女に、それを防ぐ術は無い。
──やっぱり、僕だけでは敵わない。
(だからあなたは、必ず来る!)
ユリアの背後から迫っていたのは、鷹見蓮。
その剣は宝玉を狙っている。
不意を突かれたユリアは反応しきれない。
(バカな、バルカグを受けて、なぜ動ける!?)
──まともに受けていたなら、確かに危なかった。
でも。
「ガントレットに呪文を切り裂く力があるのは、知らなかっただろ!」
ガキイィンッ!
蓮の一撃は、ついにユリアの宝玉を砕いた。
破片が輝きながら、地へと落ちていく。
敗者は決まった。
戦う資格を失った王女は、この世界から消え去るのみ。
ユリアは天を仰ぎ、動かない。
呆然としているのか、それとも──
「……見事だ」
彼女の口から出てきたのは、蓮達を讃える言葉。
その姿は紛れもなく、気高き女王だった。
「我が騎士達は力の限り戦い抜いた! 我はそなたらを誇りに思うぞ!」
彼女の体が、陶器のように砕け始めた。
「我が敗北に、一片の悔い無し!」
ユリアは右の拳を天に突き上げる。
雲が裂け、光が彼女の全身を照らす。
そしてその姿は、砂と化して消えていく。
まるで、それは一柱の女神が天へと還っていったかのようだった。
「……何だこれ」
蓮は、その姿を呆然と眺めていた。




