幼き王女のおつかい 炸裂 必殺の交渉術
「蓮さん、買い物に行ってきますね」
リヴがマイバッグを懐にしまい、出かけようとする。
「何を買ってくるんだ?」
「卵と牛乳です」
「それくらい、俺が……いや……」
蓮は、少し時間をおいて考えを改めた。
「……たまにはあいつに行かせようぜ」
彼が指差した先には、ソファーで横になりながらゲームをやるフィアがいた。
「おい穀潰し。たまには働いてこい」
「えー、今忙しいのですぅ」
フィアは目線を合わせることすらなく返事をする。
「おかしいな。俺の目の前には遊び呆けている怠け者しかいないようだが」
「お前は目が悪いようですね。眼鏡を買った方が良いんじゃないですか?」
こいつのペースに合わせていても生産性は無い。いちいち言い返さず必要な事を伝える。
「良いからお前が買って来い。家主の命令だ。拒否は許さん」
ここまで言ってようやくフィアは、ゲームをスリープにして手を離した。
「しょうがないですね。何を買ってくるですか?」
「卵1パックと、牛乳2本をお願い」
蓮の代わりにリヴが答える。
「どこまで買いに行けばいいかわかってるか?」
「バカにするなです。養鶏場と牧場に決まってます」
「……スーパーな。スーパーに両方売ってるから買って来い」
「えー、でも養鶏場と牧場の方が新鮮な物が売ってるですよね」
「……じゃあ買って来い。養鶏場と牧場に行ってきて良いから、買って来いよ!」
「何ムキになってるですか?冗談くらい理解しろですぅ」
(どつきてぇ)
蓮は震える拳を、そっと反対側の手で押さえた。
「財布には千円入っているから。無駄遣いしないでね」
リヴは財布とエコバッグをフィアに渡した。
「わかってるです。じゃあ、行ってくるですぅー」
フィアは出かけて行った。
買い物に送り出すだけなのに、疲れる。
「あいつ、ちゃんと買ってこれるだろうな」
スーパーは歩いて行ける距離だ。
無駄な金も持たせていないし、せいぜい余計なおやつを買ってくるくらいだとは思うが。
「フィアもああ見えて、しっかりしてますから」
「だといいけどな」
───
「全く、あいつはフィアのことを舐めすぎです。こうなったらいかにフィアが優秀かを見せて吠え面かかせてやるのです」
フィアは財布に入っている千円を眺める。
「そのためには、お金を使わないことです。お金を残したまま買い物を終えたら、あいつはフィアのことを尊敬するに違いありません」
そんなこんなの間に、フィアは最も近いスーパーへと到着した。
「めちゃくちゃでかいです!まるで城じゃないですか!」
どこにでもある日本のスーパーも、フィアにとっては初体験。
家の何十倍もあるそこと比べられるのは、自分の住む城くらいのものであった。
「入り口が勝手に開いたです。こっちの世界の技術も侮れねーですぅ」
自動ドアを抜けると、すぐにいくつもの商品が彼女の目の中に飛び込んで来る。
「これ全部売り物ですか?店の人はどこにいるですか?」
入り口のすぐそばに商品があるのに、それを見守っている店員は見当たらない。
どうやって盗まれないように守っているのかと純粋に疑問を覚えた。
「とりあえず、牛乳と卵を探すです」
店内をうろうろしている間に、それぞれは見つかった。
卵は1パック298円。牛乳はいつも飲んでいる物が248円。
合計すれば、794円。ならば、ここからいかに節約できるかが腕の見せどころだ。
フィアは、近くにいた店員らしき中年男性に声をかける。
「卵1つと牛乳2つをまとめて買うので、少しまけて欲しいのですぅ」
フィアには自信があった。
国では店の人間は、いつもオマケをしてくれるのが当たり前だった。
誰もが、フィアの機嫌を気にしてへりくだった。
じゃあその卵はオマケして良い。きっと、そう言われると信じていた。
「すみません。うちの店ではそのようなサービスはしていないんですよ。」
だが、帰ってきた言葉はフィアが予想していなかったものだった。
「え……でも、まとめて買うですよ」
「当店では、値段を表示より下げて売ることはできないんですよ。ご了承ください」
「……」
計算外だ。こちらがまとめ買いをすると言っているのに、サービスされないなんて。
だが、まだフィアには奥の手があった。
「……そんなこと言わずに~、おまけして欲しいですぅ~」
決まった。必殺の上目遣い。フィアの可愛さが炸裂した。
これを見せられて心が動かない男など存在しない。
卵どころか、さらにおまけが増える。そう確信した。
「……すみません。当店ではそのようなサービスは行っていません」
だが、返ってきたのはむしろ迷惑そうな態度であった。
(な、なんでですか……フィアの可愛さが通用しないなんて……)
フィアの常識では、あり得ないことが起きている。
自分のアイデンティティが、崩壊しようとしていた。
(そうか……この人は、ホモ……!)
だがフィアは、自分に都合の良い認識を行うことによってそれを回避した。
───
「はぁ~、結局卵も牛乳も安くならなかったです」
自分を軽く見ている蓮を見返してやりたかった。
だがそのための計画は脆くも崩れ去った。
「ただいまですぅ~」
「帰ったか。ちゃんと買って来れたか?」
フィアは蓮に商品とお釣り、レシートを手渡した。
「……なんだ。無駄遣いしてくるかと思ったのに、ちゃんとできたじゃないか」
「バカにするなです!そんなことするわけないのですぅ!」
「フィア、お使いありがとう。これで今夜の献立が作れるよ」
その日の晩御飯は、卵と牛乳が使われたオムレツだった。
「……それで、フィアはおまけするように言ったのに、してくれなかったですよ!」
「……お前、そんなことしてきたのか?」
まさかスーパーで値切ろうとしていたなんて。想像の上だ。
「スーパーやコンビニでまけてもらうなんてできないぞ。多分値段を決めているのは店にいないもっと偉い人だからな」
「そうなんですか?じゃあ、おまけしてもらえなかったのは、あいつがホモだったからじゃないんですね!」
「……お前、本人にそんなこと言ってないだろうな」
買い物は上手くやったと思ったが、やはりこいつを表に出すのは周りに迷惑なのかも知れない。




