王女様の初めての海
「ひゃっ……」
打ち寄せる波が、リヴの足元をさらう。熱を帯びていた素肌にひんやりとした感覚が触れ気持ち良い。
視界に映るのは、見渡す限りの海。
どこまで続いているのかまるで見えない。リヴは自分がとてつもなくちっぽけな存在に思えた。
「これが、海……」
「それっ!」
「きゃあっ!」
フィアが海をすくってかけててきた。口に触れた水がしょっぱい。
「やったなあ。それ!」
お返しにとフィアにかけ返す。あっという間に2人ともびしょ濡れになった。
無邪気に笑う彼女達が、微笑ましい。
「2人とも、泳ぐ前に準備体操しろよー」
札幌の街中とはまるで違う、潮の香りと砂の感触。
照りつける太陽の下、俺たち4人は銭函の海水浴場に足を踏み入れていた。
最初に水に飛び込んだのは、やはりフィアだった。
「ひゃははっ、気持ちいいですーっ!」
子犬のようにバシャバシャと波と戯れるその姿は、年相応の無邪気さに満ちていた。
それを見ていたリヴも、最初は波を警戒していたが、やがて膝まで水に入り、慎重に歩を進めていく。
足元に寄せては返す波が、彼女のスカート状の水着を軽く揺らす。眩しそうに目を細めながら、リヴは遠くを見つめた。
「世界には……本当に、知らないものがいっぱいあります」
海に対してそのような感想を抱くリヴに、俺はもっと色々なものを見せてやりたいと思った。
「リヴ、もっとこっちに来るです!楽しいですよ!」
「あまり深いところまで行かないようにしろよ」
俺の言葉もどこ吹く風。フィアは思う存分海を楽しんでいる。
「鷹見くん、いくよ」
近藤が投げてきたビーチボールを、俺はリヴに向かってトスをする。
「はいっ、フィア!」
ボールはリヴからフィアへ、そのまましばらく4人の間でラリーが続いた。
今だけは、きっとリヴは自分の責務を忘れられている。
彼女の眩しい笑顔が、それを物語っていた。
時間も忘れて遊び、気づけば身体はすっかり水に馴染んでいた。
「ちょっと、トイレに行ってくる」
1人みんなの元を離れてトイレを済ませ、リヴたちの元へ合流すべく海へと戻ろうと考えた、その時だった。
「おーい、鷹見ー」
声をかけられ振り向くと、そこにいたのは3人ずつの男女混合のクラスメイト。
「お前も来てたのか。他に誰かと一緒か?」
「ああ……近藤とな」
リヴとフィアの存在はなんとなく言いづらい。
俺の言葉に、女子達がキャーと甲高い声をあげる。
「ねえねえ鷹見くん、千早と付き合ってるのー?」
興味津々といった顔で質問される。
「いや……そういうんじゃないんだ」
「ってことはこれからなんだー。ねえねえ、今日はどっちから誘ったの?」
どうやらこいつらの中で俺が近藤を狙っていることは確定しているらしい。
俺は返事に困りながら、こいつらと一緒に海へ戻った。
「あれー、みんなも来てたんだ」
近藤が海辺から近づいてくる。
男子たちの目はみんな近藤に釘付けた。他の女子と比べても近藤のスタイルは子供離れしている。
「千早って鷹見くんと仲良かったんだねー」
「うん、幼馴染だから。言ったことなかったっけ?」
「そいつら誰ですか千早」
フィアがやってきて声をかける。後ろからはリヴもついてきた。
「千早、その子達どうしたの?」
「えっと……道場に海外の人がいて、その人の子供なの。海に行きたいって言われたから連れてきたんだ」
なかなか上手い返しだ。今後俺も使わせてもらおう。
「そっかー、2人だけじゃなかったんだー」
女子たちは少しがっかりした顔をしている。
「お名前なんて言うのー?」
「リヴ・クリュスタと言います」
「フィア・エクレールですぅ」
自己紹介をしただけなのにまた女子連中が甲高い声を上げた。
女子のこういうノリは本当によくわからない。
「2人とも可愛いー。どこの国から来たのー?」
「えっと……」
リヴが言い淀んでいると、フィアが代わりに答えた。
「フィアはヨーロッパから、リヴは南極から来たのです」
「南極!?」
その場にいた全員がハモった。おい、南極は国じゃないぞ。
「アメリカ!リヴはアメリカから来たんだったよな?な?」
俺の声に押されるように、リヴはどもりながら「そうです」と、答える。
「フィアちゃんおもしろーい」
どうやらただの冗談だと捉えられたようだ。
なんだって南極だなんて答えるんだよ。雪国のイメージか?
「じゃあね千早。他のみんなもまたねー」
一通り会話を終えたあと、クラスメイトたちが離れていく。
ただ1人の男子だけが俺と肩を組み、リヴたちの輪から遠ざけるように誘導した。
「……で、鷹見、お前はどっちを狙ってるんだ?」
「狙ってる?」
「やっぱり近藤か?でもリヴちゃんも可愛いよな」
「どっちとも、そんなんじゃねーって」
また、すぐこれだ。
こいつらの前で男女に友人という関係は許されないものなのか。
「そうなのか?……まさかフィアちゃん?お前、ロリコ……」
「それだけは絶対にない!」
名誉を守るために、強い言葉で否定した。




