迫る死の球体と少年の覚悟
「千早……」
フィアが縋るように彼女の名前を呟く。
その時、千早の左腕が眩い光に包まれた。
「……!」
光が収束し、白と黄色で構成された盾が形成される。
蓮が身につけていた物と、色以外は同じだ。
「盾まで発現させたか。でもそんなもので、あたしの呪文は防げないよ」
ラーヤは、これから死刑宣告でも行うかのように、冷たい瞳を崩さない。
千早は、蓮が吹き飛ばされた情景を思い出す。
盾を構えても、自分に訪れるのは先程の二の舞。
それでもリヴとフィアを守れるのは自分だけ。
千早は覚悟を決めて前に出る。
今出現したばかりの慣れない盾を、ラーヤが向ける杖の先端に対して構えた。
───
(何が起こったんだ……?)
蓮は意識が朦朧としている。考えがまとまらない。
全身が痛む。自分に異常事態が起こったことは確かだ。
微かに蘇る記憶。
真紅の球体。空気を裂く轟音。
敵の爆発呪文を防ぎきれず、みっともなく吹き飛ばされたのだ。
(何やってんだ俺……本当に、役立たずじゃねぇか)
まだ戦闘は続いているのか。リヴ達は無事なのか。
少しずつ耳に音が戻ってくる。
剣戟の音、猛る声、呪文の詠唱。
まだ戦いは終わっていない。自分だけが取り残されている。
盾は粉々に砕けた。今度こそ敵の呪文を受け止める術などない。
それなら。
──自分の身を、盾にすればいい。
自分にできることなど、それくらいしかないのだから。
───
ラーヤとソニアが、目を大きく見開いた。
その視線に釣られて、リヴ達も背後から近づく気配の方へと視線を移す。
その場にいた誰もが驚愕した。
戦闘不能とされた男が、戦場に戻ってきたのだから。
額から流れる流血を、手で拭う。
ややよろめきながらも、確かな足取りで前へと進んだ。
「蓮、さん……」
リヴの声は震えていた。
もう彼に立ち上がってほしくなかった。
誰の目から見ても、すでに限界だったから。
それでも蓮は、目の前の敵をまっすぐ見据える。
彼の目は、死人のそれではなかった。
「……いいのかい? 今度こそ本当に死んじゃうよ?」
蓮は答えない。
ただ剣を、強く握り締める。
次の瞬間、力強く前方へと駆け出した。
「蓮さん!」
リヴが叫んでも彼は止まらない。
敵は蓮に容赦なく攻撃を仕掛ける。
「アダティラド!」
ソニアの詠唱によって隆起する大地を、蓮は横に跳んでかわす。
そのまま勢いを殺さず走り続ける。
「君達、強敵だったよ。さようなら」
ラーヤが杖を構えて呪文を唱える。
「ボルカノグ!」
再度放たれた、紅き死の球体。
身を焦がすような輝きを目の前にしても、蓮は迷いなく立ち向かう。
(蓮さん……あなたはこんなところで死んでいい人ではありません……!)
リヴもまた、彼のために祈った。
赤い光が、彼を飲み込もうとしている。
胸を掻きむしるような焦燥と絶望。
次に起こる光景を、誰も想像したくなかった。
(終わった)
ラーヤとソニアはそう思った。彼の命運は尽きたと。
だが、次の瞬間──
鷹見蓮の剣は、光球を鋭く切り裂いた。
「何っ!?」
一閃によって両断され、分たれた残滓は後方のリヴ達をも避けながら、悲鳴をあげて爆発した。
震える空気が彼女達のドレスを強く靡かせる。
蓮の両腕に光が宿る。
現れたのは、薄い青と銀色によって氷のように輝くガントレット。
それが彼の剣に力を与え、呪文を真っ二つにしたのだ。
「そんなっ……!」
動揺するラーヤ達にも構わず、蓮は返す刀で残った最後の騎士に攻撃を仕掛ける。
「ぐっ……!」
それは盾で受け止められる。
だが衝撃は強く、敵は大きく姿勢を崩した。
ガントレットは呪文を裂くばかりか、剣そのものに大きな力を与えていた。
(今だ──!)
盾は弾かれ、胸が大きく開く。
その隙をついて、千早の剣が左胸を貫く。
最後の騎士が、力を失い倒れた。
もはやラーヤ達を守る者はどこにもいない。
「終わりだ」
蓮の剣が、また一閃。
ラーヤはそれを杖で受け止めようとするが、それもまた二つに引き裂かれた。
為す術がなくなったのは、今度は相手。
ラーヤもソニアも、自分の宝玉を砕かれるのを見届ける他なかった。
「この一戦で、どれだけの成長を……ずるいよ、君達……」
諦観の笑みを浮かべながら、彼女達の残骸は風に流れて消えた。
「蓮さん……っ!」
涙を浮かべながら、リヴが駆け寄っていく。
それを彼は、笑いかけながら優しく迎え入れた。




