遊園地デートの後半戦 王女の重責と宝石のような彼女
「難波さん……難波さん!」
呼びかける声で、目が覚める。
そこは園内に設置されたベンチ。
彼の体はそこに横たえられていて、千早の声によって起き上がった。
「あれっ……俺、寝てた?」
「運転してきたから疲れたんですよ。もう昼過ぎですから、ご飯食べましょう?」
「うーん……」
解せないという表情で、彼は歩き出す。
「……難波さんの記憶って、今どうなってるんだ?」
俺は小声でリヴに話しかける。
「僕らが異世界の王女であることや、自分が騎士だったことは忘れてるでしょう。今日はみんなで遊びに来たとしか思っていませんよ」
「そうか……」
彼も一生懸命戦ってくれた。
力を失った瞬間は見ていないが、彼程の強者が敗れるとは。
それだけ相手が強敵だった証拠だ。
「腹減ったな……何を食うか、みんなで相談するか」
俺たちはバーベキューハウスに入り、思い思いに好きなものを焼き、バーベキューを堪能した。
鉄板の上でじゅうじゅうと肉が焼ける音が、皆の胃を刺激する。
「みんなも疲れた顔をしているね」
何も覚えていない難波の一言に、俺は苦笑する。
「はは……午前中にはしゃぎすぎました」
肉の旨みが疲れた体に染み渡る。
午後のためにエネルギーを補給しておかないと。
「フィアは余裕です! 午後からはジェットコースター巡りを再開するです!」
こいつだけ、本当に元気が有り余った顔をしていやがる。
「俺達も午後からはジェットコースターに乗ってみないか?」
「はいっ」
リヴは元気よく返事をした。
食事を終えた後、せっかくなのでまだフィアが乗っていないコースターに、みんなで乗ることにした。
ウルトラツイスター。ルスツの目玉だ。
スタッフの誘導に合わせて肩に安全バーを倒す。
隣に座るリヴにも説明をしてやる。
コースターがレーンに沿ってゆっくりと動き出す。
一度止まったかと思うと、席が半回転し、そのまま後方へと動き出す。
今度は上空へと視線が移り、ガタガタと音を立てて垂直に登っていく。
頂上に達した俺たちは、今までのゆっくりとした動きが嘘のように、85°の傾斜と呼べないレーンを勢い良く通り抜けていく。
「ギャーっ!」
前の座席からフィアの絶叫が響く。
わずかに坂を登り減速するが、息をつく間も無くまた降り、その勢いのまま螺旋状のレーンを一回転する。
次いで半回転。天地が逆転した俺たちを最後に待つのは、2.5回転。
4Gを超える衝撃が腹に重く響く。
一体時速何キロ出ていたのだろうか。
わずか30秒ほどの旅を終え、乗り場へと俺たちは戻ってきた。
「お荷物お忘れないようにお気をつけてお帰りくださーい」
「リヴ、大丈夫か?」
「は、はい~」
リヴの目が回っている。
初ジェットコースターとするには、ちょっと刺激が強過ぎたかも知れない。
「どこかで休もうか。近藤、またフィアのことを頼む」
「オッケー。そのまま2人で好きに回ってていいよ」
「めちゃくちゃ楽しかったです! もう一回これに乗るです!」
フィアに付き合わされて、近藤も難波さんも大変だ。
少しだけ悪いと思ってしまった。
ベンチの上で小休止を挟んだ後、俺達が向かったのはアヒルレースだ。
スタッフの誘導に合わせて、アヒルが小さな尻を揺らしながらスタート地点へと進んでいく。
「ふふっ……可愛い……」
リヴが和らかな笑顔をアヒル達に向ける。
それを見た俺もまた、彼女を可愛いと思ったが、それは口に出さず心に留めた。
ゲートに収まったアヒル達は、スタッフが入り口を開放すると一斉にスタートする。
羽と足を忙しくばたつかせ、想像よりも数倍早い。
3、40m程のコースを10秒もせずに進み切り、レースは決着となった。
予想は当たらなかったが、見られただけで大満足だ。
次に向かったのはサイクルモノレール。
互いに両隣に座り、高架のレールをペダルを漕いで進む空中サイクリングだ。
上空10mはあるだろうか。ルートは緑の木々に囲まれ、爽やかな風が吹き抜ける。
「思ったより高いな、これ」
「遠くまで見渡せて気持ちいいですね」
その後も、色々なアトラクションを制覇した。
どれもリヴは楽しめたようだ。
───
夕日が沈み始めていた。
「そろそろ近藤達と合流するか」
「蓮さん、あの……」
リヴが少し、遠慮がちに俺に提案をする。
「僕、最後にあれに乗ってみたいです」
彼女が指したのは、観覧車。
「いいぜ、行こうか」
観覧車の足元に辿り着き、ゴンドラが流れてくる。
その中に乗り込むと、俺達は向かい合って座った。
「ドア閉めまーす」
密室となった空間は、そのままゆっくりと登り始めた。
少しずつ地上が遠ざかっていく。やがて人々が豆粒のように小さくなった。
「わあ……」
リヴがうっとりとした表情を浮かべながら外を眺める。
こんな高さから景色を眺めるというのは、初めての経験なのだろう。
「あれ、さっき僕達が乗ったやつですね」
「そうだな」
リヴがウルトラツイスターを指差した。
(流石にフィアのジェットコースター巡りは、もう終わってるよな……)
やがて俺達は頂上付近に到達する。
眼下には広大な森が広がり、その向こうに暮れかけた空が続いている。
視界の端で、陽が山陰に隠れていくのが見える。
車内を静かな時間が流れる。
西日に照らされたリヴの顔が、宝石のように美しいと思った。
「どうしました?」
「いや……」
お前に見とれていた、なんて言えるわけがない。
俺は慌てて目を逸らした。
「この世界は、こんなに綺麗なんですね……」
俺も、共に札幌では感じられない自然に思いを馳せる。
「こんなに楽しくって、良いんですかね……」
リヴが切なそうに声を漏らす。
王女としての重責。それは常に彼女にのしかかっているのだろう。
日々を楽しむことにすら、後ろめたさを感じるほどに。
「良いじゃないか。楽しくて」
「えっ……?」
「楽しんじゃいけないって、誰が決めたんだ? ……誰かに許して欲しいなら、俺が許すよ……文句なんて言わせない」
「……ありがとうございます。蓮さん」
観覧車が降り始めた。 この優しい時間も残り半分か。
「僕、怖かったです……蓮さんが死んじゃうんじゃないかって。この戦いに負けるよりもずっと、怖かった……」
「リヴ……」
「もう……あんな無茶はしないって、約束してください」
約束する、とは言えない。
代わりに言えることは──
「……俺は、死なないよ」
守りたい人がいるから。でも最後までは言えなかった。
俺の想いが伝わったのかはわからない。
でもリヴは、それ以上何も言わなかった。
夕日が沈みゆく中、ゴンドラは静かに地上へと戻っていく。
俺の薬指で、リングが赤く静かに輝いた。
───
灯りのない夜道を、一台の車が走る。
周りにあるのは、木々だけ。
車を走らせる音以外に、静かな寝息がいくつも重なる。
助手席では千早が、後部座席ではリヴとフィア、そして蓮が眠っている。
蓮とリヴは、支え合うようにお互いに肩を預け合っている。
激闘に加え、一日中遊び倒したのだ。疲れて当然だった。
ハンドルを握りながら、難波がぼそりと呟く。
「……話し相手がいなくて、寂しいなあ」
こうして俺たちのルスツツアーは終わったのだった。




