愛されたい少年と王女の膝枕
「ただいま」
蓮が疲れた顔をしながら自宅に帰ってきた。
「おかえりなさい。今日は遅かったですね」
「何ですかこれ?」
持ち帰った竹刀を見て、フィアが尋ねる。
「練習用の剣だ。竹でできてて安全なんだ」
「それを買っていて遅くなったんですね」
リヴも竹刀を興味深そうに眺めている。
「いや、もう練習は済ませてきたんだ。これから毎日やってくるから、帰りは今後もこれくらいになる」
今までやっていたバイトもやめ、これからは剣の練習に時間を注ぐ。
今後お金が必要になれば、両親から振り込まれるものに素直に頼る。
気は引けるが、蓮は自分がやらなくてはならないことを優先することにした。
「殊勝な心掛けです! フィアとリヴのために日々精進しろです」
フィアの憎まれ口に、蓮は何も言い返さない。
「……疲れてますね。相当頑張ってきたんじゃないですか?」
「これくらい大したことないよ」
彼の言葉は、リヴには強がりのように聞こえた。
「晩飯の時間まで、庭で素振りしてくる」
蓮は荷物を部屋に置くと、竹刀だけ持って外に出て行った。
「……やっぱり蓮さん、無理してる」
「あいつ汗臭いですね。風呂から上がったときに作戦決行ですぅ」
* * *
晩御飯を済ませ、風呂から上がると、リヴはソファーに座り、近くにフィアが立っていた。
なんだか二人の様子がおかしい。特にリヴは、何かを恥じらっているような――
「お前、こっちに来いですぅ」
「蓮さん、僕の隣に来てください」
何かを企んでいるのか。しかしフィアはともかく、リヴがいたずらをするとも思えない。
俺は言われるまま、リヴの隣に腰掛ける。
「蓮さん、僕に体を預けてください」
(預ける?)
一体どういうことだ。リヴは何がしたいのだろう。
「こうしろってことですよ!」
フィアに肩を押され、俺の体は倒れ込む。そのまま、リヴの太ももを枕にする形になってしまった。
「な、何するんだ!」
慌てて起き上がろうとする俺を、今度はリヴも一緒になって抑えつける。
「蓮さん、しばらくこうさせて下さい」
そのまま俺は寝かされてしまった。これは……いわゆる膝枕というやつだ。
いったいなぜ、俺はこんな姿勢にさせられているのだろう。
戸惑っている俺の髪を、リヴが優しく撫でる。
その感触が、ひどく心に沁みた。
* * *
「男はエロいだけじゃありません。男はみんなマザコンなんです!」
時は遡り、蓮がまだ学校にいる頃。フィアとリヴは今夜の作戦を練っていた。
「マザコンって……蓮さんはそんなことないと思うけど」
「……まあ言い方は極端ですが、男は女に癒しを求める生き物なんです! あいつはリヴが甘えさせてやれば喜ぶこと間違いなしですぅ」
確かに蓮さんは、いつもどこか張り詰めている。
癒しを求めているというなら、喜んで与えてあげたいのだけど。
「……でも僕、蓮さんより年下だし」
「年は関係ありません。包容力が大事なんです」
彼を甘えさせる。そんなこと僕にできるだろうか。
「具体的に、どうすればいいの?」
「よしよしってしてやればいいんです。頭を撫でてやればイチコロですぅ」
「そんな子供扱いみたいなことして、不快にさせないかな」
「もう一つ、膝枕をするんです。これは甘えたい男が女性にしてもらいたい鉄板ですぅ」
フィアは自信満々だ。
他に思いつくこともないし、ダメもとでやってみよう。もし怒られたら謝る。蓮さんならきっと許してくれる。
* * *
リヴの膝の上に頭を預けた俺は、しばし戸惑っていた。
彼女から与えられるのは、人の温もり。
もはや忘れかけていた感覚だった。
これを当たり前のように享受する日々が、確かに俺にもあった。
でもそれはいつしか失われ、そして俺も求めなくなった。
こんな風に人に触れてもらったのは、いつ以来だろう。
よみがえる記憶。そこにあるのは、家族が四人で幸せそうにしていた日々。
(ああ、そうだ……)
俺はこんな風に、当たり前のように愛して欲しかったんだ。
もう抵抗する気も無かった。
心地よい温かさに、このまま寄りかかっていたい。
蓮の両目から、涙が頬を伝って零れ落ちた。
「こいつ、泣いてやがるです!」
「フィア、静かにして」
フィアの言葉に、蓮は反応しない。
安らかな呼吸音。どうやら寝てしまったようだ。
いつも自分を守ってくれる強い少年が、今はとても小さく見える。
でもリヴにはそれが嬉しかった。
初めて、彼の心の奥底に触れることができたような気がしたから。
「……ありがとうフィア。初めて蓮さんのために何かができたような気がする」
「効率の良い労働には適度な休憩も必要ですからね。これからもフィアたちのために馬車馬の如く働けですぅ」
(素直じゃないんだから。フィアだって蓮さんのことを心配していたくせに)
「……いつも、ありがとうございます。蓮さん」
鷹見家の夜に、そっと静かで優しい時間が流れていた。
* * *
意識が戻ると、目に映るのは居間の灯り。
そしてリヴの顔が、自分を覗き込むようにそこにあった。
一瞬、自分がどういう状況なのかわからなかった。
そして眠る前に起こったことを思い出し、蓮は慌てて飛び起きる。
「……俺、どれくらい寝てたんだ?」
「一時間くらいですね。よく眠っているようでしたよ」
「……すまん。俺、重かっただろ」
「まったく気になりませんでしたよ」
むしろ、いつまでも自分の膝元にいてくれてもいいのに。リヴはそう思った。
浴室から、湯上がりのフィアが出てくる。
「あ、起きやがったですか」
「……お前ら、なんでこんなことしたんだ?」
「リヴがお前のために何かしたいって言うから、フィアが教えてやったです。男はこうすれば喜ぶものだと」
余計なことを……蓮はフィアを腹立たしく思った。
「睨むなです。お前の労をねぎらってやったんだから、ありがたく受け取れですぅ」
「………」
蓮は何を言い返せばいいのかわからなかった。ただただ恥ずかしいと感じていた。
「蓮さんが不快な思いをしたのなら謝ります。僕がフィアに尋ねたんです。フィアを責めないでください」
リヴにそう言われては、ますます何も言うことはできない。
「素直になれです。お前はリヴにこうされて嬉しかったはずです。男が甘えるのは恥じゃありません。それを受け止めてやるのは女の甲斐性ですぅ」
完敗だ。今日ばかりはフィアの前に太刀打ちできない。
素直になるのは難しいと感じたが、それでもリヴには言わなければならない言葉がある。
「……嫌じゃ……なかった……ありがとうな、リヴ」
彼女の顔を見て話すことはできない。それでも声を振り絞って伝えた。
「フィアにも礼を言えですぅ」
「……ありがとうよ」
「蓮さんが喜んでくれたなら良かったです。いつでもしますから、必要な時は言ってください」
(……いつでも? 俺が望めば、これからは自由に膝枕してもらえるのか。)
───リヴ、今日も膝枕してくれよー。
(……言えるか!)
蓮は癒しを求める心と、男のプライドの間で静かに葛藤するのだった。
* * *
部屋で眠りにつく前に、今日あった出来事を振り返る。
覚悟していたが、剣道の練習は大変だ。
すでに両腕はパンパンに張っている。明日は全身筋肉痛だろう。
そして帰ってきてからは……俺はリヴとの例の時間を思い出し、またも恥ずかしくなった。
(……でも、それだけ心配かけてたってことだよな。リヴだけじゃなく……フィアにも)
強くなりたいと願って、心配をかけていたのでは本末転倒だ。
リヴに気を遣わせたくないからな……気を付けないと。
明日からも練習は続く。強くならないと。
負けたら、あいつらは……いなくなってしまうのだから。
──天才ハンドボーラーを引き抜いちゃうなんて、ハンドボール界には悪いことをしちゃうな。
……違うよ。俺は天才なんかじゃない。
だって、俺は本物の天才を知っている。
そいつは──
同じ血を分けたはずの、俺の弟。
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