少年の悪夢と王女たちの企て
「リヴの新しい騎士、めちゃくちゃ強いですぅ!」
「この人のおかげでまた勝った。すごく頼りになります」
「ああ……本当に強いな」
リヴもフィアも、その人物のことを褒めちぎる。
まるで、俺の存在なんて意識していないかのように。
「もうリヴの騎士はこの人だけで十分じゃないですか?」
「そうだね……蓮さんはもう、いらないや」
「えっ……?」
俺の声は、情けないほどに小さかった。
二人は振り返ることなく、踵を返して俺に背を向ける。
「行きましょう、リヴ」
「さようなら、蓮さん」
「待ってくれよ。お前達も、俺を置いていくのか!」
二人に、俺の声は届かない。想いもまた、届かない。
「俺、もっと強くなるよ。お前達の役に立って見せる……だから……」
──俺を、一人にしないでくれ!
蓮の手は、天井に向かって伸びた。その先には誰もいない。
部屋はまだ薄暗い。いつもより早く目が覚めてしまったようだ。
(……夢……くそっ……!)
今まで何度も家族に見捨てられる夢を見た。
だが今度は、あの二人に置いて行かれる夢。
心臓が早鐘を打つ。嫌な汗が背中を流れている。
「……」
リヴが寝室から出てくる。三人の中で一番に起きて朝食の準備をするのが彼女の仕事だ。
だが今日は台所に先約が入っている。そこにいたのは、蓮だった。
「おはよう。今日は俺が朝飯を作るから、待っててくれ」
「蓮さん、それは僕の仕事なのに……」
「たまには、そういう気分になるときもあるんだよ」
気分。それだけなのだろうか。リヴは蓮の様子がいつもと違って見えた。
「疲れた顔をしてます。よく眠れなかったんですか?」
「……ああ、いつもより早く目が覚めちまった」
「だったら休んでいてください。残りは僕がやりますよ」
リヴがエプロンをして蓮の隣に立つ。気遣いを忘れない、いつものリヴだ。
───蓮さんはもう、いらないや。
だが、先ほどの悪夢が蓮の胸を締め付ける。
(最低だ俺は……夢の中で、勝手にリヴを嫌な奴にして)
リヴがそんなことを言うやつじゃないことはわかっている。現に昨日だって俺を気遣ってくれたのだ。
あんな夢を見るのも……捨てられるのも……俺が、弱いからだ……。
「うーん、おはようですぅ……」
フィアがまだ寝ぼけた様子で起きてきた。
いつもと変わらない、締まりのない顔。だがそこから今日は嫌な連想をさせられる。
──もうリヴの騎士はこの人だけで充分じゃないですか?
(………)
こいつなら言いかねない。蓮はそう思った。
「お前は居候のくせに、相変わらず何もやらないな」
「フィアはそこにいるだけで尊いのです。この超絶美少女と一つ屋根の下で暮らせる幸運に感謝して生きろですぅ」
「………」
相変わらずの憎まれ口が、今はなんだか嬉しく感じてしまった。
「……なににやついているですか。今日のお前はなんだか変ですぅ」
(俺、そんな顔をしていたか)
慌てて表情を引き締める。
* * *
朝食を三人で囲みながら、俺はふと尋ねた。
「お前、自分の騎士は探してるのか」
こいつ、家で遊んでるだけじゃないのか?
「勿論です。でもなかなかフィアのお眼鏡にかなう人材は見つからないです」
「ほとんど家にいるのにどうやって探してるの?」
リヴも、フィアの行動には疑問を持っているようだ。
「テレビで探してるです。こいつはこの世界の情報をたくさん流してますから、いつかフィアに相応しい騎士も見つかるはずです!」
俺は知っている。こいつが観ているのはほとんどがアニメかバラエティだと言うことを。
「前は慌てて騎士を掴まえて失敗しました。今度こそフィアを守れる強くてカッコいい騎士を見つけて見せるです!」
今時だとインターネットのほうが多くの情報が集まるのだが、こいつにそんなものを教えたら今より酷い引きこもりになることは目に見えている。
そう思ってその存在は教えてはいないのだが、スマホくらいは持たせたほうが便利だとは思う。
たしかネットに繋がらないスマホもあったはず。今度用意して二人に持たせてやるか。
* * *
「……なんだか今日のあいつ、変じゃありませんでしたか?」
蓮が学校に出かけた後、フィアがリヴに話しかける。
「フィアから見てもそう思った?」
昨日戦闘になったばかりだし、疲れているのだろう。でもリヴにはそれだけではないような気もした。
「フィアの顔を見てにやにやしてると思ったら、何かに怯えてるような顔もして、おかしいですぅ」
何かに怯えている。リヴも同じ印象を持った。
だとしたら何に?
戦いを強いられる日々、怖くて当然だ。でも彼は泣き言一つ言わずリヴを守ろうとしてくれる。
望むなら、もう戦わなくてもいい。でもそれを言っても彼は決して逃げないだろう。
「……僕って、蓮さんのために何もできていない」
「何言うですか! リヴはあいつのために家の事をなんでもしてるじゃないですか!」
「そんなのは家に住まわせてもらう以上当然だよ。戦いに巻き込んでいる事の対価を払えていない」
むしろ何もしないフィアに、ある意味リヴは感心していた。
「……蓮さんのためにもっとできること、無いのかな」
直接聞いても、彼はそんなものはいらないと言うに決まっている。
「……あいつが望むこと……フィアには心当たりが無いことも無いですが……」
「……! 何? 蓮さんが望むことって!?」
リヴは真剣な目でフィアを見つめる。
彼女がこの家に来てから初めて役に立つ。そう思った。
「でもこれは……リヴにはとても、させられないですぅ」
「僕は蓮さんのためなら何でもするよ。隠さないで話してよ」
フィアはそれでも言いづらそうにしている。そんなに難しいことなのか。
「あいつが望むこと……それは……」
「……それは?」
「……エロいことです! あれくらいの年の男は、常にエロいことを考えているんです!」
「……?…………!?」
思いもよらないことがフィアの口から出てきて、リヴは目を丸くして固まった。
「でも、だからといってリヴにそんなことさせられないですぅ。行き過ぎた男の欲望は、時に女を傷つけるのです」
「え、えろ…………もう、なんてことを言うのフィア!」
相変わらずフィアはませたことを言う。リヴは耳まで真っ赤になっている。
「この前だって、結局蓮さんの部屋からそういうものは出てこなかったじゃないか」
「でもその日フィアたちが薄着をしていたとき、明らかに動揺していました。あいつが年相応のエロガキなのは疑いようのない事実ですぅ」
確かにあの日の蓮は、自分達に対していつもと違う意識をしていたとリヴも思っていた。
(蓮さんが望むことはそういうこと? 本当に?)
「男のそういう欲望を認めてやらないのはかわいそうですぅ。問題は、それとどう向き合うかです」
「………」
一理あるかもしれない。そういう事に対しては、フィアのほうがよっぽど大人の考え方をしているのかもしれない。
「でも、だからって……いくら蓮さんでも、そんな……」
「わかってるです。フィアもリヴにそういうことをしろと言っているんじゃありません。ただ、女だからあいつのためにできることもあるってことですぅ」
「女だから、できること……?」
「この前テレビで見たんですけど、男っていうのは……」
王女達の、作戦会議が始まった。




