王女たちの誘惑 少年は少女の肌に困惑する
「じゃあ行ってくる。フィア、家のことメチャクチャにすんじゃねーぞ」
「フィアのことなんだと思ってるですか!とっとと行きやがれです」
翌日、蓮は学校へと出掛けていった。家に残るのはリヴとフィアの二人だけである。
「さーて、それじゃあエロ本でも探すとするですぅ」
「ちょっと、いきなり何を言い出すの!」
思わぬフィアの言葉に、リヴは焦ってしまう。
「これは遊びではないです。あいつがちゃんと発散していることを確認しないと、フィア達の貞操の危機に関わるです」
「蓮さんは、そんなことしないもん!」
リヴの顔は赤くなっている。
「それはどっちの意味でですか?では早速、あいつの部屋を改めるです」
「勝手に入っちゃダメだよ!」
リヴが止めようとするが、フィアはどこ吹く風。
「リヴは、この家の家事を任されているですよね?だったら、あいつの部屋の掃除もしないといけないんじゃないですか?」
「う……」
フィアの言葉に、リヴは黙ってしまう。
一見正論のようで、誤魔化されているようにも思える。
「あいつの性癖の確認は同居人の義務です。もしリヴやフィアのような女性が好きだというなら、自衛を考えないといけないです。というわけで、突撃ですぅ」
蓮がもしリヴのような女性を好んでいるとしたら……。
それを想像して、リヴの胸は高鳴った。
フィアは蓮の部屋に遠慮なく入り込む。
リヴはしばらく考え、そして。
「……まあ掃除はするべきだし、フィアの暴走も止めないとだし……」
自分でも苦しい言い訳だと感じながら、結局リヴも蓮の部屋に入っていくのだった。
部屋の中に入った瞬間、匂いが変わった。
蓮から感じられるそれが、強くなったような。
芳香というわけではないが、リヴの好きな匂いだった。
そして散らかっているわけではないが、生活臭を感じられた。
ベッド上の布団は乱れており、その上には寝巻きが雑に置かれている。
机の上には何やら難しそうな本が並ぶ。そして小さなテレビに無数のボタンがある板が付いている。
パソコンというものを、リヴもフィアも知っているはずもなかった。
「それじゃあ、こういうのはベッドの下と相場が決まってるですぅ」
そう言ってフィアは頭を突っ込んで覗き込む。小さなお尻がはみ出して揺れる。
「あ、あったですぅ」
リヴの胸がドキリとなる。まさか、彼が本当にそんなものを──
咳き込みながら這い出てきたフィアが持っているのは、手のひら大ほどの本で、カラーイラストが載っている。中身は白黒で文字と複数のイラストが載っている。
リヴはこれが漫画という物であることを知っていた。どうやらフィアの目当てのものではないようだ。
「どうやらこれは違うみたいです……じゃあ、こっちはどうですか?」
今度は本棚を探索する。先ほどベッドから出てきたような本がいくつも並んでいる。
中には女性のイラストも入っており、時に扇情的なものもあるが、そういう目的のものでは無いようであった。
「フィア、部屋を荒らしたらダメだからね」
リヴはわかる範囲で部屋のものを綺麗に整える。同時に、そういう物が無いかも一応探してみる。
二人は部屋を一通り確認し終えたが、とうとうそれが見つかることはなかった。
「……ね?蓮さんはそういうことをする人じゃ無いって」
「むう……これだけ探しても見つからないとは…」
納得いかない様子のフィアに、リヴは苦笑するしかない。
「まさかあいつ……本当にホモなんじゃ……」
「………」
リヴには、そういう多様性を否定してはいけないという良識がある。
しかし、蓮に限ってはそうだったら嫌だな、と思ってしまうのだった。
そして二人が探したコンテンツは、実は正体不明の小さなテレビの中に存在しているなどと、知る由もないのだった。
* * *
体育館で授業が行われている。今日の種目はバレーだ。
二つのコートに男女が分かれ、若い体が躍動している。
「おりゃっ!」
一人の男子による渾身のスパイクが炸裂する。ボールはコートの隅、ラインギリギリ内側に入っている。
得点は確実。誰もがそう思ったその時。
「ふっ!」
蓮が飛びつき、ボールを拾い上げた。連携は続き、ボールは相手コートへと戻っていく。
「俺の華麗なスパイクを台無しにしやがって~このっ!」
再度、強烈なスパイクが繰り出される。しかし高く飛んだ蓮によるブロック!
ボールは阻まれ、今度は相手のコート内へと転がっていった。
「ナイスーっ!鷹見どうした、絶好調じゃねーか!」
「鷹見、すごーい」
男子の試合を気にしていた美咲からも、黄色い声が上がる。
「へへっ……」
蓮も自分の活躍に満足そうに笑った。
* * *
「鷹見~さっきはよくも俺のスパイクを止めてくれたな~」
教室に戻ってからも蓮は相手から絡まれていた。
「そんなに彼女の前でいいとこ見せたかったか!」
「はあ、彼女?何のことだよ」
「とぼけるな!その指輪はそういうことだろーが!いつもやる気なさそうなお前が妙に張り切りやがって、相手は誰だ?吐け!」
冗談でヘッドロックをかけられ、蓮も笑いながら苦しそうな振りをする。
その光景は全国どこでも見られるような、ありふれた男同士のじゃれ合いだった。
そんな様子を、美咲と千早が微笑ましく眺めていた。
「鷹見君、今日は大活躍だったね」
放課後、帰り支度をする蓮に千早が話しかける。
「……体育の話か?……たまたまだよ」
確かに上手くいったが、次もああなるとは思っていない。
「この前、リヴちゃんのこと不良から助けてあげたでしょ?昔の鷹見くんが戻ってきたみたい」
千早は小学校の頃の蓮を思い出していた。
学業優秀、運動神経抜群。
あの時の蓮は、いつもクラスの中心だった。
いつの頃からか、目立つことを好まない陰のある少年になっていた。
「………」
蓮もまた、昔の自分を思い出していた。自分はそんなに変わってしまっていたのだろうか。
「鷹見~やっぱり近藤と付き合ってんじゃねーか!」
「お前は男女が話すたびにそう思うのか?」
それでは人口のほとんどがカップルということになるだろう。少子化が叫ばれる日本の未来は明るい。
じゃれ合いを再開する蓮を見て、また千早は笑うのだった。
* * *
「ただいま」
「帰ってきやがったですか」
先に俺を迎えたのはフィアだった。
彼女が身につけるのはミニスカートにノースリーブのタンクトップ。
部屋着とはいえ、随分露出度が高い。
「……お帰りなさい」
続けて出迎えてくれたリヴも、ノースリーブのブラウスにふわりとしたミニスカート。
清楚なイメージは崩れないが、こちらも露出度がつい気になる。
目のやり場に困る……そう思いながらも、意識していると言うわけにもいかず、彼女たちの服装には触れられない。
しかし先に口火を切ったのはフィアだった。
「フィアたちの格好を見て、何か言うことはねーですか?」
今の格好は、何か目的があってのことなのか。
意図がわからないが、とりあえず無難に返す。
「ああ……似合ってるよ」
「かーっ、それだけですか!つまんねー男ですぅ」
何なんだ一体……彼女達の望む返事がわからずに困惑するしかない。
「やっぱりお前はホモなんですね。こんな美少女二人に興味が無いなんて、枯れてるとしか思えないです!」
またも繰り出される暴言。面白くない展開だった。
「俺はそんなんじゃない……どうしてそんなことを言うんだ?」
前は、襲われるとか言っていたくせに。
「美少女二人と暮らしているのに、お前の反応は面白くないです。興味がないと言うなら、女の子の良さをフィア達が教えてやるです!」
だから目のやり場に困る格好をしているのか。くだらないことを考えやがる。
「そんなことしなくても、俺はノーマルだ」
「だったらどんな女の子が好きですか?」
「何でお前にそんなこと言う必要がある」
「やっぱりホモなんですね」
このままでは堂々巡りだ。俺はあえてフィアの挑発に乗った。
「じゃあ教えてやる。俺が好きなのは……静かで、大人びていて、言葉遣いの綺麗な女性だよ!」
当てつけのつもりで、フィアとは正反対の特徴を挙げた。それだけのつもりだったのだが……。
「それって……それって……リヴのことじゃないですかーっ!」
「えっ!」
しまった!と思った。
捉えようによっては……そう聞こえるか?
恐る恐るリヴの顔を見ると──
「……えっと……えっと……」
リヴが茹蛸のように顔を真っ赤にしている。
「ち、違うんだ!お前のことをそういう目で見てるわけじゃ……」
「そ、そうだよフィア。別に僕は」
「何が違うですか!やっぱりリヴが目当てだったですね!ケダモノ!この家から出てけです!」
しばらく、鷹見家には気まずい空気が流れたのだった。




