王女の祈りは 窮地の騎士に新たな力を与える
「シルガムゴ!」
「うあっ!」
今度は蓮の左足が得体の知れない物質に覆われた。それは地面に粘着しており、蓮は移動もままならなくなってしまう。
「くそっ……!」
「信親、もう騎士の相手はいい!王女の宝玉を狙うんだ!」
蓮が無力化したのを確認し、リジーは標的をリヴとフィアに定める。男は蓮から離れ、彼女達へと近づいていく。
「やめろーっ!」
蓮はそれを防ごうとするも、叫ぶ以外にできることはない。
左足を覆う物質を殴りつけてなんとかしようとするが、ゴムボールのように弾かれてしまう。
(ゴム……?そうか、ゴムだ!)
「リヴ、ゴムだ!そいつは体がゴムみたいになっているんだ!」
動きがしなやかになったのは、ゴムのような伸縮性を手に入れたから。雷が効かなかったのも、ゴムが電気を通さないからだろう。
だがリヴの呪文なら……!
「氷の呪文なら、効くはずだ!」
思えば呪文で強化されてからも、リヴの呪文を避けていたではないか。リヴの呪文を脅威と見ていた証拠だ。
「気づかれたか、だが……」
「お前達に、できることは無い!」
二人は杖を構えるが、男は遠慮なくリヴの間合いに入り込む。まるでリヴの呪文も脅威とは考えていないようだ。
(なぜ、あんなに踏み込める?)
放たれてもかわす自信があるのか。呪文が飛んでこないことを知っているようにも見える。
蓮でさえ手を焼いた攻撃を、リヴがかわし切るのは困難だ。
男の剣をリヴは杖で受け止めようとするが、しなるように繰り出される剣の衝撃に、体勢を大きく崩してしまった。
「うあっ……!」
次の攻撃はかわせない。リヴは絶体絶命のピンチに追い込まれる。
「これで……終わりだ!」
男の剣がリヴの宝玉へ届こうとする、その瞬間。
「リヴ──っ!」
フィアがリヴを押し倒した。剣は彼女達の頭上を通り抜け、間一髪攻撃を逃れた。
だがこの体勢では、今度こそ逃げることはできない。
「ちょこまかと、次で最後だ!」
再度剣がリヴの頭上に近づく。だが。
「信親!」
リジーの叫びに応じる間もなく、男は頭部に激しい衝撃を受けた。脳が頭蓋の中で揺れる。
思考がまとまらないまま背後を振り返ると、ゴムに包まれた拳を構える蓮がいた。
彼は相手が怯んだ隙を逃さず、そのままゴムをグローブとして殴りつけた。
「ぐっ、このっ……調子に乗るな!」
相手の剣も、蓮は右手で受け止める。覆っていたゴムに傷がつくが、蓮の手から離れるほどではなかった。
「てめえ、どうやって動けた?」
蓮の左足を見ると、ゴムに覆われたままだ。だがその底には土塊がそのまま付いていた。蓮は接着した地面を剥がして無理矢理移動してきたのだ。
「リヴ、離れろ!こいつは俺がなんとかする!」
蓮は臆さず攻撃を続ける。その隙にリヴとフィアは距離を取った。
だが剣は無く、不自由な左足では満足いく攻防にはならない。
「いい加減、しつこいんだよ!」
蓮はなんとか右手のゴムで受け止め凌いでいるが、このままでは勝てない。
「……リヴ、フィア、逃げろっ!」
リヴには指輪がもう一つある。ここで自分がやられても、彼女は新たな騎士を従え立て直せるのだ。
だがリヴは蓮の呼びかけに応じなかった。
呪文は撃てない。彼女達に為す術はない。それでも、リヴは逃げなかった。
「どうしてフィア達、呪文が使えないですか?」
蓮が傷ついても、自分達には何もできない。フィアは歯痒さを感じていた。そしてそれはリヴも同じ。
この場に留まれば、蓮は力尽き、自分たちの宝玉も砕かれるだろう。
「フィア、君は逃げるんだ。」
「リヴは?」
「僕はここに残る。蓮さんを置いて、逃げるなんてできない」
劣勢なのはわかっている。運命を共にする覚悟もできてる。
それでも──。
「信じさせてください。あなたが勝つって──」
その時、蓮の左手が光り輝いた!
「何!?」
「何だ!?」
互いに何が起きているかわからない。
その光は男を怯ませ、そして形を変えていく。
「これは……盾……?」
あの時、クリミアの騎士が使っていた物と同じだ。それが今、蓮の左手にやってきたのだ。
「それが……何だってんだよ!」
相手の剣を、盾が受け止める。蓮を追い詰めてきた剣を、完全に防いでしまっている。
敵は動揺している。蓮はその隙を見逃さなない。
ゴムを纏った渾身の右ストレートが、男の胸に直撃した。胸当てに亀裂が入る。
(まだ……やれる!)
蓮の心に闘志が戻ってきた。対して相手はペースを乱される。どんなに攻撃しても、全て盾が防いでしまう。
「まさかここで盾を発現させるなんて……!」
勝利を確信していたリジーの計算が崩れる。それでもまだ負けたわけではない。
(相手は呪文を使えない。まだ有利なのはこっちなんだよ)
「シルガムゴ!」
蓮目掛けて、再度ゴムによる拘束呪文が放たれる。
(盾で防ぐがいい、その隙に信親が一撃を加える!)
蓮は自分目掛けて放たれた呪文を──盾ではなく、右手で受け止める。
空いた盾で、信親の剣を防ぐ。そして蓮の右手を覆うゴムはさらに厚く重くなった。
「何っ!?」
「重っ……でもこれでっ!」
蓮の右手が、男の左胸目掛けて振り抜かれる!
「終わりだあっ!」
その一撃は、左胸の宝玉を砕いた。
皮肉にも動きを防ぐための呪文が、蓮のパンチ力をさらに上げてしまったのだ。
宝玉を失った騎士は、そのまま地に崩れ落ちる。勝者はそれを見下ろす。勝敗は決した。
「……くそっ!」
勝機を失ったリジーは、そのまま逃げていった。
「あっ、待ちやがれです!」
しかし三人に彼女を追う力は残っていなかった。
「……まだ指輪を隠しているのかどうか。もしそれがないなら、今度はあいつが狩られる番だな」
一息ついて、蓮はその場に座り込む。もはや戦う力など残ってはいない。
でも勝った。確かな満足感が、蓮の心を満たしていた。
「蓮さん……」
「リヴ……」
「信じていました。あなたが勝つって……」
蓮は左手に目をやる。今までどんなに念じても現れなかった盾が、静かに蓮に宿ったのだ。
(何で急に……いや……)
「リヴが応援してくれた、おかげなのかもな……」
二人は見つめ合い、そして勝利を共に喜んだ。
「……よくやったです!この度の働き、褒めてつかわすです!」
フィアが横柄な態度で蓮の戦いを労った。
「……でも相手の騎士から倒してしまったのは頂けません。これじゃあ指輪を回収できねーです!これからもフィアはどうやって戦えばいいですか!?」
「うるせーよ!騎士から倒すっていうのは、最初から打ち合わせていただろーが!」
こいつも疲れているだろうに、相変わらずやかましい奴だ。
しかし今の蓮には、その喧騒もどこか心地良かった。
「じゃあ帰りましょう。帰ったら僕が食事の支度をしますから」
「いや、リヴも疲れただろ。今夜は出前でも取ろうぜ」
「祝勝会です!フルコースを注文するです!今夜はパーっと騒ぐですよ!」
「俺の金で、勝手なこと言うな!」
三人は疲れた体を動かして、家路へとつく。
「……ところで、俺のこのゴムはいつ取れるんだ?」
蓮の心配をよそに、しばらくして右手と左足を覆うゴムは消えて無くなった。時間経過によるのか、あるいはリジーが戦意を失ったからか。
とにかく、これで心置きなく勝利の余韻に浸れそうだ。




