約束が果たされる時は クイーンズ・クレストの果て
風は荒れ狂い、全てを地上から巻き上げ、さらっていく。
大地は低い唸り声と共に割れ、あらゆるものを奈落へと呑み込んだ。
怒り狂った海はビルよりも高く、人の営みを無情に洗い流す。
山は猛り、地の底より噴き出す炎が、命を焼き尽くした。
世界が、今終わろうとしている。
「選べ。救うのは世界の人々か、それとも彼女か」
神は選択を迫る。
勇者が幼い頃より共に過ごした、大切な彼女と、世界中の人々の命。
どちらかを犠牲にしなければ、世界の崩壊を止める術はない。
「もういいの! 私が犠牲になるから……それで世界が救われるなら……!」
勇者の隣で、彼女が叫ぶ。
同時に、世界中から声が届く。
嘆き、苦しみ、哀しみ。
救われたいと願う、弱き人々の声が。
「助けて……」
「死にたくない!」
「お母さん! 怖いよぉ!」
決断の時が迫る。
勇者が選ぶ道は……
・世界を選ぶ
・彼女を選ぶ
・選べない
ここで選択肢が表示される。
どれを選ぶかで、この先のイベントが分岐するのだ。
「うーん、悩むですぅ」
フィアはゲーム機を両手に持ち、頭をかしげる。
しばらく悩んだ後、十字キーを動かし、決定ボタンを押した。
→・世界人口の半分と、彼女の寿命半分で手を打つ
「それで良いのか? では選べ。世界の誰を優先して犠牲にするのかを」
・怠惰で社会に貢献しない者
・犯罪歴のある者
・完全にランダム
「ここは……」
→・高齢者
「世界を立て直すには労働力が必須です! ここはジジイとババアには犠牲になってもらうのです! 高齢化社会も解決で一挙両得ですぅ!」
俺は、フィアの選択を見て引いていた。
さっきから、とんでもない選択肢ばかり選んでいやがる。
こいつに王位を継がせたら、とんでもないことになるのではないか?
「お前に政治を任せたら国が崩壊するな」
「失礼なこと言うなです。フィクションと現実の区別くらいつけてるのですぅ」
まあ、何回もやって全部の選択肢を選ぶのはわかる。
でもこいつ、一周目だぞ……?
「ゲームばっかやってると、目が悪くなるぞ」
「フィアは若いからそんな心配はないのですぅ」
「ゲームは一日一時間!」
昔、そんな格言があったらしいことを思い出して、フィアにそれを要求する。
「そんなんじゃ、いつまで経っても終わらないですぅ!」
「お前はやりすぎだ。朝からずっとやり続けて、ゲームを手放した時間の方が少ないんじゃないのか?」
「お前は小言が多すぎます。あーあ、大高ならそんな口うるさいことは言わないのですぅ」
「そんなこと言うなら、大高さんちの子になりなさい!」
「何よ、さっきからうるさいわね」
アイリスが呆れた顔をして俺達の間に入ってくる。
「あんたもいつまでゲームやってるのよ。本当に目が悪くなるわよ」
「フィア。流石に今日はやりすぎなんじゃない?」
アイリスに続いて、リヴもフィアを嗜める。
「ぶー。じゃあ一旦休憩するのです」
ようやくフィアは、ゲームをスリープさせて手を離した。
「代わりに、お前何か面白いことをしろです。一発芸なんかいいですねぇ」
「ざけんな」
「それよりあんた、トイレの電球が切れそうなのよ。新しいのない?」
「え、そうなのか?」
アイリスに言われて確認すると、確かに点くのがやや遅く、明るさも不十分なようだ。
「確かに切れかけてるな。明日買ってくるよ」
「えー、今すぐ買ってきなさいよ」
「もう遅いし、明日でいいだろ」
時計に目をやる。
針は十八時を指そうとしていた。
「じゃんけんよ。あたしが勝ったら今すぐ買ってくる。じゃんけん……」
「えっ? ほい!」
釣られてつい手が出る。
俺はグーで、アイリスはチョキ。
俺の勝ちだ。
「……じゃ、あんたが先攻ね。太鼓の達人であたしが勝ったら今すぐ買ってきなさい」
「……いいよ。わかったよ。買ってくればいいんだろ」
今やアイリスの太鼓の腕前は、俺を大きく上回る。
初めから俺に断る選択肢などなかった。
「蓮さん、こんな時間に出かけるんですか?」
支度を始めた俺に、リヴが声をかける。
「ああ。不本意ながらな」
「じゃあ、僕もついて行っていいですか?」
「え? 構わないけど、何か欲しいもんがあるのか? 寒いし、俺が買ってくるぞ?」
「……蓮さん一人にお任せするのも悪いですから」
「じゃ、一緒に買いに行くか」
二人で厚着をして、寒空の下へ向かっていった。
既に空は真っ暗だが、街灯があるから道は明るい。
雪を踏みしめる音を聞きながら、並んでスーパーへと歩いていった。
「ふぅ〜、寒い」
吐いた白い息が、すぐに夜の闇に溶けていく。
マイナス二度の外気温が肌を刺す。
いくら北海道で長く暮らしても、寒いものは寒いのだ。
「で、何を買いたいんだ?」
「……すみません。特にありません」
「え?」
「ただ、蓮さんについて行きたいと思っただけなんです」
「……そうか」
今の俺の顔はきっと赤い。
それは、寒さだけのせいではないだろう。
「ゆっくり二人で話す機会も、なかなかないしな」
「そうですね」
リヴと出会って、同居が始まって。
でもすぐフィアが合流して、しばらくしてアイリスがやって来て。
考えてみれば、リヴと二人きりの時間なんてほとんどなかった。
そう思えるほどに、四人で過ごす時間が続いていたんだな。
「……」
意識してしまうと、何を話せばいいのかわからなくなる。
普段みんなで一緒に家にいる時は、何でもないのに。
隣に並ぶリヴが、手袋で覆われた手を合わせながら、白い息を吐く。
「札幌も寒いですね」
「そうだな。でもリヴの国の方が寒いんだろ?」
彼女から切り出してくれたおかげで、話に乗っかることができた。
「そうですね。クリュスタは札幌より冬が長いですし、暖房もこっちの世界ほど充実してないので」
「魔法でなんとかならないのか?」
「魔法を使える人は極少数ですし、クリュスタには火や熱を操れる人はほとんどいません」
「そうか。こっちの世界に慣れると、帰った時に大変じゃないか?」
「そうなんですよ。今から心配です」
──なら、ずっとこっちにいればいいのに。
なんて、そんなこと許されるわけがない。
リヴは女王になる人間なんだ。
本来なら俺とは住む世界が違う。
なのに、今はこうして並んで歩いている。
意識すると、不思議な気分だ。
「俺もクリュスタに行ってみたいな」
「僕もぜひ招待したいです。国を挙げて歓迎しますよ」
「大袈裟にされると行きにくいよ」
「そうですか? みんなに紹介したいです。こっちの世界で一番お世話になった人だって」
彼女の好意なのはわかるが、そんなことをされたら落ち着かなくてたまったもんじゃない。
「……本当に来て欲しいです。僕が戴冠するところも、見てもらえたら」
「……そうだな。見てみたいよ」
でも、それは叶わない。
俺にできるのは、リヴが堂々と王位を継げるように戦うことだけだ。
「今、他の王女ってどれくらい残ってるんだ?」
「多分、二割か一割くらい。もしかしたら、もっと少ないかもしれませんね」
「もうそんなもんか?」
思い返せば、何人もの王女を撃破してきた。
そして世界中で同じことが行われてきたのだ。
日本にはもう俺達の他にはシルエナ達くらいしかいないはずだし、世界に散らばった王女達も相当数を減らしているだろう。
そして、今はまだ見ぬ三大勢力。
こいつらと戦う時は、近いのかもしれない。
「じゃあ、もう国に帰っても恥ずかしくないか?」
「そうですね。蓮さんのおかげです」
今帰ったとしても、リヴ達が無能な女王だと蔑まされる心配は、もうないだろう。
じゃあ、これから俺にできることって何だ?
フィアもアイリスも、クイーンズ・クレストのを頂点を狙っていると言っていた。
最後まで勝ち残れば、願いが叶うって。
アイリスにはそこまで連れて行けと言われているが、正直そこまでの自信はない。
「リヴにも、叶えたい願いがあるんだよな」
「……そうですね」
「今でも、俺には言えないことか?」
「……すみません」
申し訳なさそうな顔を見せた後、焦ったように大きな声を出した。
「でも、蓮さんを信用してないとか、そういうんじゃないんです!」
「そんなに必死にならなくても、わかってるよ」
本当に、安易に言えない理由があるのだろう。
「……もし俺達が最後まで勝ち残れたら、その時は教えてくれるか?」
「えっ?……」
リヴは考え込んだ後、下を向いたまま俺に返事をした。
「……そうですね。その時は聞いてください。僕の願いを」
「よし。じゃあ約束だな」
「はい。約束です」
今度は、顔を合わせてそう言った。
リヴを頂点まで連れていく。
そんなことが俺にできるだろうか。
あれ? 俺はアイリスとも契約しているんだよな。
もし二人が最後まで残ったら、俺はどうすればいいんだ?
まあ、今そんなこと考えていてもしょうがない。
もし最後まで二人が残ったら、その時考えればいい。
「じゃあ、買い物して帰りましょうか」
「そうだな」
スーパーに到着し、明るい店内に俺達は入っていく。
二人の願いを叶えてやりたい。
そのために、俺はできるだけのことをやる。
でも、本当は二人のためだけじゃない。
まだまだ、もっとみんなと一緒にいたいんだ。
クイーンズ・クレストは終盤戦。
それは、別れの時が近いことを意味している。
こいつらといられる時間を少しでも伸ばすために。
──そのために、俺は戦う。




