王女達のバレンタイン
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
「蓮さん、お帰りなさい。近藤さんもようこそ」
リヴの出迎えを受けて、俺達は居間へと移動する。
「チョコ、たくさん貰えました?」
「そんなことはないけど、少しだけな」
幾らかは貰えたが、自慢できるほどの数じゃない。
「……見せなさい」
「え?」
「どんなチョコを貰ったのか、あたしに見せなさい」
アイリスが有無を言わせぬ迫力で俺に迫る。
「お前一人で食べたら虫歯になるですよ。フィア達にも分けろですぅ」
確かに、一人で食べるにはいささか多い。
独り占めする理由はないので、俺は鞄から受け取ったチョコをテーブルの上に出す。
小物が数個。それに比べて、南條から貰ったチョコは一際存在感を放っている。
「……これ、随分立派ですね」
リヴがすかさず注目した。
「ああ。ちゃんとお返ししないとなあ」
「これ、友達から貰ったの?」
今度はアイリスからの質問。
「……ああ、そうだ」
南條と俺は友達だ。間違いなく。
「それにしては随分気合が入ってるわね。こんなの配る用じゃないわよ」
「……本命なんじゃないですか?」
リヴのその一言で、妙な緊張感がリビングに流れた。
「もしかしてですけど……USJで一緒にパレードを見ていた人ですか?」
「そうだけど……よくわかったな」
リヴの目に、光がない気がする。
「綺麗な人でしたね」
「……ああ。クラスでも人気者だよ」
「そんな人と仲が良いなんて、すごいですね」
「……言っとくけど、本命なんか貰える関係じゃないぞ」
クリスマスに告白はされたけど、もう断ってしまったし。
しかし空気が重い。
尋問を受けてるみたいだ。
まるで本命だったら問題があるみたいに。
一体なんなんだ。
ピンポーン。
ここで玄関前のインターホンが鳴った。
「誰だ?」
俺は脱出するように来客を出迎えに行った。
「こんにちはー。チョコ持ってきたよー」
「レーカさん、いらっしゃい」
「おっ、みんな集まってるね。……なんか空気重くない?」
「なんでもないんですよ。よく来てくれました」
レーカさんの登場で、妙な雰囲気は有耶無耶になった。
「……結局みんな義理ってわけ? しょうがないわね。このアイリスちゃんの愛を少しだけ分けてあげるわ」
そう言って、彼女は冷蔵庫から立派なチョコケーキを取り出した。
「じゃーん、どう?」
「凄いな。美味そうだ」
流石アイリスは凝ったものを作る。
テーブルに置いて、人数分に切り分けた。
「僕も……アイリスさんほど立派ではないんですけど、作ってみました」
リヴが取り出したのは、小さく四角く切り分けられた複数のチョコ。
ココアのような粉がふんだんにかけられたそれは、小さいながらも高級感を漂わせている。
「これ、生チョコか?」
「はい。スマホで見て作ってみました」
「これも美味そうだ」
リヴは、俺が褒めると嬉しそうに笑った。
「みんなすごいねー。あたし手作りじゃないけどさ、被らないようにこんなの持ってきたんだよね」
近藤が取り出した箱の中にあるのは、ビニールで包装された複数のチョコだ。
緑色と茶色の二種類がある。
「緑の方は抹茶で、もう一つはほうじ茶だよ」
「美味しそうね。あたしが用意したのは、これ」
レーカさんが鞄から取り出したのは、水玉で包装された、十センチほどの棒状のお菓子。
「せっかくだからハンガリーっぽいものにしようと思って。トゥーロー・ルディって言うんだ。チーズをチョコでコーティングしているものだよ」
「へえ、美味しそうですね」
「じゃあ、これも開けるですぅ」
フィアが南條から貰った箱の包装を解く。
中から出てきたのは、小さいながらもハートの形をしたチョコケーキのようなものが数個。
「これは……ガトーショコラかな。手作りみたいだね」
「……ハートの形で、可愛らしいですね」
「ハート……手作り……」
近藤に続いて反応したリヴとアイリスの様子がおかしい。
なぜか、またも空気が重くなる。
「……別に、深い意味はないだろ。女の子はこういうの、好きだろ?」
「……そうね。深い意味なんてないわよ、きっと」
アイリスがそう言うと、リヴの目に光が戻ってきた。
「じゃあ、みんなで分けて食べるか」
「ちょっと待つです! なんでフィアのチョコを見ないですか!」
「えっ? お前、チョコ用意したのか?」
常に食べる専門家だった、お前が?
「女が甲斐性を見せる日と決まっているなら、フィアだって働くのです! 目をかっぽじって、とくと見やがれですぅ!」
フィアが用意するチョコ……どんなんだ?
嫌な予感しかしない。
そう思っていると、出てきたのはギザギザのアルミカップで固められた、明らかに手作りとわかるチョコ。
リヴやアイリスのものと比べて遥かにクオリティは劣るが、特に問題となるような点は見られない。
「砂糖と塩を間違えてるんじゃないだろうな」
「そんなベタなことするわけないのですぅ!」
「僕が一緒に手伝ったんです。材料に問題はないと思います」
リヴが手伝ったのなら、食べられないものではなさそうだ。
「お前も、やればできるじゃないか」
「ホワイトデーは三倍返しだと聞いたのです。楽しみにしてるですぅ」
「……それが目的か? 珍しくやる気を見せたと思ったら……」
やっぱりこいつの企みはろくなもんじゃない。
とにかく、全てのチョコが出揃った。
こうして並ぶとなかなか壮観である。
六人がかりでも、食べ切るのは簡単じゃない。
「晩飯が入らなくなりそうだな」
「無理に食べないで、数日に分けましょう」
「じゃあ、いただきます」
早速、リヴが作ってくれた生チョコを口に入れる。
美味い。
口の中でとろける。
「……うまっ。うまいな、これ。小さいからどんどん口にしちゃいそうだよ」
「蓮さんの口に合って良かったです」
「あたしのも食べなさいよ」
アイリスに促されて、チョコケーキにフォークを刺す。
程よい柔らかさで、崩れない。
アイリスの技量の高さを感じる。
「……これも美味いよ。さすがだな」
「ふふん、当然よ」
得意そうな顔をしながら、同時に嬉しそうでもある。
ここでリヴの淹れてくれたコーヒーを一口。
続いて、近藤が用意してくれたチョコ。
まずは抹茶に手を伸ばす。
「うん、美味い。近藤、ありがとうな」
「美味しいって言ってもらえて良かったよ」
今度はレーカさんが用意してくれた……なんだったっけ?
とにかく、水玉の包装を剥がし、棒状のチョコを口に入れた。
濃いチョコと、甘酸っぱいチーズの味が舌に広がる。
「これも美味しい。思ったよりチーズがいっぱい入ってますね」
「ふふ、喜んでもらえて良かった」
今度は南條がくれたガトーショコラを口にする。
美味い……けど、リヴやアイリスのものに比べると、はっきりと素人の手作りというのがわかる出来だ。
「美味しい?」
アイリスが訊ねてくる。
「ああ、美味いよ」
「あたしのと、どっちが美味しい?」
「……それは比べられないな。こういうのって、気持ちが大事だろ」
「……そう」
「食べてみろよ」
「あたしは、いいわ」
アイリスだけじゃない。
リヴも近藤も、南條のチョコには手を出さない。
「なんか、悪い気がしちゃって。鷹見くんのために作られたチョコだろうから」
「フィアは遠慮なくいただくのですぅ」
フィアが口に運んだ後、「まあまあですね」と感想を口にする。
心なしか、アイリスは満足したような表情を見せた。
そして、残るはフィアのチョコ。
完成度が高いとは言えないが、さっき言った通り気持ちが大事だ。
あのフィアが、たとえ見返りを求めてだとしても、他人のためにチョコを作ったのだ。
それを素直に評価し、ありがたくいただくとしよう。
「じゃあ、フィアのも貰うか」
アルミカップを外し、口に入れる。
その瞬間、脳がこのチョコを拒絶した。
「……甘っ! 甘すぎるぞ、これ。砂糖入れすぎじゃないのか?」
チョコというより、砂糖の味がする。
それもかなりの濃さだ。
「……フィア。お砂糖いくら入れたの?」
「とにかくたくさんです! 甘い方が美味いと思ったのですぅ!」
リヴの質問に、フィアは悪びれない。
リヴも一つ摘んで口にするが、その瞬間、今まで見たことがない顔を見せた。
「……すみません。僕の監督不行届です……」
「いや、リヴが謝ることじゃないが……」
とはいえ、とてもじゃないが食べられたもんじゃない。
「……少しずつ、コーヒーに溶かしたら美味しいんじゃないかな」
「……それが良さそうだな」
流石に捨てるのは忍びない。
近藤の提案に乗ることにした。
「……ご馳走様。美味しかったよ。残りは明日貰おうかな」
まだ半分以上残っているが、これ以上口にするのは流石にキツい。
こんなにチョコを食べたのは、生まれて初めてだ。
「満足してもらえたなら、良かったです」
リヴがほっと息をつく。
「ホワイトデー、期待してるわ」
アイリスは、ニヤリと笑った。
さて、どうするか。
これだけのものを用意してもらったのだから、お返しもちゃんと考えなくちゃいけないな。
「ホワイトデーはお菓子以外のものでもいいと聞きました。フィアはダイヤのついた指輪を所望するのですぅ」
「お前は何万倍返しをさせるつもりだ?」
フィアの強欲さに、苦笑いするしかなかった。




