青春のバレンタイン 男の矜持と女の戦い
「蓮さん、バレンタインって何ですか?」
カレンダーは二月。テレビはバレンタインのニュースを流すことが増えてきた。
「ああ、バレンタインって言うのは……女性から男にチョコを渡す日だ」
「なんで女だけがそんなことしなきゃならんですか? 女を搾取するなですぅ」
フィアめ、過激なフェミニストみたいなことを言っていやがる。
「来月になったら、男からお返しをする日もあるんだけどな。あと、女同士で渡し合うことも多いんだ」
テレビの内容は、本命チョコに関する話題に変わった。
すかさずリヴが反応する。
「本命チョコって何ですか?」
「本命って言うのは、好きな男に渡すチョコのことだ。バレンタインって言うのは、女性が男に告白する日でもあるんだ。それ以外に渡すのは義理チョコ。友達に渡すのは友チョコ」
「本命……」
リヴが何か考え込んでいる。
俺の知らないところで、好きな男ができたのか?
まさか。
「……それなら、日頃お世話になっているお礼を兼ねて、プレゼントしますね」
「あ、ああ……他にあげたい人もいるのか?」
「えーっと……鹿野さんとか」
「……ああ、そうだな」
その言葉を聞いて、正直俺はほっとした。
「褒美を配るのも主人の役目ね。このアイリスちゃんも用意しておくから、泣いて感謝しなさいよ」
「ああ。ありがとうな」
「……言っとくけど、義理だからね、義理! 勘違いするんじゃないわよ!」
「ああ、わかってるよ」
そんな強調されなくたって、勘違いなんかするかよ。
でも、女の子にチョコをもらえるとわかれば舞い上がってしまうのは、男の性なんだ。
それが美少女ともなれば、尚更だ。
「……」
リヴがずっと何かを考え込んでいる。
真面目な奴だから、どんなチョコが良いのか真剣に考えているのかも知れない。
「リヴ、そんな凝った物を用意する必要なんてないぞ。気持ちだけで嬉しいんだからな」
「……はい。蓮さんに喜んでもらえるよう、頑張りますね」
リヴ達に負担はかけたくないが、それでもチョコをもらえるというのは楽しみだ。
───
バレンタイン当日。
男子生徒の様子は少しおかしい。
多くの者が、今日戦果を上げることができるのかどうかを気にしている。
たとえ義理であってもチョコを受け取ることで、彼らの男としての矜持は満たされるのだ。
「おはよう漆間。それチョコか?」
「ああ。今朝、知らない後輩から渡されてな」
早速戦果を上げた男がいる。
流石だ。
(でも、それ本命なんじゃないのか?)
漆間はクリスマス以来、伊藤と付き合っている。
そのことを、その子は知っているのだろうか。
「それはないだろ。渡したらすぐどっか行っちゃったし」
「そうか」
まあ告白されていないなら、漆間がそれを気にする義理はないだろう。
「おはよう」
声をかけてきた隅田に一瞬目をやり、そして思わず二度見をした。
髪が無造作にセットされている、だけではない。
目が、ぱっちりと二重になっていたからだ。
「……おはよう。お前、その格好どうしたんだよ」
「ん? 何が?」
隅田は、いつも通りですけど何か? みたいな顔をしている。
こいつ、そういうつもりでいくつもりか。
「いや、髪もそうだけど、目。そんなんじゃなかったじゃん」
「え? いや、今朝起きたら急にこうなっててさ」
「嘘つけ。今日バレンタインだから、カッコつけてきたんだろ」
「え? あー、今日バレンタインか。そう言えばそうだったわ」
なんて白々しい。
絶対知ってただろ。
「正直に言えよ。カッコつけてんだろ」
「違うって」
「嘘だ」
隅田は、あくまでもこれが自然な自分なのだと言い張りたいらしい。
往生際の悪いやつめ。
「なあ漆間。こいつカッコつけてるよな」
「いいじゃん別に。そんなの本人の好きにさせろよ」
漆間に同調を求めたら、梯子を外されてしまった。
「新しいおしゃれは、勇気がいるもんだ。そこをイジられたら、お前だって嫌だろ」
「それは……そうだけど……」
ぐうの音も出ない。
すまなかった、隅田。
だが、これだけは言わせてくれ。
「でも漆間、似合ってないよな?」
「それはそう」
「おい!」
隅田の手の甲が、鋭く漆間の胸元に炸裂した。
「はい、これ」
「うわー、これ高いやつだ」
「美味しい」
休み時間中、女子は互いにチョコの交換を始め、盛り上がる。
そして、そのおこぼれに男子があずかっていた。
「俺にも、チョコくれよ」
隅田が積極的に女子に要求して回る。
あの行動力は、素直に感心するほかない。
「欲しかったら土下座しろよ」
「しょうがないなー」
躊躇せずに汚れた床に手をつき、額を擦り付けた。
大ウケした女子達が、彼の後頭部にチョコを乗せる。
流れるような綺麗な土下座を見て、ああはなるまいと心に誓った。
「いやー、こんなにもらっちゃったよ」
「そうか。いや、お前がいいならそれでいいんだ」
そのようにして得たチョコに、果たしてどれほどの価値があるのだろう。
「漆間ー、これー」
「おお、サンキュ」
漆間の元には自然とチョコが集まった。
こいつには敵わないと、つくづく思い知らされる。
「漆間は女子と仲良くて凄いな」
「お前だって、南條や近藤と仲良いだろ」
南條美咲。
学校一の美少女にして、クリスマスに俺に告白をしてくれた相手。
俺はそんな身に余る光栄を断ってしまった。
もしあの告白を素直に受けていたら、きっと今日は彼女からチョコを貰えたのだろう。
後悔しているわけではないが、ついそんなことを考えてしまう。
「それでも、漆間には敵わないよ。どうしてそんなにモテるんだ?」
「脚が速いからか?」
隅田の価値観は、小学生のままで止まっているのだろうか。
「今朝だって後輩からチョコ貰って。あれ、きっと本命だぜ。女泣かせだよな」
「だから、そんなことないって」
「俺も小学生の時、席替えで隣の席になった女子が泣いてたぜ」
「ああ、そう……」
隅田のドヤ顔をスルーして、話を続ける。
「モテるってわけじゃないけど、女と話す時に意識していることはある」
「なんだよそれ!」
隅田の目は血走っている。
必死すぎる。
「女は話を聞いて欲しいんだよ。共感が大事って聞いたことないか?」
「ああ、聞いたことあるな」
どこで? と言われても思い出せないが。
「女が話しかけてきたら、黙って聞く。否定せずに、共感するんだ。面白い話をする必要なんてない」
「それだけでモテるのか?」
「モテるかはともかく、悪い気はしないさ。例えば女が悩んでたら、解決せずとも『大丈夫?』とか『大変だね』って言ってやるだけで満足されるもんだ」
「そうか!」
隅田が再度、女子の元へと向かっていった。
「何か悩んでない?」
「えっ……いや、特には」
「そんなこと言わずに、何かあるだろ?」
「今あんたにウザ絡みされてることかな」
「大丈夫? 大変だね」
漆間のモテ指南も、隅田にかかっては猫に小判、豚に真珠だ。
放課後。
帰ろうと考えていると、近藤が話しかけてきた。
「鷹見くん、今日家に行ってもいい?」
「良いけど、どうした?」
「フィアちゃん達にチョコあげたくて。もちろん鷹見くんのも用意してるから、みんなで食べよ」
「ありがとう。みんな喜ぶよ」
二人で一緒に下校しようと廊下に出ると、一人の女子が話しかけてきた。
それは学校一の美少女、南條美咲だった。
「南條……どうした?」
「鷹見……」
南條は、何かを恥じらっているような様子だ。
その仕草が可愛くて、つい胸が高鳴りそうになる。
「これ……」
彼女が俺に差し出したのは、丁寧にラッピングされた四角い箱。
一目でチョコだとわかるが、義理にしては随分と立派な印象を受ける。
「鷹見には……色々世話になってるから……あげる」
「あ、ああ……ありがとう」
「……お返し、期待してるから。じゃあ、また明日」
そう言って、彼女も下校していった。
「……鷹見くん、やるー。南條さんからこんな立派なの貰っちゃうなんて」
「そ、そんなんじゃねーよ」
南條とは仲良くしていたからな。
ああ見えて義理堅い奴だ。
……それ以上に、深い意味なんてないさ。




