彼女の剣は世界一 生意気王女の勧誘作戦
千早が観念してピンクのフリフリに着替えようとしていた最中、フィアが彼女達の下へと戻ってきた。
「お前、剣術やってたですか?」
開口一番、彼女の疑問はレーカに向けられる。
「そうよ。フェンシングをやっていたの」
「えっ?」
その言葉に、思わず千早も注目した。
「フェンシング?」
だがフィアは、その言葉の意味を知らない。
「あれ、見たことない? オリンピックとかでもやってるんだけど」
「オリンピック?」
「……え?」
あまりにも物を知らない彼女に、レーカは驚きを隠せなかった。
「フェンシングをやってたんですか! すごいですね!」
千早は勢いで誤魔化そうとする。
そしてふと、今年はオリンピックの年であることを思い出した。
「フェンシングって強いですか? 千早とどっちが強いですか?」
「あら、あなたも何かやっているの?」
「えっと……私は剣道をやっています」
「へえ、すごいのね」
お互い剣の道を歩んだ者同士、二人の間に仲間意識が生まれる。
「……で、お前と千早はどっちが強いですか?」
「うーん、剣道とフェンシングじゃルールが違うから、比べられないかな」
「レーカさんはフェンシングをやって長いんですか?」
今度は千早が質問をする。
「ええ。九歳の頃から最近までやっていたの」
「ええ? じゃあ相当強いじゃないですか」
ここで、レーカは少し照れた様子を見せて言葉を続ける。
「……実はね、オリンピックに出たことがあるのよ」
「えええ!?」
その言葉に、千早はさすがに驚くしかなかった。
「オリンピックってそんなにすごいですか?」
フィアは首をかしげる。
「すごいなんてものじゃないよ。国の代表にならないと出られないんだよ」
「じゃあ、あの金メダルはオリンピックのものですか?」
「えええ!?」
再度、千早は仰天した。
「金メダル!? レーカさん、オリンピックで金メダル取ったんですか!?」
「あの金メダルは世界選手権のものよ。四年前に出たオリンピックでは入賞止まりだったわ」
レーカはこともなげに話す。
「……いや、それでも凄すぎますよ! 世界選手権で金って、世界一じゃないですか!」
千早はレーカに対し、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
世界一。
そこに至るまでに、どれほどの鍛錬を積んだのだろうか。
「その時はね。すぐに若手に抜かれちゃったわ。だから今年のオリンピックには出られなかったのよ」
レーカは遠い目をして、寂しそうな表情を見せた。
「……今年のオリンピックではメダルを目指していたけど、叶わなかった。だからこれを機会にフェンシングは引退して、前から大好きだった日本に住むことにしたのよ」
「そうだったんですね……」
次のオリンピックの時、彼女は三十一歳。
競技者としては確かに若いとは言えない。
とはいえ、諦めるという決断に至るまでは容易ではなかっただろう。
「お前、今剣持ってるですか?」
「うん。国からちゃんと持ってきてるよ」
「見せて欲しいのですぅ」
フィアの要望に応じて、レーカはクローゼットの奥から細長い鞄を取り出し、そこから剣を抜いた。
材質は本物の鋼だ。
部屋の光を受けて鈍く輝いており、細い剣先には安全用のゴムキャップが取り付けられている。
両手をグローブで覆い、指を一本ずつ伸ばして馴染ませると、剣を握りしめる。
足を半歩引き、横向きに立つ。
踵がわずかに浮き、重心が前に流れる。
次の瞬間。
レーカの体が滑るように前に出た。
床を蹴った脚が伸び、腕が鋭く振り抜かれる。
剣先がぴたりと止まった。
「……こんな感じ、かな」
部屋の中に拍手の音が響く。
「すごいですね、レーカさん。かっこいい!」
レーカは恥ずかしそうに笑った。
一瞬の間に、千早は彼女を自分の相手としてイメージしていた。
今の一撃を、自分はかわすことができただろうか。
「私の話はおしまい。ささ、次は千早ちゃん、早く着替えて見せて。絶対に似合うから」
そうレーカが話を進めようとした、次の瞬間──
「お前の強さはよくわかりました。お前、フィアの騎士になれですぅ」
「えっ?」
「フィアのお眼鏡に適ったことを光栄に思えですぅ」
突然の彼女の言葉の意味を、当然レーカはわかっていない。
「うーん? 何の話かしら」
「フィアは女王になるために強い騎士を求めてるです。お前にはその大任を任せてやるのですぅ」
「フィアちゃん。それだけじゃレーカさんわからないよ」
千早がフィアを嗜める。
とはいえ、彼女からすれば、これほどの大物を逃す手はないだろう。
「それもそうですね。その目をかっぽじってよく見るですぅ」
そう言ってフィアは自らを光で包む。
そこに立っていたのは、レモンイエローのドレスを纏った小さな王女。
その光景に、レーカは呆気に取られている。
「えっ、えっ、どういうこと?」
「フィアは異世界からやってきた王女なのです。目的は、女王になるための試練に挑むことです」
フィアはクイーンズクレストの存在を説明した。
「……というわけで、お前はフィアに選ばれたのです。今後はフィアの手となり足となって働けですぅ」
「うーん……」
レーカは考え込んでいる。
即答はできなくて当たり前だ。
「……そのドレス、ちょっと触らせてもらってもいいかしら」
「しょうがないですね。許可するのですぅ」
「ありがとう。うわ……」
レーカはフィアが纏うドレスを手で触って確かめる。
上質な素材が使われていることが、彼女にはわかった。
そして目線を戻してフィアを見つめる。
その瞳は、どこか恍惚としている。
「本当に、異世界のお姫様なの?」
「だからそう言ってるですぅ」
フィアは千早に目配せする。
彼女はそれに応じて、自らも騎士としての装備を身に纏った。
レーカは再度目を丸くした。
「すご……」
驚きと好奇心が混じった声が漏れる。
「お前も契約すれば、フィア達の仲間ですぅ」
フィアには確信があった。
自分の下で鍛えた剣を存分に振るうことができる名誉。
それをこの女は断るはずがないと。
「……悪いけど、協力はできないかな」
「ええっ!? 何でですか!?」
しかしレーカの反応は、全くの想定外だった。
「私はもう剣は引退したから。今はまた剣を握ることは考えられないの。そんな半端な状態であなた達の戦いに参加しても、きっと足手まといになる」
「そんなことないです! もっと自分に自信持てですぅ!」
フィアの言葉は初対面の人間にかけるものとしてはどこかおかしく、千早は思わず苦笑する。
「でも、もう決めたから。ごめんね」
彼女の言葉は、簡単に覆るようなものではないと千早にはわかった。
「フィアちゃん、しょうがないよ。レーカさんにも事情があるんだから、ね?」
「ぶぅ……」
フィアは不貞腐れてしまった。
千早にとっても、彼女が仲間となってくれればこれ以上ない存在だったのだが、無理強いはできない。
ピンポーン。
「あっ、来たみたいね」
インターホンと共に中に入って来たのは、荷物を抱えた日本人女性が三人。
「初めまして〜。その二人が例の? うわあ、本当に可愛い!」
「その子すごいね! 本物のお姫様みたい!」
フィアと千早は瞬く間に注目の的となった。
「レーカさん、この人達は?」
「みんな私と同じ趣味を持つ日本のお友達よ。衣装を持って来てもらったの」
彼女達が抱えるカバンにも、どうやらドレスが入っているらしい。
「フィアちゃんが着られるサイズもあるから。ドレスだけじゃなく、アニメの衣装もあるのよ」
そう言って、フィア達に見せるように一着取り出す。
だがレーカの言葉にフィアは応じず、無言で玄関へと歩き出した。
「もうこの家に用はないのです。千早、行くですよ」
「えっ? フィアちゃん。どうしたの急に」
「フィアちゃんって言うの? そのドレス素敵ね。触らせて〜」
パシッ。
レーカの友人がフィアに手を伸ばそうとした時、彼女は迷惑そうにその手を払った。
「ほら、行きましょう千早」
「どうしたのフィアちゃん? あなたのドレスを用意したのよ。着て見せて?」
「やーですぅ」
「えっ?」
「なんでフィアがお前の言うことを聞かなきゃならんですか? そんな義理ないのですぅ」
フィアの豹変にレーカは戸惑っている。
そして千早も同じだった。
「フィアちゃんどうしたの? さっきまでドレスに着替えるのを楽しみにしていたじゃない」
「気が変わったのです」
彼女は玄関に通じるドアの前まで移動した。
そしてそこで振り返る。
「……でも、場合によってはまた気が変わるかも知れないですぅ」
フィアは得意げな顔をしながらレーカを見据えた。
「お前がフィアの騎士になるって言うなら、着せ替え人形になってやってもいいのですぅ」
「えっ……?」
「それだけじゃないですよ。お前が望むなら、このドレスも好きなだけ触らせてやるです」
レーカはその言葉に黙り込んでしまった。
どうやら彼女にとっては、魅力的な提案であったらしい。
あと一息で落とせる。
そう確信したフィアは、ニヤリと笑って言葉を続けた。
「……仕方ないですね。もう一つ、特典をつけてやるですぅ」




