想いを秘めながら 目指すはクイーンズクレストの果て
夜は深まり、辺りはすっかり暗くなったというのに、今はどこにも照明はない。
人々は秩序を守って並びながら道を開け、そこから流れてくる景色を今かと待ち侘びていた。
やがて音楽が鳴り始める。
共に姿を現したのは、無数の電飾で飾られた巨大な光のフロート達。
妖精や動物を模したもの、機関車、海賊船、カボチャの馬車など、ディズニーの主役達が華やかな輝きと共に通り抜けていく。
俺の両隣にはリヴとアイリス。
そして近藤や青山さん達とも合流し、皆でパレードを眺めていた。
夢の国の、最後の締めくくり。
(USJでも、こうして眺めたな)
あの時隣にいたのは南條。
とても楽しくって、胸がドキドキした。
でも──
同時に、リヴ達ともこうして一緒に見たいと思っていたような気がする。
それが今日叶ってよかった。
ふと隣を見る。光に照らされた、リヴとアイリスの横顔。
恍惚とした表情を浮かべ、彼女達も満足しているようだ。
やがて最後のフロートが通り過ぎ、夢の行列はゆっくり闇の中へと消えていく。
「綺麗でしたね」
「ああ」
「また、見たいわ」
「そうだな」
楽しい時間が終わる度に、いつも思う。
彼女達といつまで一緒にいられるのだろうか、と。
それでも。
「また、来ような」
そう言って、俺は彼女達の言葉を否定しなかった。
───
高い天井の下に長い通路が伸びる羽田空港のターミナル。
磨かれた床には人影が淡く映り込み、キャリーケースの小さな車輪が転がる音が遠くまで響いていた。
「皆様、気をつけてお帰りください」
札幌へと向かう俺達を、シルエナさんが緑川さんと一緒に見送りに来てくれた。
「寂しくなりますね~。また一緒に遊びましょう~」
ベルーナさんと青山さんも一緒だ。
「皆様の協力で我々は勝利できました。今後はいよいよ三大勢力への挑戦となるでしょう。また共闘できる時をお待ちしています」
手を振るシルエナさん達に手を振り返し、そして背を向けて俺達は空港の奥へと進む。
この数日間、いろいろなことがあった。
豪華なホテル。
異世界の王女達との社交の場。
バスごと崖下へ叩き落とされ、森の中での開戦。
激闘の末の勝利。
それから、みんなで行ったディズニーランド。
大変な事も、楽しい事も様々だった。
「今回もフィアは大活躍だったのです。自分の才能が怖いのですぅ」
「あら、あんたそんなに活躍してたかしら」
「帰ったらゆっくり休んでくださいね、蓮さん」
「ああ、そうするよ」
札幌へと勝利の凱旋を果たすべく、俺達は搭乗口へと向かった。
「……やっぱり重いのですぅ……誰か手伝ってください」
「しょうがねえな。ほれ」
フィアが空港で買い込んだお土産を、代わりに持ってやる。
家に帰ったら、ディズニー土産もたくさん届いているんだろうな。
───
「着いたあ」
俺達は札幌へと降り立った。
外へ出て頬にあたる空気は、東京のものよりも冷たい。
そして白く染まった地面が、大きな旅だったという実感を与えてくる。
「疲れたですぅ……早く家に帰りたいのです」
フィアがぐったりと肩を落とす。
その言葉に皆が同意した。
皆でバスに乗り空港を発つと、見慣れた景色がどこか懐かしく感じられた。
途中で地下鉄に乗り換える。
ここで鹿野さん一家とはお別れだ。
「鹿野さん、ありがとうございました」
「少しは役に立てたかな?」
「少しなんてものじゃありませんよ。お疲れ様でした」
地下鉄を馴染みのある駅で降り、ここからは歩いて自宅へ向かう。
「お疲れ様。それじゃ、良いお年を」
「ああ、お疲れ」
道中で近藤と別れ、俺達は四人で自宅へと戻ってきた。
「帰ってきたなあ」
ここを出発する時は四人。
そして今も四人。
誰一人欠けることなく帰ってくることができた。
中に入って荷物を置き、部屋着に着替えると、それ以上何もする気は起きない。
どかっとソファーに腰を下ろす。
今日の夕食を弁当と惣菜にするという決定に、誰も異を唱える者はいなかった。
「大変だったけど……みんなで帰って来れてよかったよ」
激戦に続く激戦。
喉を貫かれ、命さえ危ぶまれた。
しかし最も恐れたことは起きなかった。
今ここにはフィアがいて、アイリスがいて、リヴがいる。
(俺は、みんなを守り抜いたんだ)
胸の奥に、確かな達成感が満ちていく。
この平穏は仮初で、いつか必ず終わりは来る。
これから待ち受ける戦いは、きっとさらなる激戦だ。
それでも、今はその心地よさに身を委ねていたい。
こうして国内最大の決戦のための旅は、静かに幕を閉じた。
───
アイリスは、部屋のベッドの上で寝転びながら、ディズニーで過ごした一日を思い出していた。
アトラクション、レストラン、夜のパレード。
どの瞬間にも、そばには蓮がいた。
──あたしとリヴと、どっちと一緒にいるのが楽しいの?
──あたしとリヴ、どっちが可愛い?
(……なんて、そんなこと聞けるわけないわね)
思い浮かんだ言葉を、すぐに自分で否定する。
仮に聞けたとしても、蓮は「決められない」と言うに決まっている。
彼はこういうところで、誰かを下に置くようなことを良しとしない男だ。
正直、リヴに負けているつもりなんて全くない。
自分よりも綺麗な女性なんて、この世に存在しないのだから。
でも、彼女も自分ほどではないにしろ美少女なのは確かだし、性格もとてもいい子だ。
(リヴは、大切な仲間よ。でも)
同時に、クイーンズクレストを競うライバルでもある。
このまま共に生き残れば、最後に激突することは避けられない。
そうなれば蓮は、一体どちらに与するつもりなのか。
(その時、決められないなんて言わせないわ。絶対にあたしのために戦うって言わせてみせる)
そのためにも、彼とはリヴ以上に信頼を築いていかなくてはならないのだ。
もっと近くに。
もっと強く。
あくまでクイーンズクレストの頂点のためだ。
他意はない。
(そう……あたしを頂点に導くのは、あんただって信じてるからね。蓮)
(……蓮さんとアイリスさん、もしかして怒ってなかったかな)
リヴもまた、部屋で蓮とアイリスと三人で過ごしたディズニーを思い出していた。
楽しかった。
本当に楽しかった。
けれど──
彼女は、蓮とアイリスの二人きりを邪魔したことに罪悪感を抱いていた。
先に共に行くことを決めた二人の間に割って入り、空気を読まなかったと自覚しないほど、リヴは鈍くない。
でも、楽しい時間はやっぱり大切な人と一緒にいたかったから。
だからあの時、自分も行くと言わずにはいられなかった。
そして欲を言えば──
本当は、彼と二人きりで過ごしたかった。
(……僕、嫌な女だ)
もう一つ思い出すのは、USJのパレードのこと。
あの時リヴは、学友達と共にいる蓮のことを遠目に見ることしかできなかった。
笑っていて、楽しそうで。
その輪の中に、自分の居場所はなかった。
でも、昨日は違った。
今回は、共にいることができた。
自分が彼の世界の邪魔をしているという自覚を持ちながら、彼をそばに置くことに満足している自分がいる。
(蓮さんと一緒にいると、とても嬉しい。なのに……)
同時に、胸が苦しくなる。
(蓮さん……)
その感情に、名前をつける勇気はまだなかった。
表に出せない想いを抱えながら、彼女達はクイーンズクレストの果てを目指していく。




