異世界王女との街デート
食後の片付けはリヴが行った。そうさせた方が彼女の気が楽になると思って止めなかったのだ。
「準備ができたら、買い物に行くか」
彼女が今着ている服は、初めて会った時にも着ていた白いブラウスに青いズボン。
元の世界から持ち込んだ物で、仮の肉体と同じように汚れたり傷ついても再生するらしい。
だが、この一着を着たきりにさせるのはかわいそうだ。ドレスもあるが、それで日常生活をさせるわけにもいかない。
俺達は家を出ると、バスに乗り、都市部へと出かけた。いつも大人しいリヴも、移り変わる景色に目を輝かせているのがわかる。
王族として、あまり俗っぽいことには触れてこなかったのだろうか。そもそもこちらの世界に来てからは、住む家もなく落ち着いて過ごすタイミングもなかったのではないか。
なら今日は、リヴには思う存分楽しんでもらいたい。
何はともかく、まずは服屋だ。俺はリヴに、好きなものを買うようにと言った。
「……でも……」
「着るものくらい揃えとかないとまともに過ごせないだろ」
それでも躊躇する彼女に向かって、家事を一通りやってくれたらいいから、といって納得させた。
彼女は純粋な善意を素直に受け取れない傾向がある。代償を与えた方が、行動は御し易い。
もしまた暴走するようなことがあったら、その都度注意すればいいのだ。
リヴは、最初こそ渋々と言った様子であったが、途中からは機嫌が良さそうなのがわかった。やはり服を選ぶのが嫌なわけではないのだ。
性格上あまり派手な服は好まないようだが、数点、可愛らしいスカートなどをカゴに取り込んでいた。
「それではお会計12万4千600円です」
かなりの額になったが想定内。これくらいは俺のバイト代で賄える範囲だ。
「ありがとうございました」
リヴは年頃の女の子らしい格好になった。今身につけているのは、青い長袖セーターに、白いギャザーのミドルスカート。
「彼氏さん太っ腹ですね」
「えっ……」
俺はしどろもどろになりながら、「そんな関係じゃありません」というのが精一杯だった。
店員は、それじゃあ兄妹かと思っただろうか。
「悪いなリヴ、気を悪くしたろ」
「そんなことありません!」
珍しく、リヴが少し大きな声を出した。
「……仲が良さそうに見えたのなら、僕も嬉しいです」
そう言ってリヴは、照れくさそうに笑った。
「蓮さんありがとうございました」
「せっかく街まで来たんだ。もう少し遊んでいこうぜ」
俺はリヴを先導するように歩く。彼女も逸れるわけにはいかないので、黙ってついてくる。
着いたのはゲームコーナー。お金を入れて一緒に遊べばリヴも断らない。
戸惑い、驚き、そして笑顔。リヴの目に映るものはどれもが新鮮に違いない。それを見守る俺の顔もまた、自然に綻んでいた。
気がつけば空は茜色に染まり、日が傾き始めている。
「このまま晩飯も外で食べて行くか」
「すみません、トイレに行ってきます」
一人でリヴを待っていると、前方から見覚えのある人影が歩いてきた。
「南條……」
「鷹見……」
昨日、彼女の兄妹を助けて以来の再会だ。
「……ありがとうね。兄妹のこと、助けてくれて」
「……無事で、良かったよ」
「……なんで、すぐにいなくなっちゃったの?」
「いや……」
踏切の救出とは違う。素人が火事に飛び込んだなんて褒められる訳がない。それに、騎士としての力も知られる訳にはいかなかった。
「……弟と妹、元気か?」
誤魔化すように、話題をこちらから切り出す。
「うん。あの後入院して、今もお見舞いの帰りなんだけど、大きな怪我はなかったからすぐ退院できるみたい」
「そうか」
あんなに小さな命が失われることが無くて、本当に良かった。
「今度、お礼をさせてね。何がいいかな……」
「そんなの、良いよ」
「それじゃ、あたしの気が済まないよ」
「良いって。学校で俺と仲良くしてくれたらそれでいいよ」
「……えっ?」
彼女に気を使わせたくなくて、適当に言葉が出た。だが彼女のような美少女と友達になれたなら、それで十分ご褒美だ。
「……うん。あたしも鷹見と仲良くなりたいな」
南條がはにかむように笑った。その表情があまりにも可愛くて、俺の胸はドキッと高鳴った。
「それじゃ、また学校でね」
南條が手を振ってこの場を去ると、すぐにリヴはやってきた。
「お待たせしてしまってすみません」
「全然待ってないよ。それじゃ、行くか」
俺達はファミレスに入り、俺はハンバーグを、リヴはパスタを注文した。食べ始める前に両手を組んで祈るようにするのは変わらない。
先に食べ終わった俺は、水を飲んで一息つく。
「ふう」
「蓮さん、今日は素敵な1日をありがとうございました」
「楽しめたか? なら良かったよ」
「この恩は、必ずお返ししますので」
「……まああまり気負わなくていいからな」
こんなに楽しい休日はいつぶりだろうか。リヴを楽しませるつもりが、自分の方が楽しんでしまったのかもしれない。
* * *
陽はすっかり沈み、二人は家路を辿る。
実は蓮は、途中でまた襲われるのではないかと心配していた。しかしそのような事もなく無事に帰れそうだ。
(そういえば、なんであいつらは俺が騎士だってわかったんだ?)
クリミア達と会った時、俺はただの学生服だったし、見た目でわかるわけがない。
───待ちなさい。もうすぐ来るわ。わかりやすく力を見せてあげたもの。それに自分の騎士のピンチにも気づいているはずよ。
蓮はあの時の彼女の言葉を思い出していた。
「なあリヴ、昨日はなんで俺の場所がわかったんだ?」
「王女は、指輪で契約した騎士の状況がわかるんです。それに、クリミアも力を隠していませんでした。僕を呼ぶためだと思います」
「王女は自分の騎士と、他の王女の位置がわかるのか」
「なんとなく、ですけど。このネックレスが気配を発しているんです」
リヴは自分の首にかかるネックレスを指した。銀色のチェーンと、水色の小さな宝石が美しく輝いている。
「これにはクイーンズクレストに参加するための王女としての力が秘められています。戦闘中はこれがドレスや杖に変わるんです。これを破壊されても、僕達はこの世界から退場しなくてはいけないんです」
ネックレスを身につけている限り他の王女達から逃れる術はない。そしてネックレスを離れた場所に置いてしまうと、それを守ることはできない、ということか。
「じゃあリヴにも他の王女の位置がわかるんだな」
「なんとなくいるな、ってくらいには。あまり遠いとわかりません」
王女は互いの位置を、完璧でないにしろ知ることができる。それも戦いをスムーズに進めるための能力なのだろう。
「この街以外にも、王女はいるんだよな」
「この地球上に散らばっているはずです」
世界中に王女はいる。戦うためには、いつか海を渡らなければならないのだろうか。
夜道を歩いて自宅へと向かう。その途中、リヴの顔に緊張が走った。
「……蓮さん。近くにいます。明らかにこっちに近づいています」
「……! 他の王女か」
敵が近付いてきている。偶然か、それとも明確な敵意なのか。
「自宅がバレると面倒くさいな」
「はい、家には向かわないようにしましょう」
俺達は家に向かうルートとは違う道を選んで進む。
「こっちから仕掛けるか?」
「相手にその気があるなら。偶然なら、やり過ごしましょう」
リヴは相手から遠ざかるように進む。しかし思うように引き離すことができないようだ。
「どうやら向こうははっきりとこっちを狙っているみたいです」
「戦闘は避けられないか」
今日は穏やかな1日として終わりたかったが、そうはいかないらしい。
リヴは曲がり角で隠れるように動きを止める。俺も合わせてその場に身を潜めた。
「リヴっ!」
夜の街に、澄んだ少女の声が響き渡った。突然の大声に、俺は思わず体を跳ねさせる。
声のした方を見ると、そこに立っていたのは──
ピンク色の髪を左右で束ねた、ツインテールの少女。
リヴよりもさらに幼く見える。小学生高学年といったところか。
「こいつが、次の敵か」
例え幼くても、立ちはだかるのなら容赦はしない──
だがどうにも様子がおかしい。
「フィア? どうして、ここに」
リヴの声は柔らかい。それは敵に見せるものではなかった。
「リヴ……うわぁー、会いたかったですうー!」
目の前の少女は、泣きながらリヴに抱きつく。リヴもそれを優しく受け止め、あやすように優しく髪を撫でる。
「よしよし。フィア、君もきっと大変だったんだね」
リヴの目は優しい。その姿はまるで仲の良い姉妹のようだった。どうやら二人は旧知の仲らしい。そして戦闘の意思もない。
「知り合いか?」
「ええ。彼女はフィア。クリュスタ国と国交のあるエクレール国の王女で、僕の友達なんです」




