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襲いかかるかつてない窮地 秘密の花園を脱出せよ

「おお、広いな」


「誰もいないみたいだな」


 百平方メートルはありそうな、広々とした露天風呂。


「寒っ! さっさと浸かろうぜ」


 煌夜が肩をすくめながら湯へ足を入れる。


 外気温は五度。

 湯上がりの彼らの肌を、刺すような寒さが襲う。


「ふー」


「良い湯だな」


 この寒さに対抗するためか、湯は熱い。


 だが、気持ち良い。

 湯質も手伝ってか、体を芯から温めてくれているという実感があった。


 白く濁った湯から、同じく白い湯気が立ち上っている。


「良い景色だな」


 木々の奥に、無数の都市の灯りが見えた。

 自然と皆が風呂の奥に集まり、夜景を眺める。


 その時、ガラガラと音を立てて人が入ってきた。


「うわ、寒いですぅ」


「広いですねー」


(えっ……今の声は……?)


 聞き慣れた声に、蓮の心臓が跳ね上がる。


 彼らが入ってきた出入り口とは反対側。

 そこにはもう一つの出入り口があった。


 そこを通って入って来たのは、リヴにフィアにアイリス、さらにシルエナにベルーナまで。

 女性陣が、彼らと同じ湯に入ってきた。


(な、なんでリヴ達が!?)


 ここは、混浴なのか?

 いや、そんな話は聞いてない。


 蓮達は広い湯船の奥にいたおかげで、岩陰に隠れることができていた。

 だがこのままでは、見つかるのは時間の問題だ。


「ここも良いところじゃない」


「女性専用だなんて、僕達だけこんないい温泉に浸かっちゃうの、蓮さん達に悪いですね」


「交代制なんだからしょうがないじゃない。入りたかったら明日入れば良いのよ」


(女性専用……?)


 リヴとアイリスの会話で、謎が解ける。


「まずいですよ。今ここは、女性が入る時間みたいです」


 蓮は小声で周りに助けを求めるように話しかける。

 だが脅威に晒されているのは皆同じだ。


「……見つからないうちに、ここから出ていこう」


 緑川の意見に全員が賛同する。


 いつも陽気な煌夜の顔が、今回ばかりは青ざめていた。

 一方、安住の顔は未だ赤く、目は虚ろだ。


(この人、今も何が起きているかわかってないんじゃ……)


 彼らは今、岩陰のおかげで女性陣から隠れられている。

 出入り口に戻るには、岩陰から出ていくしかないが……。


「そんなことをすれば、間違いなく見つかるぞ」


「何かで、注意を引くとか……」


「とても無理だ」


 万事休すか。

 このままでは、覗き、痴漢の汚名を甘んじて受けるほか無くなる。


(……諦めるな。思考を止めるな。俺はそうやって、クイーンズクレストを乗り越えてきたじゃないか)


 その時、蓮にある気付き──突破口が浮かぶ。


「……なんとか、なるかも」


「なんだ、良い手があるのか?」


「あそこ……」


 蓮が指を差した先、露天風呂の外。

 そこには湯気でよく見えなかったが、鉄骨が伸びている。


 現在改修でも行っているのか。

 ともかく、確かにそこに存在している。


「あれがなんだって言うんだよ」


「……まさか」


「あの鉄骨を渡れば……脱出できるかも……」


 その言葉に、一同は愕然とする。


 露天風呂は七階にある。

 その高さから鉄骨の上を渡るなど、正気の沙汰ではない。


 いや、彼らは指輪で守られている。

 バスの事故に巻き込まれても平気だったのだから、この高さから落ちても大丈夫かもしれない。


 だが……


 全裸。


 そのような姿で夜の屋外で見つかれば、まごうことなき不審者。

 待っているのは、社会的な死……!


「ううっ……」


 ざわ……ざわ……


 一同に、緊張走る……!


 このままなす術なく時を溶かしたなら、彼らは間違いなく女性陣に見つかり、終局……終末……デッド……破滅する……!


 だが露天風呂から伸びる鉄骨は、まさに地獄に垂れた蜘蛛の糸……!

 起死回生を図る、勇者の道……!


「……渡るっ! 俺達は、今まで数々の戦いを乗り越えてきた。それに比べれば、敵のいない今回は、はるかに容易いっ……!」


「おおっ!」


「俺達はやり遂げているんだ……これより遥かに困難な戦いを。できるっ! できるっ! 俺たちはやれるっ! やれるんだあっ!」


「蓮!」


「鷹見くん!」


「うううっ……!」


「やれるっ……!」


「やれるっ……!」


「俺達は、やれるんだ……っ!」


 皆が自らを奮い立たせ、自分に言い聞かせた。


 彼らはまず、岩陰を離れ、露天風呂の端を目指す。

 真冬の湯からは白い湯気が立ち上るが、それだけでは身を隠すには心許ない。


 故に、潜水……!

 彼らは忍者のように、音も立てずに移動する。


(……よし……!)


 湯から上がる際も、音を立てぬよう細心の注意を払う。


 渡る順番は、予めジャンケンで決めてある。

 青山、安住、緑川、蓮、煌夜。

 この順番で渡ることが決定……!


 ざわ……ざわ……


(私が……一番……)


 青山の顔に、かつてない緊張の色が浮かぶ。


「……できる……私は……ベルーナ殿の剣となり、盾となり、今まで困難を乗り越えてきた……! これも出来る……これは出来ることなのだ……!」


 青山が、鉄骨に意を決して乗り込む……!


(行った……!)


「行ったっ……!」


「青山っ……!」


 次いで、安住も鉄骨に乗り込む……!


「いいぞっ……行ける行けるっ……!」


「緑川もっ……行ったっ……!」


 先頭の青山が口火を切ると、それに引っ張られるように次々に参戦。


 その様は、戦意の発動。

 強気に意を決して、自分の人生を切り開こうとする……そんな決意に見える。


(全裸で、夜中に上空を、こんな鉄骨を渡ろうだなんて、正気の沙汰じゃねぇ……)


 皆、そのことに気づいている。

 気づいているからこそ、更に酔おうとする。

 真っ当な感覚を吹き飛ばそうとする。


(ここは酔わなきゃ、ダメだっ……!)


 己が存在の基盤、地からの離脱っ……!

 真っ当な神経じゃ、踏み出せない……!


(くっ……!)


 地上は深く、闇に覆われ底は見えない……!

 もしそこに墜ちれば、彼らは不審者として通報されるだろう……!


 時、二十一時四十分……!


 辿り着く先は、生還か……?

 (社会的な)死か……?

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