決戦の分水嶺 糸の呪文の真の脅威
「蓮さん……良かった……!」
「……しぶといやつなのです。まるでゴキブリですぅ」
リヴは、心の底から安堵した。
フィアの言葉も、本心ではない憎まれ口なのは明らかだった。
蓮が蘇った。
なら、こっちも心配をかけるわけにはいかない。
「はあっ!」
リヴの振り下ろした杖が、敵の騎士の宝玉を掠める。
相手は思わず顔をしかめた。
(僕も負けません。蓮さん。あなたも負けないで──)
(この装備、安住さんと同じだ)
蓮は自分の脚に現れたグリーヴを見つめる。
彼は見ていた。颯爽と現れた安住が、瞬く間に敵の騎士を打ち破っていく姿を。
(脚力を強化する装備……それなら!)
蓮は、あえて相手から下がり間合いを取る。そして。
(一気に、踏み込む!)
地面が爆ぜた。
アイリスを襲う騎士の懐へ、瞬時に入り込む。
だが、相手もそれを読んでいた。
(俺だってあのオカマと訓練してるんだ。盾があれば、防げない攻撃じゃねぇ!)
相手は正面に盾を構える。
それに対し蓮は、剣ではなく、盾を構えたまま勢いに任せてそのまま激突した。
「おおっ!?」
相手はそれを防ぎきれず、後方に吹き飛んでいく。
蓮は、この隙を逃すまいと追撃をしかける。
「ベグロジス!」
イリヤの呪文によって、蓮の前に透明な壁が現れた。
(ガラスの壁さ。その速度で衝突すれば大怪我するよ!)
このままでは衝突する。このままでは止まれない。
(──だったら!)
蓮は寸前で高く跳び、ガラスの壁を乗り越える。
その間に敵は体勢を立て直す。
蓮は上空から勢いよく剣を振り抜いた。
相手は盾で防ぐが、衝撃を防ぎきれず胸が開く。
「ぐうっ!」
「ここだっ!」
その隙をついて、蓮は左胸の宝玉を貫いた。
「くはっ……」
力を失って倒れる男に背を向け、蓮はそのままアイリスの下へ駆けつける。
「大丈夫か、アイリス」
彼女の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「違っ……これは、あれ! 花粉症だから! 森の中で、嫌になるわ!」
「……そうだな。お前はあとは下がっていろ」
アイリスの無事を確認して、次に蓮はリヴ達の元へと疾る。
「リヴっ!」
「蓮さん!」
彼女達を狙うのは二人の騎士。
(今の俺なら、同時に相手をしてもやれるはずだ!)
「シルシェミド!」
シルエナの杖から黒い光球が放たれ、その一人の敵が構える盾に直撃した。
受けた相手は自分の影から黒い手が伸び、体を縛り上げられる。
「うわっ……!」
(今だっ!)
その隙を逃さず、蓮の剣が相手の左胸を突く。
宝玉は砕け、彼は力を失い崩れ落ちた。
「もう一人……っ!」
「くっ」
残る一人は何とか応戦しようと試みるが、リヴ達と合わせて四対一。相手になるはずもなかった。
「ああっ……」
なす術もなく、彼もまた宝玉を失い騎士としての力を失った。
「次は……あれ、あいつどこいった?」
近くにいたはずのミラは、姿を消していた。
さっきまで確かにそこにいたのに。
「おそらく呪文を使って変身したのでしょう。その辺の小石にでも化けているなら、見つけようがありません」
「じゃあ、どうすれば?」
「警戒は怠らないように。ですが、彼女一人で我々に攻撃して来るとは考えにくいですね」
事実上、撃退したと言っていいということか。
「蓮さん!」
リヴは泣いている。心配をかけてしまったのだろう。
「リヴ。お前はここにいろ。俺は他のみんなを助けてくる」
彼女達に襲いかかる騎士は全て払った。これで心置きなく戦える。
蓮は混戦となっている戦場の中央へと向かっていく。
(安住に続いて、グリーヴを持つ騎士がもう一人。あの少年は、同じくグリーヴを持つ騎士でなくては止められまい)
「孝宏! あの子供を止めろ!」
フィオナの号令が響いた次の瞬間、風を切ってフィオナの最強の騎士、阿部孝宏が蓮の前に迫り来る。
(こいつ!? 安住さんが相手をしていたはずなのに)
「可愛いボーヤ。今度あんたが相手をしてちょうだい」
「くっ!」
剣が激しくぶつかり合う。
自分と同じ速さで動く相手だ。装備の優位性は通じない。
(安住さんはどこ行ったんだ? まさか、やられ──)
「よそ見をしないで。今あんたの相手をしてるのはアタシよ!」
容赦なく、阿部の剣は蓮に襲いかかった。
他のことに気を取られていては、とてもかわしきれない。
「おおおっ!」
「若いっていいわね。もっと激しくぶつかってきなさい!」
距離を取ろうとしても、瞬時に詰められる。
閃光のような一撃は、わずかでも気を緩めれば自分の急所に届くだろう。
(もし安住さんがやられたなら、こいつを倒すのは俺の役目だ!)
おそらくここが、この決戦の分水嶺。
この男を倒せれば勝つのは自分たち。負ければ、この男を止められる者はもういない。
(絶対に、負けるわけにはいかない!)
それにしてもやりにくい相手だ。
繰り出す攻撃を、すり抜けるようにかわしてくる。
そして、何かがおかしい。
言葉にできないが、自分の直感が危険を伝えてくる。
その妙な違和感を蓮は知っている。
まるで相手に誘導されているような、かつてハンドボールでも味わった感覚。
「鷹見君! こっちに来るな!」
声をかけてきたのは、安住。
振り向くと、彼は全身を血で汚し満身創痍だった。
「安住さん!?」
「この周囲には糸がいくつも張られている! 近づくな! 切り刻まれるぞ!」
糸……これもフィオナという王女の呪文か。
まるで見えない。だが確かにそこにある。
これが安住を追い詰めたトリックということだろう。
「リオイプリト!」
遠くからフィオナの声が響いたと思うと、傷だらけの安住がふらりと立ち上がる。
そして一気に距離を詰め、なんと蓮に剣を振り抜いてきた!
「安住さん!? 何を……!」
「くっ……体が勝手に……?」
安住の後方で、フィオナが杖をこちらに向け不敵に笑う。
「手品の種を明かすとは、良くない客だ。代償は体で払ってもらうぞ」
(これも糸の呪文? 安住さんを操っているっていうのか!)
「鷹見君……私に構わず、攻撃しろ!」
「あら、そもそもそんな余裕あるのかしら。あたし達のデュエット、防ぎきれる?」
グリーヴを持つ二人の騎士が、容赦なく蓮へと襲いかかる!




