悲劇を呼ぶ魔弾の射手
シルエナの宝玉は打ち砕かれた──かに見えた。
この世界から退場する王女は、砂と化して消えていくのが運命。
しかし彼女の姿は、影が揺らめくように崩れた。
「!?」
その光景に、リファも驚きを隠せない。
「あれは、シルエナの本体ではない!」
フィオナの声が森に響くと、崩れた影は地面に同化する。
そして水面から浮き上がるように、そこからシルエナの姿が出現した。
「ふう、一瞬肝が冷えたぜ」
煌夜だけでなく、彼女の騎士達はほっと胸を撫で下ろす。
蓮達は一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやら攻撃をかわしたのだということを理解して安堵した。
「……あなたのことは信じていたのですけれどね、リファ」
裏切り者を、シルエナは哀しそうに見つめる。
「……まさか自分の分身まで作っていたなんてね。そんな呪文は知らなかったよ」
(サブシェミド。自らの影分身を作る呪文です。この呪文の存在は、私の騎士以外は知りません)
敵の攻撃をかわすための呪文が、裏切り者の炙り出しに役立つとは。
「いつからですか? いつ向こう達と通じていたのです?」
「最初からさ。私は元々、フィオナ姫の同志」
「……まさか、あなたは」
「ご名答」
リファの姿は揺らぎ、幼い少女は金色のショートヘアをした中性的な少女へと変わった。
「私はミラ・ベール。リファ・サクリスは崖の上で気を失っているよ」
そう言って彼女は懐からネックレスを取り出すと、それを地面に落とし、自らの杖で強く突いて破壊した。
その瞬間、彼女から重なるように発せられていた二つの気配が、一つになった。
「そして、これで彼女はクイーンズクレストから退場だ」
ミラ・ベール。
幻を作る呪文を得意とするフィオナの同志。
だが、人に変身できるということは初めて知った。
(奥の手を隠していたのは、向こうも同じというわけですね)
彼女は呪文で自身の気配を消すことができる。
相当周到に立ち回っていたのだろう。
彼女が変身してこちらに潜り込み、情報を相手に流していたことに気づけた者はいなかった。
「いつからリファに取って代わっていたのですか?」
「別に、彼女だけに変身していたわけじゃないよ。ある時は君達の騎士に、ある時はホテルマンに、壁や床に成りすまして聞き耳を立てた時もあったさ」
「……なるほど」
(彼女の幻惑呪文は知っていたのに、迂闊でした……まさか、ここまで大胆に動いていたとは)
シルエナは、自らの愚鈍さを呪った。
「奇襲をかけたつもりだったけど、ばれちゃあしょうがない。ここからは直接相手をさせてもらおう」
ミラの合図で森の奥から、銀色の鎧を金色で縁取った二人の騎士が姿を現した。
味方の騎士は、自分の相手で手一杯。
シルエナの援護に向かえる者は、誰もいない。
(私が動かなきゃ……でも、もう力が……)
「千早、もう無理するなですぅ……」
傷だらけでもなお動こうとした千早を、フィアは制止する。
「……僕が行くよ」
シルエナと並び立ったのは、リヴ。
(今、蓮さんはアイリスさんの装備で戦っている。僕の呪文が使えないなら、役に立つにはこうするしかない)
「……それなら、フィアも一緒に戦うのです!」
この場で一番小さな少女も、杖を握り締めて前に出る。
シルエナ、リヴ、フィアの三人が、ミラの率いる二人の騎士と対峙した。
「……感謝します。相手の剣は、まともに受けてはなりませんよ」
「それくらい、わかってるのです!」
「では、参りましょうか」
サークレットを身につけた騎士は、的確にこちらの攻撃を読んでくる。
そして、ガントレットによって強化された攻撃。
たった一撃が、致命的になり得る。
三対二であっても、決して有利ではない。
むしろリスクを負っているのは、リヴ達だ。
「シルエナ……!」
「アタシの前で他の女を気にするなんて、許さないわ!」
一瞬シルエナを気にした安住の頬の薄皮を、阿部の剣が切り裂いた。
鋭い痛みに、思わず顔を顰める。
滲み出た赤い血が、宙に飛び散った。
安住がシルエナの下へ駆けつけたくとも、阿部がそれを許さない。
変わらず二人は実力伯仲。
僅かな隙も許されない。
「お前を急いで片づけるしかないようだな」
「できるかしら? アタシはまだ帰りたくない気分よ!」
グリーヴの脚力によって、彼らの戦場は地上、樹上を問わず、二人以外には立ち入れない激しい攻防が続いた。
「リヴ……!」
蓮もまた、必死に戦っていた。
彼女を守りたいのに、その手は遠く届かない。
(俺一人じゃ駄目だ。アイリス、俺に力を貸してくれ……!)
その時、アイリスの杖が力強く輝き出した!
「!」
そこにいる誰もが、その光に注目した。
この戦場を大きく変え得る力が、現れたのだと。
仲間にとってはまさに希望の光であり、敵にとっては忌まわしい警報であった。
「新呪文……!」
アイリスの唇が震える。
その正体を、彼女もまだ知らない。
強力な攻撃なのか、補助する術なのか。
唱えてみなければ、わからない。
「新呪文は、唱えさせないわ!」
「邪魔はさせん!」
阿部の動きを、安住が必死に食い止める。
他の仲間達も、アイリスが呪文を発動できるように、必死に目の前の敵を押さえ込んだ。
「イグベグロス!」
イリヤから放たれた、ガラスの刃の連射。
「スパニジス!」
それを、ベルーナが生み出したバネの壁が受け止め、彼女の下へと跳ね返した。
千早達を傷つけてきた呪文を、今度は自分が一身に受ける。
肌を、ドレスを、鋭く切り裂かれた。
「うわあっ! あの女めっ!」
「イプリトピア!」
フィオナの杖から、糸の槍が放たれる。
銀色の閃光が空を走り、一直線にアイリスへ──
「おおっ!」
その射線に蓮が割り込み、盾でそれを防いだ。
(奴が邪魔で、あの女に呪文が届かん!)
フィオナが舌打ちをし、鋭く叫ぶ。
「マーニャ!」
フィオナの号令に応え、マーニャが杖を構える。
射線の先は、蓮とアイリス。
「アクス・マグナグ!」
その呪文が唱えられた瞬間、空気が裂ける音がした。
「!?」
バチィッと火花が鳴るような音がしたかと思った直後、蓮は直感的に何かが来ると感じた。
だが、その正体を掴むことはできず。
次の瞬間、リヴは信じたくない光景を見た。
赤い飛沫が、弧を描いて宙に放たれる。
マーニャによって放たれた高速の弾丸。
それは、蓮の喉をたやすく貫いた。




