襲いかかる多彩な糸呪文 そして秘策が成る瞬間
「フィア! 近藤さん!」
少し遅れて、リヴとアイリスもやってきた。
「大丈夫?」
「フィアは大丈夫ですぅ。千早が……」
千早の体はあちこち傷だらけだ。
何があったら、こうなるのか。
「鷹見くん……あの人はガラスで攻撃してくるの。あっちの人は風の呪文使い。そして、あの奥にいる人が……」
千早が指した先にいるのは、銀色のドレスを身につけた、尋常ではない威圧感を持つ王女。
「きっとあの人が、糸の呪文を操るっていうフィオナ・スピオネラさん」
さらに隣に青い髪の王女もいるが、今来たばかりで能力は不明だ。
「そうか、わかった。あとは俺に任せてくれ」
そう言う蓮の体も、自分ほどではないが傷だらけなことには、千早はすぐに気づいた。
彼だって、もう休みたいだろうに。
なのに、蓮の背中は力強く、頼もしかった。
「おい、お前……」
フィアが蓮に話しかけてくる。
来るのが遅い、とでも言うつもりか。
「……千早を助けてくれて……ありがとうですぅ」
だが出てきた言葉は、普段のフィアからは似つかわしくない、しおらしいものだった。
彼女も、この戦いでそれほどまでに追い詰められていたのだろう。
「……フィアはまだ戦えます! 援護してやるから、お前はさっさと行けです!」
「……ああ、わかったよ!」
普段の憎まれ口が戻ってきて、却って安心した。
「あれが、リヴ・クリュスタにアイリス・ロゼリア。北を制した王女達か」
フィオナの鋭い視線が、リヴ達にに注がれる。
「そしてあの少年が、二人と契約を結んでいるという鷹見蓮」
「だが、子供である上に既に相当なダメージを負っている様子だ。我々を脅かす力は無いと思うが」
「違うな。ああいうのが怖いのだ。未熟であるが故に成長も早い」
マーニャの見解を、フィオナは即座に否定した。
(子供の心。それはクイーンズクレストにおいて、時に大きなアドバンテージとなるのだ)
「ここにいる者は、皆強者だ。侮って良い者など一人もいない。警戒を怠るな」
「わかっている。フィオナ」
そう言ってマーニャは、右手で握る杖を眺める。
(……私のとっておきの呪文。もしかしたら使うのは彼らなのかも知れないな)
杖の先端で、赤と青の混じった宝玉が妖しく輝いた。
(この戦場、有効なのはアイリスの呪文の方だ)
蓮は深緑色の鎧を身に纏う。
リアフィズラなら複数の敵を制限できるが、味方も巻き込んでしまうかも知れない。
木の根を操作できるアイリスの呪文が、混戦では有利と考えた。
「おおっ!」
蓮は、千早に代わって傷だらけでもなお勇猛に戦う。
相手はマーニャの参戦によって、さらに二人の騎士を送り込んだ。
今なお、数で劣る戦い。
だが彼の奮戦は、その不利を感じさせないほど勇ましかった。
「ネルトプラ!」
そしてそれは、アイリスの援護を呼ぶ。
二本の木の根がうねり、敵へと襲いかかっていく。
「この根っこ、うぜえ!」
自分の騎士達がネルトプラの対応に手を余らせている中、フィオナもまた果敢に前に出る。
「イプリトレイド!」
彼女が杖を振るうと二本の根は瞬時に乱切りにされ、残骸が力なく地面に落ちた。
「ついでだ、お前も切り刻んでやろう」
彼女の呪文が、今度は蓮に迫る。
その杖が振りかざされそうになった、その瞬間。
「ベススパニ!」
ベルーナの呪文によって出現したバネのような足場を踏みつけ、青山は加速し、瞬時にフィオナの懐へと入ろうとする。
(ここでこの女を獲れば、我々の勝ちだ!)
「イプリトピア!」
彼女の杖から放たれた糸の弾丸は、青山の腹部を貫いていた。
「ぬぅっ!」
あまりの激痛に、顔をしかめる。
(……怯むな! ここは千載一遇の好機!)
それでも彼は止まらない。
その刃がフィオナに届こうとした、その時──
「ルライプリト!」
今度は糸を周囲の木の枝に引っ掛ける。
そして彼女は宙を舞い、ブランコのように弧を描いて戦場の中央から離脱していった。
四人の騎士に支えられての多彩な呪文。
やはり彼女こそこの戦い最大の強敵であると、改めて蓮は認識した。
「青山さん、大丈夫ですか?」
傷ついた腹部を押さえる彼を、蓮は案じる。
「……大丈夫だ、これくらい……」
傷ついているのは自分だけではない。
皆が絆を結んだ王女へ勝利を届けるため、必死になって戦っている。
(元樹さん……)
普段は奇抜なベルーナも、彼の身を案じずにはいられなかった。
今この戦場で、手を抜いている者など一人として存在しない。
金属のぶつかり合う音が、絶え間なく森の中で響き続ける。
剣と剣。
呪文と呪文のぶつかり合い。
その後方で、シルエナはフィオナの隣で佇む一人の王女の存在に疑念を抱いていた。
(マーニャ・エレクトロ。磁力の呪文を操る者)
シルエナは彼女とも数度戦った。
彼女の磁力は、騎士の装備に直接影響を与える。
剣を奪い、鎧を縛り、その呪文には苦しめられてきた。
シルエナは知らないが、落下しそうになったバスの一部を静止させたのも彼女の呪文だ。
その彼女が、今回の戦いではまだ一度も呪文を唱えていない。
(今、彼女の磁力を発動させれば、下手をすれば味方をも巻き込んでしまうでしょう)
故に、動けない。
だが、それだけだろうか?
もし彼女が、自分も見たことがない強力な呪文を温存しているとしたら。
「シルエナさん」
シルエナが考えを巡らせていると、森の奥から一人の王女が現れ、近づいてきた。
「リファ。今までどこで何をしていたのですか?」
リファ・サクリス。
今回シルエナと共に共闘を約束した王女の一人。
ドレスは土で汚れ、あちこちが傷だらけで、ここに至るまでの奮闘の跡がうかがえる。
「フィオナ姫とマーニャ姫に襲われて、アイラさんはやられちゃいました。あたしの騎士も二人とも……」
「……そうですか」
おそらくそうなのだろうと、シルエナはすでに覚悟していた。
そしてリファも共にやられたのだと思っていたのだが。
「あなたは無事だったのですね」
「何とか逃げたんです。もう騎士はいませんけど、できる限り呪文で援護します!」
そう言ってリファは杖を構え──
彼女は躊躇なく、それをシルエナの宝玉へ振り抜いた。
「……えっ?」
時が凍りつく。
彼女の杖は、間違いなくシルエナの急所を捉えた。
シルエナの騎士も、蓮も、リヴも、アイリスも。
誰もが、有り得ないものを見たと思った。
ただ一人、フィオナ・スピオネラは──
策が成ったと、ほくそ笑んだ。




