逆襲開始 影の王女が束ねる騎士たちの実力
蓮達の元に、援軍が到着した。
だが、たった一人だ。
普通に考えて、それだけで戦況を大きく変えることは困難だろう。
それでも安住貴志は、怯むことなく悠然と佇んでいる。
「……シルエナの騎士か。君一人か?」
アリーナが安住に語りかける。
「そうだ。ここに来たのは私一人だ」
「君達の元には三人向かわせたのだけど、それはどうしたのかな?」
「片づけた」
「……は?」
一瞬、彼女の思考が止まる。
「彼女達はもうこの世界にはいない。お前達には、それがわかるのだろう?」
「……確かに、そのようだね」
どうやらシルエナ達の下には、三人の王女が差し向けられたらしい。
だが彼らは、それを全て撃破してここに駆けつけたのだという。
「さすがはフィオナ姫が最も警戒した者達だ。だが、君一人で何ができる!?」
四人の騎士が、同時に安住へ襲いかかる。
「っ! 安住さん!」
蓮が彼を案じて言葉をかけた次の瞬間。
その場にいる誰もが、その動きを目で追えなかった。
気がついた時には、安住の剣は騎士の一人の左胸の宝玉を砕いていた。
「……は、速い……」
力を失った鎧は砂と化し、その男はその場に倒れた。
残った三人の騎士はたじろぎ、思わず安住との間に距離を取る。
蓮と鹿野が二人がかりでも倒せなかった相手を、安住は瞬時に屠ってみせた。
その強さに、味方である蓮も戦慄する。
「……どうした。かかって来ないのか」
「……なるほど、大した強さだ。でも、もう勝った気でいるなら、それは早計だよ」
アリーナの声に、まだ焦りの色は無い。
「近藤千早。あなたはもう限界です。あとは私達に任せなさい」
シルエナは、傷だらけの千早を気遣うように声をかける。
「……私も、まだ戦えます!」
「お嬢ちゃんは良くやったよ。あとは頼りになるお兄さん達に任せたまえ」
煌夜は千早に笑顔を向ける。
「……舐められたもんだね」
イリヤは、余裕を持ったシルエナの態度に不快感を覚えた。
「依然、人数ではこっちが有利だ」
「……確かに、このままでは少々バランスが悪いようですね」
シルエナは杖を掲げ、呪文を唱える。
「オル・ファムシェミド!」
煌夜、雅臣、そして理玖の影が立体となり、そのまま人の形となる。
新たに、三人の影騎士が戦場に現れた。
「これで、人数はほぼ同じです」
「……分身か。傷つけば消える、脆い影よ」
フィオナは冷たく評する。
だが、決して侮るつもりもなかった。
煌夜は理玖を下がらせ、自分が前に出る。
「さて、あのオカマは俺様が相手をしようかな」
「あら、あんたも良い男。楽しませてくれそうだわ」
「そんじゃ、行きますか」
シルエナの騎士とその影が、一斉に相手へと立ち向かう。
影は、イリヤとジルフィの騎士の相手をする。
三対四。
だが数の不利を感じさせない猛攻を見せた。
「この……影のくせに強いぞ!」
千早は、かつて煌夜と戦った時の事を思い出す。
(あの影……煌夜さん達と同じ強さなんだ)
理玖と雅臣、そして青山は、フィオナが従える三人の騎士と対峙する。
「理玖さん、まだやれますか?」
「老体にはこたえますねえ。ですが、まだ休むわけにはいかなさそうです」
「私も、まだやれる。共に戦わせてもらおう」
「では、参りましょうか」
少し離れて、煌夜と阿部が対峙する。
「あんたは、あの眼鏡の子よりも強いのかしら?」
「俺様の方が若くてピチピチだからな。期待に添えると思うぜ」
「それは楽しみ、ねっ!」
またも一瞬で、阿部は煌夜の懐に飛び込んだ。
風が裂け、激しい金属の接触に火花が散る。
だが煌夜はそれを盾で受け止めた。
「あら」
「へへっ……」
(その装備は、貴志も同じだからな。その程度の動きは知ってるぜ)
安住との訓練で覚えた動き。
煌夜はその脅威をその身で覚えていた。
(グリーヴは驚異的な踏み込みを生むが、一度懐に入っちまえば、それを活かすことはできねぇ。必要以上に恐れることはねえのさ)
煌夜は、装備で劣る相手にも怯まぬ闘志を見せる。
一方、安住は一人で引き続き、二人の王女と三人の騎士の猛攻を一身に受けていた。
「調子に乗るな! リアディゼル!」
彼の足元が、砂となって沈む。
そしてそれは、蓮達に襲いかかった時と同じように、蟻地獄となって飲み込もうとする。
「ふっ!」
安住は膝を曲げ、その反動で高く跳ぶ。
彼は容易に砂から脱出した。
その脚力に、蓮は口を開けて驚愕する。
「すごい……!」
二階建ての家くらいの高さまで跳んでいるだろうか。
グリーヴによって強化された脚部が、驚異的な跳躍力を生んでいるのだ。
「ジーレグ!」
キスロッサの杖から、大きな酸の塊が吐き出される。
宙に浮いた安住は、それを盾を構えて受け止めた。
ジュウゥゥッ!
盾は強く腐食し、使い物にならなくなってしまった。
着地したところで、それを相手に放り投げる。
相手は怯んだところを見逃さず、すかさず間合いを詰めて剣を振るう。
しかし、それは盾に受け止められてしまった。
「何度もそうやらせるかよ!」
(安住さんは強い……でも、一人じゃ無茶だ)
自分も戦わなければと蓮が自分を奮い立たせた時、安住の影は蠢き始め、立体となって独立した騎士となった。
「何だ!?」
(オル・ファムシェミドを唱えたか。丁度いい)
彼は、シルエナが離れたところで呪文を唱えたのだと理解した。
影はすかさず敵の左胸に剣を突き立てる。
目の前で起きた分身に相手は対応しきれず、攻撃をまともに受けて宝玉を砕かれた。
「あと二人か」
安住は残りの騎士の相手を影に任せ、瞬時にキスロッサへ間合いを詰める。
「いやあああっ!」
彼女が抵抗する間もなく、彼女の杖の宝玉はあっさりと砕かれた。
「ああっ……そんな……」
彼女が砂と化すのと同時に、影が相手をしていた騎士が一人、力を失って倒れ伏した。
「あとはお前だけだ」
残るはアリーナと、その騎士が一人。
騎士は影が抑えている以上、アリーナには身を守る術が無い。
すでに彼女は詰んでいた。
「……サムディゼル」
アリーナが呪文を唱えると、砂嵐が巻き起こった。
風と砂が顔を強く撫でる。
とても目を開けていられない。
(この隙をついて攻撃する気か? いや……)
気配が離れていく。
砂嵐に乗じて逃げるつもりだ。
(まさかここまでやるとは……フィオナ姫と合流しなくては!)
彼女は残された騎士と共に必死で走り、この場から離れようとする。
「どこへ行く」
「!?」
安住はサークレットで彼女の場所を知ることができた。
そしてグリーヴの脚力で容易に追いつき、容赦なく宝玉に剣を振り下ろす。
「……気配が……」
リヴとアイリスには、目で見えなくとも何が起こったのかが理解できた。
砂嵐が収まり目を開けると、そこにはもうアリーナの姿は無く、残ったのは彼女の最後の騎士が倒れ伏す姿だけだった。
もう敵はいない。
安住はたった一人で、二人の王女とその騎士を退けてしまったのだ。
「……ありがとうございます。助かりました」
畏敬の念を込めて、蓮が安住に礼を言う。
「私はシルエナのところへ戻る。お前達はもう限界だ。このまま休め」
そう言いながら安住は、倒れた二人の男から指輪を回収した。
蓮は木にもたれて休む鹿野さんに目をやる。
(確かに鹿野さんはもう限界だろう。でも俺は)
「……俺はまだ戦えます。リヴ、アイリス、大丈夫か?」
「……僕は問題ありません」
「あたしも大丈夫よ」
蓮は現状を確認し、皆に号令をかける。
「よし。鹿野さんはここで休んでいてください。俺達はフィア達の下へ行きます」
「……悪いね。俺も行きたいが、きっと足手まといになる。大した力になれなくてすまない」
鹿野が情けない、といった顔で俯く。
「鹿野さんがいてくれたから、俺達は今を無事に切り抜けられたんです。勝って一緒にディズニーへ行きましょうね」
そう言って蓮は、鹿野とお互いに拳を突き合わせた。
「そうか。では、私は先に行く」
そう言うと、安住の影分身は彼の足元に戻り、彼はそこに潜っていく。
影も地面に吸い込まれるように動き、その場には残らなかった。
「……シルエナの呪文か」
きっと影を通って、彼女の元に戻ったのだろう。
「……俺達も急ごう。二人とも、他の王女の位置を教えてくれ」
「……ここからそう遠くないところに、複数の王女の気配があるわ。きっとそこでシルエナ達が相手と交戦しているのよ」
「そこにフィアと近藤もいるはずだな」
「生き残っていればね」
アイリスは決して悲観している訳ではなく、冷静に可能性を踏まえようとしているのだろう。
「……生きてるさ。よし、行こう」
蓮が歩き出そうとした、その瞬間。
彼は顔を歪めて、酸で焼けた左腕を押さえる。
「……っ!」
「蓮さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫さ。フィア達を助けてやらないとな。行こう」
「……はい」
リヴは、蓮にもう無理をさせたくなかった。
しかし、フィアが助けを求めているとしたら、止まるわけにもいかない。
そしてリヴは、この選択を強く後悔することになる。
この時、彼を止めることができていれば、あんなことは起こらなかったのに、と。




