迫る脅威 窮地に現れるは影の王女たち
「フィオナ姫。あなたが出る必要はありません。ここは我々にお任せを」
「甘いな。なぜ手を緩める必要がある」
フィオナの言葉は、味方にかけるものとは思えない程冷たく鋭い。
彼女に睨まれ、ジルフィは目を逸らすように視線を落とした。
「──三つか」
フィオナは、見定めるように千早達の方へと目をやる。
(三つ……?)
千早は、彼女の口にした言葉を一拍置いて理解した。
三とは、こちらの騎士の人数。つまり指輪の数だ。
あの女は、こっちにある指輪を全て回収するつもりなのだ。
「……っ! フィアちゃん、逃げてっ!」
もう、自分に抗う力は残っていない。
それならば、フィアをこの戦いから離脱させる。それが今の千早に残された最後の役目だ。
「あら~、駄目よ。指輪は全部ここに置いていってもらうわ」
フィオナが引き連れた騎士の一人が前に出る。
女性のような言葉を使ったが、明らかに男性だ。
筋骨隆々としており、顔の彫りは深く、整ってはいるが濃い顔をしている。
そして千早は、彼が持つもう一つの特異な点に気がついた。
(あの人の脚、あれは騎士の……)
フィオナが引き連れた騎士は、誰もがサークレットを装備していた。
だが彼だけは、さらに脚をブーツではなく鎧で、グリーヴで覆っている。
それはこの男が、ここにいる誰よりも先のレベルに到達していることを意味していた。
(………)
ただでさえ、劣勢で勝機の見えない戦いだったのだ。
彼らの登場によって、今まで気丈に戦い続けていた千早にも、もう勝てないと現実を突きつけられるには十分だった。
「お嬢ちゃんはそこで大人しくしてなさいね。そうすれば傷つけたりはしないから」
「………」
もはや千早には、言葉を返す気力も無かった。
だが理玖と元樹は、未だ折れぬ闘志で相手を強く見据える。
「いいわぁ~、二人ともいい男。フィオナ、二人ともあたしがもらうから、その間に奥の王女をやっちゃいなさいよ」
「それは構わないが、遊ぶなよ」
「大丈夫よ~。じゃあ、あんた達は下がりなさい。その二人はあたしの獲物よ」
男はイリヤとジルフィの騎士を下がらせ、理玖と元樹に相対するように前に出る。
「あたしは阿部孝宏って言うの。あなた達、名前は?」
「……大高理玖です」
「青山元樹と申す」
「理玖と、元樹ね。それじゃ、始めましょうか!」
次の瞬間、阿部は一瞬で理玖の懐に入った!
(速い!)
彼は反射的に盾を構え、左腕に伝わる強い衝撃。骨が軋み、関節が痺れる。
迫り来る剣を、なんとか受け止めることに成功した。
「今のが防がれるなんてね、やるじゃない」
(この速さ……彼と同じですね)
阿部が身につけている脚を覆う鎧、グリーヴが踏み込みの力を強化し、驚異的な瞬発力を生み出しているのだと、理玖は理解していた。
「フィアさん! ベルーナさん! 危険です。もっと離れてください!」
「他の女の事なんて気にしないで。アタシにもっと集中しなさい!」
阿部は理玖を捉え、連続攻撃を見舞う。
だが理玖は負けじと全ての剣を受け止めていた。
「やるじゃない」
「それはどうも!」
その間にイリヤとジルフィの騎士、そしてフィオナの残りの騎士が、フィアとベルーナに襲いかかろうと迫り来る。
計七人。その数の暴力は、とても受け止められるものではない。
(大高殿があの男を受け止めている間に、私がベルーナ殿を守らなくては……)
それでも青山は後退し、ベルーナの下へ駆けつけようとする。
だが次の瞬間。
「あんたの相手も、あたしがするって言ったでしょ」
青山の懐に、阿部が一瞬で入り込んだ。
(この速さ……尋常では無い!)
青山は剣を持った右腕を強く弾かれ、その隙に阿部の剣は元樹の脇腹を貫いた。
「ぐあああっ!」
「あの眼鏡の子と比べて、あんたは大したことなさそうね」
「くっ……!」
青山は痛みを堪え、反撃を試みる。
だがそれはいとも容易くかわされてしまう。
(この人、本当に強い……)
グリーヴによって彼は、ここにいる誰よりも速く動く事ができる。
千早は、自分ではこの男に敵わない事を理解していた。
その間にも、フィオナの騎士がフィアとベルーナに迫り来る。
(時間を稼がなきゃ。少しでも二人が遠くへ逃げられるように)
満身創痍の体を無理に動かし、千早はフィアの下へ駆けつけようとする。
七人を同時に相手にする術などない。守り切る術などない。
それでも最後まで諦めないと言うことを、千早は教わってきたから。
「待って……!」
千早の剣が、フィオナの騎士の一人を受け止める。
だが残りの六人がフィア達に迫る事を防ぐことは不可能だった。
「っ……! フィアちゃん……!」
「千早っ……!」
先頭を走る敵の剣が、フィアとベルーナを捉えようとした、その時だった。
彼女達の前に現れる二つの人影。
それが敵の進軍を制止した。
「へへっ、真打ちは遅れてやってくるってね」
「……煌夜さん! 緑川さん!」
戦場に現れた煌夜と緑川雅臣。
千早の呼び声に、あとは任せろと言わんばかりに彼らは笑った。
そして奥から銀髪を靡かせ、現れるのは彼らの主。
「来たか、シルエナ・テネブリオン……」
「雌雄を決する時です。フィオナ・スピオネラ」
互いを率いる大将の対峙。
それはこの戦いが、終局へと向かい始めていることを意味していた。
「……思ったより遅かったですね。もう少し早く来ると思っていましたが」
そう話す理玖の長髪は乱れ、顔は汗に塗れているが、表情には安堵の色が浮かぶ。
「おー、こんなに情けない姿のおっさんは初めて見たぜ」
「すみません、お待たせしてしまって」
三人のやり取りを聞いて、イリヤは理解する。
この理玖という男は、仲間の到着を待っていたのだと。
それを期待して、攻めるよりも守りを固めることを優先していたのだ。
(……だが、援軍が到着したのはこちらも同じだ)
フィオナ・スピオネラ。
自分達のリーダーであり、この中で最も高い戦闘力を持つ王女。
(数の利は変わっていない。君達が追い詰められていることに変わりはないんだよ)
フィオナは、宿敵を見据えるように、シルエナに強い視線を向ける。
「……一人、足りないようだが。脱落したか?」
ここに集ったシルエナの騎士は三人。
四人目のあの男の姿が無かった。
「まさか。彼もすぐここに来ますよ。やるべき事を終えた後にね」
リヴとアイリスの元に、四方から敵の刃が迫る。
鹿野は戦える状態になく、蓮の伸ばした手は届かない。
覚悟を決める二人の王女。
だが彼女達の前に、一人の男が駆けつける。
「……あなたは!」
安住貴志。
シルエナの四騎士の一人。
彼の両脚には、阿部と同じくグリーヴが鈍く輝いている。
「よく、保たせたな。あとは私に任せろ」




