容赦なく襲いかかる脅威 そして更なる絶望がやってくる
「お望み通り、相手をしてやるよ!」
(来る!)
敵の騎士が二人がかりで、左右から挟み込むようにこちらへ踏み込んでくる。
まともに相手はできない。
それなら──
「リアフィズラ!」
後方でリヴが呪文を唱えると、蓮を中心に氷の足場が広がっていく。
相手の動きを一方的に縛る、こちらに有利なフィールドを作る呪文。
「それはさっき見たよ」
アリーナの冷たい呟きに合わせて、氷を踏まないよう騎士が後退する。
リアフィズラを唱えるのは、この戦いで二度目。
一度目は相手の動きを制限することに成功したが、仕留め切ることはできなかった。
数で不利なこの戦いで、リアフィズラは最も有効な呪文であったはずなのに。
(だが、今相手は攻めてこられない。今のうちに逃げて、仲間と合流するか?)
上手くいけば、不利な状況を打破できるかも知れない。
だが敵も追ってくる。仲間も巻き込んで状況が悪化する可能性もある。
それにリヴ達にわかるのは王女の誰かであって、仲間を個別に識別することはできない。
最悪、新たな敵を増やすだけということもあり得る。
(ダメだ、リスクが大きすぎる……。この場でこいつらを倒すしかない)
「考え事をする余裕があるのかい? リアディゼル!」
アリーナがクリーム色の髪と紅のドレスをなびかせ呪文を唱えると、氷の足場は一転して砂地に変わった。
(リアフィズラが、無効化された?)
足が砂に沈む。
そして、それだけではない。
重心が傾く。
砂地は大きな窪みを作り、蓮と鹿野は流れる砂と共に中心へと誘われていく。
(蟻地獄かよ!?)
急いで脱出しようとするが、踏ん張れない。
抗えば抗うほど、砂は獲物を逃すまいと足に絡みつく。
「鹿野さん!」
「ダメだっ……! 登れない!」
必死に砂を蹴っても、虚しく空回りをするだけ。
二人は脱出の術を持たなかった。
「リアジーレ……」
もう一人の王女が呪文を唱えると、蟻地獄の奥は紫色の液体で満たされた。
キスロッサ・アシード。
目が隠れる程の黒髪と、紫色のドレスが特徴の、酸の呪文を操る王女。
液体はボコボコと泡立ち、湯気を漂わせている。
きっと、あれも強い酸なのだろう。
(おいおい、冗談じゃねえぞ!)
このまま酸に飲み込まれれば、痛いでは済まないだろう。
だが焦れば焦るほど、彼らの足は流砂に流されていく。
「今のうちだ。後ろの王女を狙え!」
蓮達が無力化された間に、アリーナの号令によって四人の騎士がリヴとアイリスに狙いを定める。
このままでは為す術なく二人は蹂躙され、この世界から消されてしまうだろう。
「ネルトプラ!」
砂を突き破り、蓮と鹿野の周囲に二本の太い木の根が出現する。
そしてそれぞれが二人に巻きつき、蟻地獄からすくい上げた。
「おおっ!」
放り投げられた二人は、リヴとアイリスの付近に着地する。
「助かった! サンキュー、アイリス!」
「来るわよ! あたしを守りなさい!」
蟻地獄を迂回して、四人の騎士が迫り来る。
蓮と鹿野、それぞれが二人の騎士を相手にしなくてはならない。
(鹿野さん……)
蓮は一瞬、隣に目をやった。
訓練を重ね、彼は盾までは発現させた。
だが、ガントレットとサークレットを持たず、他の騎士に比べて力で、感覚で劣っている。
その事を相手もわかっている。
鹿野を先に片づけ、人数の利を更に強化するつもりだ。
(あの男を片づければ、その時点で勝負は決する)
そのはずだった。なのに。
(なぜあの男は、装備で劣っていながらここまで抗うことができる?)
サークレットを持たずとも、鹿野は相手の動きを読んでいた。
長年ボクサーとして培われた技術が、敵の攻撃が自分の急所に届くことを拒んでいる。
引退した後も訓練を重ね、ミットを用意して後進の拳を受け止めてきた。
彼にとって、盾を用いた防御もお手のものだった。
「ここだっ!」
「おおっ!?」
そして、相手の攻撃にカウンターのように自らの剣を合わせる。
その威力は、ガントレットを持たなくとも相手に十分な脅威を与えた。
(くそっ、雑魚かと思ったのに、気を抜くとこっちがやられるぞ!)
「鹿野さん、すごい……」
思うように鹿野を攻略できなかったのは、相手の誤算。
人数で勝りながら、攻め切ることができない理由の一つだった。
(あの騎士、目が良いのか? こっちの動きが読まれている。だが)
アリーナは杖を向け、鹿野に狙いを定める。
(目が良いのなら、それを潰してあげよう)
「シルディゼル!」
アリーナの杖から、大量の砂が吐き出される。
あまりにも範囲が広く、鹿野は全身でそれを浴びてしまう。
「うわっ! 痛っ……!」
そして目が潰された。
その隙をついて、敵は容赦なく襲いかかる。
(来る!? どこからだ?)
鹿野は必死に盾を構えるが、相手はそれをかわして右脇腹と右腕を切り裂いた。
「うわあああっ!」
「鹿野さん!」
鹿野が、やられてしまう──
だが蓮には、どうすることもできない。
「ネルトプラ!」
鹿野の周囲から二本の木の根が出現した。
そして、襲いかかる騎士を薙ぎ払うように動く。
たまらず敵は、木の根の射程から逃れるために後退した。
「はあっ……はあっ……」
(鹿野さんも、もう限界だ……)
たとえ目が回復しても、あの傷ではもう思うように戦えないだろう。
「もうその男は良い。代わりに奥の王女を狙え!」
鹿野の相手をしていた二人が、リヴとアイリスに狙いを定める。
「くっ、くそっ!」
だが蓮もまた二人の騎士に阻まれ、援護に向かうことはできない。
「逃げろっ! 二人とも!」
「蓮はああ言ってるけど、どうする、リヴ?」
「……逃げません。蓮さん達を置いて逃げるなんてできません」
「私も同意見よ。こうなったら、やってやろうじゃない」
リヴとアイリスが、杖を構えて二人を迎え撃とうとする。
だがガントレットにサークレットまで備えた騎士相手に、王女の接近戦はあまりにも不利だ。
(どうにもならないのか? 俺達はここで終わりなのか?)
蓮の胸の奥に、焦げつくような無力感が広がる。
二人が危機に陥っているのに、彼の手は届かない──。
時を同じくして、千早達もまた窮地にさらされていた。
盾を構えて防御に専念し、相手の攻撃を受け止める。
これによって致命傷こそ避けていたが、すでに傷だらけの千早は消耗していくばかりだった。
このままでは、防御すらままならなくなるだろう。
誰もが、それは遠くない未来であると理解していた。
そして理玖も元樹も、目の前の騎士と互角に切り結ぶことで精一杯。
時間は彼らの味方をせず、ただ体力を奪っていくだけだった。
(フィアは千早を信じるのですぅ。だから、だから……お願いです。千早に力を与えてください)
祈っても、都合よく新たな力が発現することはない。
現状を打破する術を、誰も持たなかった。
フィアとベルーナ、そして千早と元樹の目にも絶望の色が浮かぶ。
「諦めてはなりません! 苦しいのは相手も同じなのですよ!」
だが理玖だけは、決して希望を捨てず、味方を鼓舞しようとする。
それを、イリヤは冷ややかに見ていた。
(あの眼鏡の男……何か策があるのかと思ったが、ハッタリだったか)
クイーンズクレストにおいて、心の強さが時に戦況をひっくり返すことはある。
だが今回は、それが叶わない。
そして、さらなる最悪が彼らに襲いかかる。
「ふむ、思ったよりも長引いているではないか」
森の奥から、四人の騎士を引き連れた王女が現れる。
静かで、しかし有無を言わせぬ威圧感。
その姿を見て、誰もが格が違うことを知る。
それは、あの時バスを切り裂いた人影。
フィオナ・スピオネラだった。




