命を懸ける理由はあるか 臆す少女と怯まぬ少年
「だいぶ傷が増えたね。致命傷には至っていないようだけど、いつまで続くかな? そのまま出血が続けば、君の命の火が消える事も決して有り得ない話じゃないだろう」
「……っ!」
千早は、少しずつ自分の力が失われていくことがわかった。
あちこちから流れていく血は、まるで命が少しずつ漏れていくようだ。
「君も元はただの一般人。命を懸けてまでこの戦いに参加する理由があるのかな? ここで剣を置いても恥じる事は無いよ。君と契約した王女だって、責めることは無いはずだ」
相手は、言葉でこちらを惑わせようとしている。
だが、ここまでの傷を負わされる事が初めてであることも事実。
いまだ敵の呪文の正体は掴めない。
命の危機と得体の知れない恐怖が、十代の少女を迷わせていた。
「千早……」
フィアも、千早に命を懸けて戦えなどと言えるはずも無い。
彼女にかける言葉を、見失ってしまっていた。
(いけませんね……数の不利に加え、精神的にも優位を取られている。このままでは……)
理玖の剣には、現状を打破する力などない。
できるのは、これ以上相手のペースに飲み込まれないようにすること。
彼は言葉でこの戦況の打破を図る。
「……あなたの呪文の正体。おそらくそれはガラスですね。先ほど放たれたのは、ガラスの破片のようなもの」
イリヤの顔がピクリと反応する。
「……それがわかったからと言って、何だって言うんだい?」
「ガラスであれば、鎧を通すほどの力は無いでしょう。それがわかれば、防げぬものではないということですよ」
理玖は千早の顔をチラリと見る。
先ほどより迷いの晴れた顔をしている。まだ闘志は尽きていない。
「近藤さん、盾を使いなさい! 無理に攻める必要はありません。防御に徹するのです!」
理玖の指示を受けて、千早は背後に背負った盾を構えた。
傷だらけの左腕が痛む。だが握る手はまだ力強い。
「守りを固めて何になる? 決め手を欠いたまま、じわじわ追い込まれていくだけだ」
「いえいえ、守りに徹することで見えてくる勝機もあるということですよ」
(こいつ、何を考えている?)
ただのハッタリか。
いや、こちらが無理に攻めるのを待って、その隙を狙うつもりか。
「その手には乗らないよ。時間をかけて不利になるのはそっちさ」
ペースは完全にこちらが握っている。
危険を冒さなければ、こちらの有利は動かないはず。そのはずなのに。
「そうですか。ではお好きにどうぞ」
理玖は、不敵な笑みを浮かべることをやめなかった。
(何を狙っている? 新しい呪文や装備が発現する事を期待しているのか?)
───
「はあっ、はあっ……」
「……もう諦めたらどう? 本当に死んじゃうよ?」
すでに蓮は満身創痍だった。
二対四の数で不利を強いられる戦い。
しかも鹿野は装備で劣っている。
一人で皆を庇いながら戦っていた蓮は、腕から、胴から、脚から鮮血を流している。
「蓮さん……」
リヴはもう蓮の限界が近いことを理解していた。
彼が死ぬくらいなら、今すぐ自分がこの世界から消えたって良い。
それでも蓮の鋭い眼差しは、相手の動きを一切逃さず射抜いていた。
(戦いは、やめねえよ。たとえ死ぬことになったとしても)
リヴ、お前がくれたんだ。生きる意味ってやつを。
何をしてもつまらなかった。
何のために生きているのかと毎日を疑っていた。
あんな日々に戻るくらいなら、命を懸ける。
俺の戦う理由なんて、それで十分だ。
「リヴ! あいつが諦めてないのよ! あたし達が諦めてどうするの!?」
「……はいっ!」
もう彼に傷ついて欲しく無いと、何度願っただろう。
それでも彼は戦うことをやめない。
彼の無事を願うのと同時に、彼の覚悟を否定することもできない。
だからせめて、自分の祈りが彼の力になる事を願う。
(僕の思いがあなたの力になるなら……信じます。あなたが勝つんだって)
(そうだリヴ。お前が見ていてくれるから、俺は戦えるんだ)
刃を振る腕に、まだ力は残っている。
前へと踏み込む足の力強さも確かだ。
何より、心はまだ前を向いている。
「来いよ! 勝負はまだこれからだぜ!」




