分断された仲間達 そして始まる国内決戦
「……ううっ」
バスの左前方のブロックは、蓮達を乗せたまま地面に衝突した。
窓ガラスは粉々に割れ、フレームは大きく歪んだものの、まだバスの一部であったことを伝えられる程度には原型を留めていた。
彼が遭ったのは、死んでもおかしくない程の大事故。なのに。
(俺……生きてるのか……)
体は多少痛む。だが問題なく動けそうだ。
蓮は確信する。これは指輪の力だと。
かつてビルの崩落に巻き込まれ、火災で焼き尽くされそうになっても無事だった時のように、指輪の力が守ってくれたのだ。
だが、リヴ達は?
「……リヴっ! アイリスっ!」
蓮は後ろに座っていた彼女達の方へと目をやる。
最悪の結果が、頭をよぎる。
そんなことはないって言ってくれ──!
「うう……」
二人とも、うめくように声を出す。
生きてはいる。だが、無事なのか。
「リヴっ! アイリスっ! 大丈夫かっ!」
「……蓮さん……大丈夫ですか……?」
「……最悪。酷い目に遭ったわ」
意識ははっきりしているようだ。じゃあ怪我は?
「僕は、大丈夫です。なんともありません」
「……あちこち痛いけど、あんたが心配するようなことはないわ」
大丈夫なのか? あれほどの衝撃だったのに。
「……酷い目に遭った。死んだかと思ったよ……」
隣の鹿野さんも、額に手を当てながら動き出す。
良かった。みんな生きてる。
「みんな動けるか?」
「はい」
「なんとかね」
「鷹見くんは大丈夫かい?」
俺たちはシートベルトを外し、バスから脱出した。
外は焦げたタイヤと土の匂い。
静寂の中で、森の木々が風に揺れている。
切断された車内に乗っていたのは、俺達だけ。
リヴとアイリスの後ろの車両は、横一線に切断され、失くなってしまっている。
そこには、フィアと近藤がいた筈なのに。
「……とりあえず、大怪我した人はいないようだね」
鹿野さんの言葉に皆が頷く。
俺達は指輪の力によって守られた。だがリヴとアイリスは?
「僕達も仮の肉体ですから。騎士と同じで、剣や呪文以外では傷つきにくいようになっているんです」
「考えた事無かったけど、銃や爆弾とかでやられる心配は無いってことだな」
「そうですね」
それがありなら、なんでもありになってしまう。
あくまでもクイーンズクレストによって決着がつけられるように、お膳立てされているということか。
「じゃあフィアと近藤や、他のみんなも無事って事だな」
「ええ、きっと」
そこまで考えたところで、一人、特別な力を持たない人が乗車していたことを思い出した。
俺達をここまで連れてきてくれた運転手さん。
同じように崖下へ落下したのだとしたら、ただで済んでいるはずがない。
「……くそっ。まさかクイーンズクレストに関係のない人まで巻き込もうとするなんて」
「……許せません」
リヴの顔は険しい。
いつも温厚なこいつがここまで怒りを見せるのは、初めてかも知れない。
それにしても、何が起こったのか。
バスの中央、そしてリヴ達の座席の後ろは、十字が走ったかのように裂かれている。
断面は滑らかで、とても鋭い何かで切断されたのだろうと窺える。
騎士の剣では、とてもこうはならない。やはり呪文か。
あの時、道の真ん中にいた人影が、何らかの呪文でバスを四つに分断したのか。
得体の知れない強敵の存在を前に、思わず身震いが起きる。
「……フィア達も近くにいるはずだ。二人とも、あいつらの場所を教えてくれ」
「……待ってください。周りにいる王女の数がおかしい。数が多いです!」
その時、奥から複数の見知らぬ人影が姿を現した。
数は六人。王女が二人と、四人のサークレットを持った騎士。
「仲間との合流はさせないわ。ここで消えてもらおうかしら」
「くっ……」
初めから俺達を分断して、各個撃破するつもりだったってわけか。
「サブル国の王女、アリーナが相手をさせてもらうわ」
「私は……アシード国のキスロッサ……」
仲間と分断され、分が悪い戦いが始まる。
こいつらを倒さなければ、仲間達とは二度と会うことはできない。
───
シルエナの前に現れたのは、三人の王女と六人の騎士。
対してこちらの王女は自分一人。騎士は煌夜、緑川雅臣、そして安住貴志。
大高理玖だけは離れたところに座っていたため、彼の存在を欠いていた。
「まさかバスに乗っているところを狙ってくるとは。わかっているのですか? 運転手はこの戦いとは関係のない一般人だったのですよ?」
シルエナの目には、強い怒りが宿っている。
自分達に協力してくれた運転手を犠牲にするなど、あってはならない事だった。
「運転手さんなら心配しなくていいよ。ちゃんと無事さ。非戦闘員の民間人を巻き込むほど落ちぶれちゃいない」
「……それは本当ですか?」
「本当さ。これで心置きなく戦えるかい? じゃあ始めさせてもらおうか」
相手が戦闘体勢を取る。
だが、シルエナにはもう一つ気がかりなことがあった。
(奇襲をかけるつもりだったのに、逆に奇襲をかけられた)
それはつまり、こちらの情報が相手に漏れていたと言う事。
情報戦において、相手に上回られた? それとも。
(裏切り者がいた、ということですか)
だがシルエナには思い当たらない。
皆、自分が信を置いて集めたメンバー達だ。
不審な動きも、特に無かった。
(もしかしたら……いえ、今それを考えていても仕方がありません)
やるべきは、目の前の戦いに集中すること。
「……王女が三人に、騎士が六人ですか。あなた達はそれで良いのですか?」
「悪く思わないでよ。数で有利を作るのは戦闘の基本さ」
「そういう意味で言ったのではありません。わたくしは──」
シルエナが杖を向ける。
そして三人の騎士も剣を抜いた。
「たったそれだけでいいのですか? と聞いているのです」
───
バスの右前方のブロックに乗車していたのは、アイラとリファ、そして彼女達の騎士と運転手。
コントロールを失った車体は、崖下に落ちると誰もが思った。
しかし、そうはならなかった。
強い力に引っ張られ、彼女達は落下を免れた。
そして崖下へ消えていく仲間達を、ただ見過ごすことしかできなかった。
敵の奇襲によって、想定しなかった損害を被った。
この状況でまずやるべきは、民間人である運転手の無事を確認すること。
「……っ! 大丈夫ですか!?」
「……はっ、はっ、はっ」
運転手は顔面蒼白で、息は荒く、瞳孔が開いている。
怪我は無いようだが、強いストレスを受けたようだ。
適切な処置を行わなければ、心的外傷によって後遺症を負いかねない。
「本当はお前達も崖下に消えて欲しかったのだが、一般人を巻き込むわけにはいかないからな」
道の真ん中にいた人影が、ゆっくりと近づいてくる。
銀髪の長髪に、銀色のドレス。おそらく彼女がバスを切り裂いた張本人。
「……何を言っている? 彼は明らかに強いストレスを受けている! クイーンズクレストにおいて一般人をこのような目に遭わせるなど、あってはならない事だ!」
アイラは目の前の王女に対し、強い敵愾心を抱いた。
「小事に拘っていては、大局を見失ってしまうこともある。国を指揮する者には、時に非情とも取れる判断もしなければならないであろう」
アイラ達が乗るバスは、複数の人影に取り囲まれた。
銀色の鎧の騎士が四人。
そして青い髪と赤いドレスを身に纏う王女と、赤と青の鎧の騎士が二人。
こちらは王女が二人に、騎士が二人ずつ。
数では明らかに不利だが、戦いは避けられない。やるしかない。
「ここは危険だ。場所を移そうか」
ここで戦いを始めては、通る車を巻き込んでしまうだろう。
「ああ、その心配は無い。ここはほとんど車は通らぬし」
フィオナが挑発的に笑う。
「お前達はすぐに、この世界から退場することになるのだからな」




