楽しき交流の夜を経て 訪れる決戦の時
「ふう……」
ようやく外交から解放され、食事を楽しめるようになった。
王女達も先ほどまでよりリラックスして、この場を楽しんでいるように見える。
しかし美味いな。
こんなご馳走なんて、そうそうありつけるもんじゃない。
「リヴ、お疲れ」
「お疲れ様です、蓮さん」
リヴもまた、一通り挨拶を終え、静かに食事を楽しんでいた。
俺はその隣に並ぶ。
「社交界ってこんな感じなのかな。緊張したよ」
「大変でしたね。いつもありがとうございます」
さっきアイリスが言っていた、王族には裏表があるという話を思い出す。
外交には、どうしても打算も必要だろう。
リヴも、色々なことを考えながら他の王女との交流を行ったに違いない。
だが俺の前では、飾らないリヴでいて欲しいと思った。
「ようやく一息つけるよ。これは食ったか? 美味いぞ」
「こっちも、美味しいですよ」
リヴの前だと、心が落ち着く。自然体でいられる。
こいつの存在は、俺の救いなんだ。
こんな時間がいつまでも続けば良いと、何度思っただろう。
……数日後、俺はリヴを忘れてしまうかも知れない。
それは決して有り得ない未来ではないのだ。
みんなはどう思っているんだろう。
顔には出さなくとも、不安なんじゃないか。
「少年、飲んでるか!」
煌夜さんがグラスを片手に寄ってきた。酒臭い。
「ジュースを頂いてますよ」
「子供はかわいそうだな、酒が飲めなくてよ。酒は楽しいぜ? この間なんて、うちの客が脱ぎ出しておっぱいボロン! だ」
「はは……」
煌夜さんがゲラゲラ笑って話すが、反応に困る。
リヴも戸惑っているのが見て分かる。
「だから、お前は子供に悪影響だと言っている」
緑川さんが話に入ってきた。彼はお酒を飲んでいないようだ。
「つまんねーなー、大人のくせに烏龍茶なんか飲んでよー」
「お前のように、シルエナ様や他の王女様の前で醜態を晒すわけにはいかないんでな」
「俺様は酒に呑まれるような真似はしねぇ。歌舞伎町の煌夜はザルだってみんな知ってるぜ」
「ザルって何ですか?」
「飲んでも酔わねーってことさ」
そう言いながらも、煌夜さんは普段よりテンションが高い気がした。
「こいつ酒弱いからなー。この間なんて俺様んちのトイレに三十分は籠ってたからな」
「おい、余計なことを言うな!」
「はは……」
この二人、よく衝突しているように見えて、家で一緒にお酒を飲むくらいには仲が良いらしい。
「大高のおっさんも結構飲んでるようだが、まるで酔ってねえ。でも安住の兄ちゃんは面白いんだぜ」
俺達は、煌夜さんに連れられて、シルエナの騎士の一人である安住さんの下へ近づいた。
安住さんは誰とも交流を持たず、部屋の隅で一人、佇むように立っている。
「安住さん、お疲れ様です」
話しかけたが、返事は無い。
初対面の時も思ったが、もしかして気難しい人なのだろうか。
「大丈夫だから、もっと声かけてみな」
煌夜さんに促されて、再度挨拶をする。
やはり返事は無かった。だが何かがおかしい。
なんだろう、このなんとも言えない違和感は。
その時俺は、ハッと気づく。
嘘だろ? まさかこの人……。
「目を開けて、立ったまま寝ている……!?」
「わははは!」
煌夜さんが近くでバカ笑いをしても、まるで起きない。
この人、底の知れないところがあると思っていたけど、もしかして変な人なのか……?
その後も会食の時間は、しばらく続いた。
時に飲み、時に会話を交わし、皆が楽しいひと時に酔いしれる。
時計の針が二十一時を指した頃、名残惜しいがこの場はお開きとなった。
俺は酔ってぐったりしている青山さんと共に部屋に戻り、入浴を済ませ、二十三時には床についた。
明日からは決戦に向けた準備が始まる。緊張は隠せない。
だが一流を提供する安息の空間は、俺を迷わず夢の世界へと導いてくれた。
───
数日の合同訓練を経て、俺達は飛行機で関西に降り立った。
そこからバスで、決戦の地へ向けてひた走る。
西日本の王女達は、この峠を越えた先の潰れたレジャー施設を利用して戦闘訓練を行っているという。
そこを奇襲するのが今回の作戦だ。
これから始まるのは、おそらくかつてないほどの激戦。
否が応でも、気が引き締まる……と思っていたのだが。
「フィアちゃん、これ食べる?」
「もらうですぅ」
「元樹さん見てください、いい景色ですね〜」
「うむ……」
(……まるで遠足だな)
緊張感なんて、まるでありゃしない。
そしてもう一つ、俺にはどうしても気になる点があった。
「どうしたんだい? 鷹見くん」
隣に座る鹿野さんが俺に話しかけてくる。
「いや……こんなに大人数で戦うなんて、不良か暴走族の抗争みたいだなって」
無事に作戦を遂行する、という気分にはとてもなれない。
「俺も若い頃を思い出すな」
「え……鹿野さんって、不良だったんですか?」
「恥ずかしながらね」
意外……というほどでもないかもしれない。
ボクシングをやっている人は、そういう経歴を持っていてもおかしくないと思うのは偏見だろうか。
「不良と言えば、雅臣なんて凄かったよな。東京の学校はだいたいシメてたんだっけ?」
「ええっ!?」
緑川さんが不良だったなんて。
しかもそこまでの大物? 意外すぎる。
「デタラメ言うな! ……君も信じないでくれ。こいつの言うことは適当ばかりだからな」
煌夜さんはゲラゲラと笑っている。
一瞬でも信じてしまうなんて、緑川さんには悪いことをしてしまった。
「俺様、この戦いが終わったら結婚しようと思うんだ」
「お前、彼女なんていたか?」
「いや、いねーけど」
「なんだそれ」
「お前つまんねーな!」
「?」
煌夜さんは、死亡フラグを立てるなと突っ込んで欲しいんだろうな。
それにしても、俺以外はまるで緊張してるように見えないな。
やっぱり俺は、小心者なんだろう。
「あんた、どうせまた余計なこと考えてるんじゃないの?」
アイリスは、俺が緊張しているのを見抜いたようだ。
頼りなく見えるようじゃ、ダメだよな。
「真面目なのは蓮さんの良いところですよ」
リヴがフォローしてくれる。
そうだな。戦いに臨むにあたって、緊張が全くないのも良くない。
俺のこれは必要なものなんだ。そう思って開き直ってしまおう。
マイナス思考なのが、何よりも良くない。
「……どうした、シルエナ」
後部座席で、隣のシルエナに安住貴志が語りかける。
「いえ、雰囲気は悪くないと思いまして」
「そうだな」
これから始まる決戦。
誰もが、意識していないはずはない。
それぞれが戦いへの想いを胸に秘め、その時は刻一刻と迫っていた。
バスは峠道のカーブに差しかかる。
万が一崖下に落ちれば大事故だ。
運転手が慎重にハンドルを操作していた、その時だった。
「!? うわああっ?」
突如、運転席から上がる叫び声。
蓮達は、何事かと前方に注目する。
運転手は、道の真ん中に人影を見た。
こんな峠道になぜ?
ブレーキは間に合わない。このままでは人を轢いてしまう──
そう確信した、その時だった。
「イプリトレイド!」
その時、車内に金属が擦れるような不気味な音が響いた。
誰もが一瞬、言葉にならない違和感を覚えた。
そして次の瞬間。
「!?」
バスは、中央から左右に真っ二つに裂けた。
二分された車体は、道の人影を避けるようにまっすぐ通過。
そして今度は車体が前後に裂かれ、計四つに分断されてしまう。
「──っ!?」
コントロールを失ったバスの一部は、それぞれがカーブを曲がりきれずに崖下へと落ちていく。
「うわああっ!?」
彼らの多くは、自分達に何が起こったのか理解が追いつかない。
だがシルエナは見ていた。バスを引き裂いた人影の正体を。
「……フィオナ・スピオネラっ!」
フィオナは笑っていた。シルエナが落ちていくのを見て、満足するかのように。
それを見ても、シルエナにはどうすることもできない。
バスは止まらない。
仲間と共に、地上へ広がる森へと吸い込まれていった。




