王女との会話は外交 裏を隠した癖のある彼女たち
「宴会場はこっちだな」
重厚な扉を押し開け、中へ足を踏み入れた瞬間、室内を包む静謐な空気が肌を撫でる。
天井に埋め込まれた格子状の間接照明が温かみのある柔らかな光を放ち、既に到着している参加者を照らす。
二列に並ぶテーブルは紫色のクロスが壮麗さを演出し、その上には既に集団で摘めるような大皿料理が並べられている。
座席もあるが、見たところ立食形式のようである。
偉い人の晩餐会のようなイメージはあるが、自分が体験するのは初めてだ。
時刻が予定の十分前になる頃に、どうやら参加者は全員集まったようだ。
「皆様、ようこそお集まりくださいました。我々は此度の戦いで協力し合う同志です。ですがまだ、お互いを知らない事も多いでしょう。故にささやかながら交流の機会を設けさせていただきましたので、今宵は杯と言葉を交わしながら、互いを知る一時をお過ごしくださいませ」
シルエナの言葉を皮切りに、宴は始まった。
「他の王女のとこに行くわよ。蓮、あんたも来なさい」
「それでは、鹿野さんは僕についてきてもらえますか」
リヴ達は自分の騎士を側に付け、他の王女との交流を図る。
あのフィアでさえ、食事よりもそれを優先している。
こういう場に慣れているということか。
たまに忘れそうになるが、こいつらは王族なんだよな……。
アイリスは、フェルライト国の王女アイラさんと会話を始めた。
百九十センチはありそうな長身の女性。
そしてその両脇を、アイラさんに負けない大柄な男性が二名固めており、正面に立つとその迫力に圧倒されそうになる。
「アイラ・フェルライトだ。ロゼリアの姫君とお会いできて光栄である」
「こちらこそ、フェルライト国の武勇はロゼリアにも届いているわ」
アイリスの目線が俺に移る。
「彼が私の騎士を務める、鷹見蓮よ」
紹介されて、俺は頭を下げた。
「こちらからも紹介しよう。私の騎士を務めてくれる赤城勇吾、そして鬼塚武だ」
そしてアイラさんの紹介で、二人の大男が頭を下げる。
(見るからに強そうだな……)
アイリスとアイラさんが歓談を始める。
聞いていると、アイラさんは中々の女傑のようだ。
元々母国でも戦いには慣れており、自ら前線に赴き指揮することもあると言う。
それはこのクイーンズクレストにおいても、大きな優位性となっているだろう。
時折彼女と二人の騎士は、俺の全身を見定めるように見回す。
自分達と比べて、俺なんか頼りなく見えているのかも知れない。
「今回の戦いでは我々は味方同士。アイリス姫。私の騎士もあなたを守る力となるだろう」
「ありがとう。でも心配には及ばないわ。鷹見蓮はこのクイーンズクレストを勝ち抜いてきた勇敢な騎士よ。今回の戦いでも、問題無くあたしを守ってくれるわ」
……アイリス、そんなふうに俺の事を思ってくれてるのか。
なんて、それだけじゃないな。
この会話も外交だ。
自分の従える騎士が頼りにならないなんてことになれば、自身の能力も疑われる。
だからアイリスは、弱気を見せるわけにはいかないんだろう。
俺はこの屈強そうな二人にも負けてないというところを見せなければ、アイリスの面目を潰してしまう。
騎士も楽じゃあないね、全く。
アイラさんとの会話を終え、次の相手へと向かおうとしたところ、向こうからも近づいてくる小さな姿があった。
「リファ・サクリスです。よろしくお願いしまーす」
朗らかな笑顔で、彼女は交流を求めてきた。
「アイリス・ロゼリアよ。よろしく」
「この出会いが両国にとって良き出会いとなりますよう。アイリス姫はとてもお美しいですね。憧れてしまいます」
「ありがとう。リファ姫もとても可憐で、素敵ね」
無難な社交辞令から会話は始まった。
「後ろの方は鷹見蓮さんって言うんでしたよね。アイリスさんには素敵な騎士がいて羨ましいです!」
フィアよりはやや上のようだが、まだ幼く見える彼女。
素直な態度も相まって、庇護欲をそそられる。
「ありがとう。あなたの騎士も強そうね」
「奥拓真と阿久津雅人です。二人とも頼りになります」
アイラさんの騎士ほどではないが、百八十センチ近い身長にがっしりとした体格。
今まで勝ち残ってきたのだし、相当な手練なのだろう。
「協力して、一緒に生き残りましょうね、アイリスさん! 鷹見さん! 頼りにしてます!」
その後もしばらく会話をして、俺達はその場を後にした。
俺はリファにはとても好感を持った。
「すごく良い子だな」
「あんたにはそう見えたの?」
「ああ。変か?」
あんなに素直に慕われたら、守ってあげたくなってしまうのが男だ。
「あんたみたいな男はすぐ表面だけを鵜呑みにするんだから。裏表が無い王族なんていないわ」
「あの子に裏があるって言うのか?」
「当たり前よ。少しでも自分が生き残るために媚を売ってるようだけど、あたしを放ってあの女を守ったりしたら承知しないわよ」
「流石にそれは無いよ」
「だと良いけど」
王族は素直なだけではやっていけない。それはわかる。
でもアイリスやフィアはともかく、リヴに裏の顔があるとは思いたくなかった。
三人目は青山さんが騎士を務める、ベルーナ・エラトリオさん。
優しそうなタレ目と、豊かなバスト。そしておっとりとした口調が包容力を感じさせる。
「ロゼリアの姫とこのような機会を持つことができたことを、神に感謝いたします~」
そう言いながらベルーナさんは、両手を重ねて胸に当てた。
「エラトリオは宗教が盛んな国だったかしら」
「その通りです~。我々は常に神がもたらす恵みに感謝をして生きているのです~」
宗教か。日本には万物に神が宿っていると言う考え方もある。
だがあからさまに神を持ち出されると、少し抵抗を感じてしまう。
「皆さんも、我らがヘニョモペセスォンピルチュェ様を共に信仰しませんか?」
一瞬、何を言われたのかがよくわからなかった。
(え……ヘニョモ……何だって?)
「……聞き取れなかったわ。もう一度言ってもらえる?」
「ヘニョモペセスォンピルチュェ様です」
(……いや、二回聞いてもわからんぞこれ!)
「……信仰は自由ね。だから私も民にそれを強いたくはないの」
「残念です~。ではせめて、ヘネムポォルシチュワンペチェム様の信託を受け取ってください~」
(……さっきと名前、変わってないか?)
ベルーナさんは、先ほどと同じように両胸に手を当てて、念じるように目を閉じた。
アイリスは、明らかに引いている。
「降りてきました! フォニョムヨウスルカンポチョロ様はこう言っておられます。すね毛を剃ると、より濃くなって生えてくるって本当かな? と」
「いや知らないわよ!」
とうとう、アイリスのツッコミが炸裂した。
会場の視線がこっちに集まる。
俺はさっきの青山さんの言葉を思い出した。
時々話が合わないことがある、と。
そういうレベルなのか? これ。
青山さんも後ろで困ったような顔をしている。
この人と同居するというのは、かなり大変なのではないだろうか。
「楽しんでおられますか?」
一通り挨拶を終えた俺達に、シルエナさんが声をかけてきた。
「ええ、他国の王女と交流する、有意義な時間にさせてもらったわ」
「どなたも今日までクイーンズクレストを戦い抜いてきた者達です。頼もしき力となってくれることは間違いありません」
集ったのは今日まで生き残ってきた猛者達。
だがそれは、これから戦う相手も同じだ。
「この戦いに勝ったら、今度は三大勢力とも戦うことになるんですよね」
「ええ、そうなるでしょう」
「だったら今回も相手と戦わないで、協力はできないんですか?」
やがて更なる強敵と戦わなければならないと言うなら、無闇に戦力を消費させるべきではないのではないか。
「一理あります。ですが今回は、相手と協力できない理由があるのですよ」
「何よそれ」
「今回の相手を率いるスピオネラ国は、我がテネブリオンとは歴史や領土の問題で衝突が絶えない、因縁多き相手なのです。ですから、協力は難しいのですよ」
やっぱり、どこにもそういう話があるんだな。
日本人としても、他人事とは思えない話だ。
「あたし達は、あんた達のいざこざに巻き込まれてるってわけね」
「共闘に感謝します、アイリス。クイーンズクレストが終わった後も、ぜひ我が国とは友好を続けて頂きたいものです」
戦いを通じて、お互いを知る。
アイリス達も、元の世界に戻った後も良い関係を続けられるといいな。
「俺達は七つの国が協力してます。相手はいくつの国が手を組んでるんですか?」
「知る限りは五つ。ですが向こうが北海道から来たあなた達を知らないように、相手も私達が知らない国を引き込んでいると考えるべきでしょう」
相手がどれだけの戦力かはっきりしない。
こういう時は相手が大きく見えてしまうものだ。
「今回の目的は相手を全滅させることではありません。相手に優位を示せば、それ以上争う必要はなく、来たるべき三大勢力との戦いに向け、協力関係を築く事も可能でしょう」
先を考えれば、お互い共倒れとなるわけにはいかない。
とすればこの戦い、戦況が決まった時点で決着となるのだろうか。
だがここで、シルエナの顔が少し険しくなる。
「……それでもスピオネラのフィオナ姫とは、雌雄を決せねばならないでしょう。彼女が繰り出す糸の呪文は、最も難敵となるはずです」
シルエナの瞳は、近く行われる決戦を見つめている。
この戦い、どのような行く末を辿るのか。
俺達は、無事にみんなで生き残ることができるのだろうか。




