たとえ届かなくとも 捨てられぬ想いを胸に秘めて
「ただいま」
「遅いわ! せっかく作った料理が冷めちゃうじゃない!」
帰って早々、アイリスの叱責が始まった。
時計はすでに十九時半。予定を三十分近く過ぎてしまっている。
「遅いですぅ! 早くご馳走を食べたいですぅ!」
フィアの文句も当然だ。
せっかく張り切った料理を用意して待っていてもらったのに、悪い事をしてしまった。
「蓮さん大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
リヴだけは俺のことを心配してくれる。
だが、遅れたのは俺が悪いだけなんだ。
「ごめんなみんな。悪かった。すごい料理だな。大変だったろ」
「……しょうがないわね。温め直すから、さっさと着替えてきなさい」
蓮は荷物を置いて部屋着に着替えるため、自分の部屋に引っ込んだ。
「……何だかあいつの様子おかしいわね」
「マジであいつ振られたんじゃないですか?」
「有り得るわね。あいつのことだからしつこく食い下がって、遅くなったんだわ」
「……逆に、蓮さんが告白を受けたんじゃないですか?」
リヴは、むしろその可能性の方が高いと思った。
「それは無いわ」
「無いですぅ」
しかし二人にとっては、まるであり得ないと言わんばかりである。
「しょうがないから、今夜はアイリスちゃんが慰めてあげようかしら」
「フィアも、傷心のあいつに塩を塗り込むほど落ちぶれてないですぅ。しょうがないから今夜は優しくしてやるのです」
そんなやりとりも知らず、蓮は部屋から居間へ戻ってくる。
「お待たせ。美味しそうだな。じゃあ、シャンメリーも開けるか」
部屋から出てきた蓮は冷蔵庫から二本のシャンメリーを取り出した。
そのうちピンク色の液体を湛えた一本の蓋に手のひらを被せて、反時計回りに捻る。
キュポッ。
小気味良い音を立てて蓋が開いた。
泡が吹き上がりそうになるが、溢れることはなく収まった。
「お、上手く行った」
「面白そうです。次はフィアにやらせろです」
「お前がやると溢すからダメだ。これはコツがいるんだよ」
続けて黄色い液体のもう一本も開けると、四つのグラスへと注ぐ。
二本のシャンメリーは綺麗に空となった。
食卓に並ぶのは、チキンライスにステーキ、魚のテリーヌ。
彩り鮮やかなサラダにグラタン、そして白いポタージュ。
そこに綺麗なグラスが添えられ、立派なクリスマスディナーが完成した。
「それじゃあ、いただきます」
四人は口を揃えて、少し遅れた聖夜の食事が始まった。
「うまっ、これ美味いな」
「あたしが作ったんだから当然よ」
ステーキはアイリスの作成らしい。
「これも美味いな」
「良かったです。口にあって」
テリーヌはリヴか。上手く分担して作ったんだな。
「フィアも今回は手伝ったですよ」
「お前が? 何を手伝ったんだよ」
「全部です! 全てフィアの監修なのです!」
「ただ味見をしただけでしょーが!」
そしてフィアは相変わらずである。
「まあ、元気出しなさい。あんたの良さをわかってくれる子もきっといるわよ」
「人生は長いのです。その日のために男に磨きをかけろですぅ」
「……何の話だよ?」
意味のわからない慰めを受け、蓮は戸惑うしか無かった。
会話はそれなりに盛り上がり、いつもより多めの料理は綺麗に空となる。
「ごちそうさま。ふー、美味かった」
「じゃあ次はケーキを食べるですぅ」
「ちょっと待ちなさいよ。今すぐなんて入らないわ」
少し時間をおいて出てきたケーキは、サンタの顔を形作っていた。
顔の部分は生クリームで白く、帽子にあたる部分は苺がびっしりと並んでいる。
「よくできてるな」
「じゃあ、切りますね」
「……よく考えたらこれ、苺が平等にあたらないわ」
ケーキは四等分され、結局苺は同じ数になるよう分配された。
「美味いな」
「食べ過ぎちゃって……太っちゃいそうです」
リヴもそういうことを気にするのか。やっぱり女の子なんだな。
「そんなこと気にするほど太くないだろ」
「あんた女の子の体型に触れるのはやめなさいよ。デリカシーが無いわね」
アイリスに嗜められた。少し理不尽じゃないか?
「ふー、美味しかった。ありがとうな」
「お口にあって良かったです」
「疲れただろ。洗い物は俺がやるよ」
「そんな、良いですよ」
「良いじゃないリヴ。やりたいって言ってるんだからやらせましょ」
彼女達を居間に下がらせ、俺は汚れた皿を片付ける。
一人になると、自然とさっきの出来事が頭をよぎる。
──あたしは、鷹見のことが好きだよ。
女の子に告白されるなんて初めてだった。
しかも、あんなに可愛い子に。
なのに断っちまうなんて、どうかしてる。
──俺は、叶わない恋をしている。
だけどその想いがあるうちは、他の女性と付き合うなんて考えられない。
京都で、南條に真面目過ぎると言われた事を思い出す。
(……しょうがないじゃないか。それが俺なんだから)
居間では三人が仲良くソファーに座り、おしゃべりをしながらテレビを観ている。
その光景が、今の俺には尊いものに見えてしまう。
……もうすぐ、俺達は大きな戦いに参加する。
もしかしたらこんなふうに過ごせるなんて、最後かも知れないんだ。
「洗い物、ありがとうございました」
「テレビ観ろです! こいつがおっかしいです!」
「フィア、あんたうるさいわよ!」
──だから今はまだ、この幸せに浸っていたい。
「何がそんなにおかしいんだよ」
「この芸人が馬鹿なんです! あっ、またやりますよ!」
騒がしいイブの夜は、しばらく続いた。
───
翌日、外は昨日にも増して真っ白だ。
夜通し、雪が降り続けたらしい。
「フィアの枕元に、プレゼントがあったです! サンタが新作のゲームを持ってきてくれたですぅ!」
「あたしのところにもあったわ。中々気の利くプレゼントを置いて行ったわね」
「僕のところにも来てくれたみたいです」
「そうか。良かったな」
三人が枕元に用意されたプレゼントについて嬉々として語る。
もちろん、用意したのは俺だ。
アイリスは寒さ上等でおしゃれをするからな。長い靴下と、手袋を。
リヴは一生懸命家事をしてくれるから、ハンドクリームと美容液をあげた。
気に入ってくれたなら嬉しいが。
「蓮さん、まだ眠そうですね」
「そんな事ないよ」
こいつらが寝静まった後にこっそり部屋に入ったなんて言えやしない。
「あんたは何かもらえたの?」
「俺のとこには何も無かったよ」
「悪い子にしてたから、サンタが来なかったですね」
フィアが憐れむような目で俺を見てくる。
「俺はもう大人ってことだ。お前らと違ってな」
俺は部屋で制服に着替え、登校の準備をする。
「蓮さん、入っていいですか?」
「いいぞ」
リヴが部屋に入ってくる。
「どうした?」
「蓮さん、これ」
リヴが手渡してきたのは、マフラー。
どうやら手作りのようだ。
「サンタさんから預かったんです。受け取ってください」
こいつ、何もかもわかった上で、俺にもプレゼントをしてくれるのか。
俺は、その場で首に巻いた。
──暖かい。
鏡で姿を確認する。
白と青のチェック柄が、サンタのセンスを表している。
「似合ってるだろ。これを作ったサンタはセンスが良いな……ありがとうよ」
「……喜んでくれたなら、きっとサンタさんにも伝わりましたよ」
「そうだな。じゃあ、行ってくる」
今日は終業式。明日からは冬休みだ。
そして来る年末、かつてない戦いが幕を上げようとしていた。




