70話 講師
0.5倍速にした映像を再生しつつ、Societyの三人は振りを落とし込んでいた。
キュッと靴底の擦れる音、暴れる衣類のぶつかる音、時たま漏れ聞こえる吐息。
ルミはそれらに不釣り合いなほど明るい声でカウントを続けていた。
「ワンッ!ツー!スリー!フォ!」
「あっ」
足運びを間違えた豹一が一拍遅れると、ルミは映像を停止する。
「すんません!」
「いーよー!猫谷さんもたまに左右反転してたし」
「ごめんなさい!」
「とりあえず動きを覚えるのは大事だから!細かいところは後々ですっ」
ルミは三人の呼吸が整うのを待たずに再び映像を再生する。
「る、ルミさん鬼っすね!?」
「山羊足さん体力ないんですね!?」
あまりに悪気のない声色に、豹一は顔を歪めた。
「と、とにかく覚えないとですね〜…」
「大体の流れはわかりました。しかし、見よう見まねでは限界を感じます」
高雅が息混じりに呟くと、ルミはにっこりと微笑み再生を止めた。
「じゃあ〜一個一個やっていきましょうか!」
「一個一個?」
「皆さんがどう見るかは大体わかりましたからっ」
ルミは笑顔のままゆっくりと手を打ち、じっと豹一を見つめた。
豹一は肩で息をしながらルミに合わせて手を打ち、釣られて陽登が合流する。
ルミは小さく数回飛び跳ねると、緩やかに振りに移行した。
リズムを遅くした分、参考映像より強調されたような動きに三人はじっと見入る。
足を大きく開き、上体を深く沈み込ませスムーズに上げる。手拍子に合わせ行われるそれは、先ほどまでの振りより負荷が高く見えた。
「そんな、下げるんすね」
豹一がぽかんと口を開けると、ルミは首を傾げた。
「重厚感がでないからね。このくらいやらないとボーイズの再現にはならないかな〜」
大きく膝を蹴り上げ、床につけた足を後方へ滑らせる。
激しい上下運動の中でも彼女の声はトーン一つ変わらない。
「羊太郎くんはね、丁寧にこれはロジャーラビットって言って〜とか解説してくれたけど、私はしません。」
「…何故です?」
ルミはぴたりと止まり、三人を一列に横並びへなるよう誘導した。
「名称とか教えたら、それを調べて練習しますよね」
「はい」
「そうですね〜解説動画とか見るかも〜」
「それって羊太郎くんの作ってくれた振りじゃないです」
「えぇ?結局技?としては同じなんすよね?」
豹一が腰に手を当てると、ルミは上半身を折り笑顔のまま迫る。
「それって基本のステップ〇〇選!みたいになっちゃいますよねっ」
「えっと〜なんとなく言いたいことはわかるんですけど〜それこそ、俺たち基礎がないんですよ〜?」
「だから危険なんです!今からダンスの基礎を本気で詰め込んだらそれだけで一年経っちゃいます!」
ルミはスキップで三人の周囲を回る。
「皆さん真面目だから余計に、頭でっかちになりやすい。私がやりたいのは座学じゃないし…」
細い指を合わせ、二つに括られた長い髪が暗幕のように顔を覆う。
「何より…皆さんは…まだわかってない」
「どう魅せたいか。それが決まるまでは見よう見まねで構わない。皆さんそのレベルにありません」
稽古場の蛍光灯が微かにパチリと音を立てると、高雅は静かに頷いた。
「自己分析ですか。以前仰った自己開示と他者理解とも繋がります」
「話が早い!自分とメンバーをわかった上で、必要なものだけ吸収していきましょうっ!」
「…しかし、お言葉ですが。それこそ基礎知識が不足していては取捨選択もできないのでは?」
ルミはこくんと頷くと、両拳を頬に添える。
「知識ならいっぱいあげましたよっ?何を見てたんですか??」
「…何を」
「豚座さん。さっきの羊太郎くんの、すごいと思いましたよね」
「ええ。彼はあの筋ではかなりの熟練者だと」
「だからすごいと思うの?羊太郎くんがプロだから??それじゃあ追いつけないよね」
「いえ、そこまで簡略化はしていません。技術の細部を取り上げればそれなりの評論はできます」
「それでっ?それをどうやって豚座さんのものにするの?」
高雅が口を開いた瞬間、陽登はそれを手で覆った。
「ま〜わかるのとできるのは違いますよね〜」
「そう。上手くやろうとか同じようにやろうじゃ行き詰まっちゃいます!」
陽登は唖然と固まる高雅の口から手を離すと、肩をポンポンと叩いた。
「ごめんね〜」
「い、いえ…」
ルミは小さな頬を手のひらでぐりぐりと押し込み低く唸る。
そして手を打つと、ふんっと息を吐いた。
「やっぱり!私じゃだめかも!」
「え」
「だめってなんですか〜?」
「ん〜感覚派すぎて伝わらないというか…時間かかる?」
「も、申し訳ございません。私が…」
一歩、歩み寄った高雅をルミは手のひらで制すと首を振った。
「適材適所!猪介くんにお願いしよっ!」
「せ、猪介さんすか?」
「講師変更…ですか」
気まずそうな三人を横目に、ルミはパチパチと瞬きし、ピシッと足を合わせた。
「うんっ!猪介くんに教えさせよう!」
「マジすか!?」
「わ〜…あの人そういうのもできるんです?」
「マネージャーですよね?Toy Boxのマネジメントは?」
「やったことないだろうけど…皆さんに近いし、Toy Boxのこともよく知ってるし…それに…猪介くんは自分でしっかり答えを出してるから」
稽古場に落ちた誰のものともわからない汗の滴を、ルミは靴で引き延ばす。
「『自分と向き合い、人を見つめる』猪介くんは、ここでのやり方をそう解釈したの」
「…ルミさんが仰っていたことと、相違ないように思いますが」
「うん、物は試しだよ!だめそうならまた変えて…皆さんに合ったやり方を見つけなきゃっ!」




