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Curtain Rise!  作者: 風見ことは
幕間
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71/75

71話 感覚



ルミは表彰台に立つかのように、堂々と胸を張っていた。

その横で肩をすくめる豹一は、視線を床と目の前にいる人物の間で忙しく往復させる。


「……何故こんなことになったのかわかりませんが、精一杯努めさせていただきます。」

猪介の口調にそぐわない迷惑顔に、ルミは声を上げて笑う。

「お!お願いします!!」

豹一が声を張り上げると、猪介はいよいよ舌でも打ちそうなほどに睨みつけた。

「よろしくお願いします〜」

陽登が緊張感を無視し切り込むと、高雅はその後ろで会釈する。


「ええと、ルミさん何があったんですか」

「私が言葉足らずだから…効率悪くなっちゃって」

「言葉足らずなら私も負けていませんが…?」

「大丈夫大丈夫っ!」

ルミが笑顔のままこくこく頷くと、気圧された猪介は顔を顰めながら三人へ向き合った。


「加賀さんの振りを練習していたんですよね?」

「そ〜です。で、それが効率悪くない〜?ってなってゴタついたんですよ〜」

「何がですか?」

「基礎もないうちから全体を整えるより一つ一つ分解するべきだと…」

「ダンサーになるならそうでしょうけど…あれ、ルミさん。これってあれですよね?なんかリズム感とか」

「そう!リズム感と身体表現!」

ルミが全身で頷くと、二つに結われた毛束が暴れた。

「なら型とか覚えても仕方ないんじゃないすか?」

いまいち納得いかない様子の三人に、猪介は首を傾げる。

「外国人と話したいなら単語帳開くより、映画とか曲でとりあえず慣れた方がいいのと同じじゃないすか?」

稽古場にルミの感嘆の声と拍手が響き、豹一が俯いた。


「確かに、俺英語わかんねぇすけど…接客に必要な範囲ならなんとなくできるっすね」

「…必要最低限ということですか」

高雅が重たげに視線を下げると、猪介は腰に手を当て息を吐く。

「まぁ、とりあえず考えずにやれってことすかね?」

「そんな体育会系ですかぁ〜?」

「いや…」

猪介の気まずそうな表情を吹き飛ばすかのように、ルミは前へ踏み出した。


「語学って思えばわかりやすいね!単語に文法、慣用句やスラングもあって、全部いっぺんに覚えるのは時間がかかりすぎる。だから必要なところだけ覚えていく!」

「ま、そっすよね」

「でも皆さんも私も、何が必要かがわからないと方向性も決まらない!だからとりあえずやってみる!みたいな?」

「…そう考えると、先日の食い違いの原因がはっきりとします。」

「間違いとかじゃないんですけどね!」

ルミが肩をすくめて笑うと、猪介は閉じ切られた入口へ踏み出した。


「もういいですかね」

「え?!だめだよ!?猪介くん今日は一日講師です!」

「………」

慌てて跳ねたルミに塞がれたドアを眺めながら、猪介は前髪を掻き上げた。

「じゃあ、一回見ます」

「わ!先生が見せてって!!」

ルミがパチパチと手を叩くと、Societyのメンバーは伏せがちな視線を合わせた。


「やりますか〜?仕事ですし」

「そ、そすね」

「承知いたしました」

三人が軽く体勢を整えると、ルミは忙しく動き回り立ち位置を調整する。

「振り自体は入ってるんですよね?」

「な、流れだけ…は?」

豹一の苦々しい呟きに、猪介は口元を綻ばせた。

「充分ですね」

その一言を皮切りに、合図もなく音楽が再生される。


メトロノームの等間隔音に合わせ、各々が緊張した面持ちを浮かべる。

等間隔音がフェードアウトし、伴奏が始まるとありきたりなツーステップからのボックスステップが続く。

ルミは「あー…」と声を漏らし慌てて口を塞いだ。


音楽のテンポが上がるに比例して、風を切る音と着地音が強くなる。

揃わぬ足音に、猪介は目を細めた。


一つ一つの動きに粗はあれど、それぞれ振りを追えていた。

高雅はやはり三人の中ではレベルが頭一つ抜けている。

滑らかな動きの優雅さがむしろ浮いている程だ。

陽登は一番ムラがある、度々左右反転している。

それでも止まらず喰らいついている、そんな印象を与える。

その中で最も異質なのが豹一だ。

振りは誰よりも『均等にこなされている』それでいて癖がない。


「……うぅん」

音楽が止まり、三人は静かに呼吸を整える。

ルミが目をギュッと瞑ると、猪介は頷いた。

「ありがとうございました」

「先生、どう??」

「先生ってのやめてください。俺がなんかいっていいんすか?」

「どぞ」

ルミの許可を得ると、猪介は三人の顔を一人一人ゆっくりと眺めた。


「……まぁ、いいんじゃないすか?」

「え」

「……本当ですか〜…?」

陽登がどこか茶化したような声色で首を傾げる。

「猫谷さんは、なんかいいですね。豚座さんもいいんじゃないすか?」

「………抽象的ですね」

高雅の言葉に猪介は再び口元を覆い、目を逸らした。


「いや、わかんないんで。山羊足さんは…まぁ、いいや」

「いいや?!」

豹一は声を裏返らせ、大袈裟に身を跳ねさせた。

「別にいいです」

「せ、先輩?!それはなくないっすか?!」

「先輩〜?」

陽登の含み笑いに、豹一はハッと顔を強張らせる。

「……だから言ってんだろ」

「す、すんません!!!!」

息も整わないまま、何度も頭を下げる豹一を猪介は冷たく見下ろしていた。

陽登がそれ以上追求しないのを見ると、猪介は観念したかのように腕を組む。


「…お前、サボってね?」

「またそれすかぁ?!な、なんで!?」

「ルミ嬢、お願いします」

「私ぃ?!」

不意打ちに飛び上がったルミを前に、陽登は「ルミ嬢…」と噛み締めるように呟いた。


「わかんねぇもんはわかんねぇんで、言えないです。でも、見えてたもんは同じですよね?」

「ううん?ど、どうかな…じゃあ私も少しだけ?」

ルミが踏み出すと、稽古場にタンと軽い足音が響いた。


「豚座さんは、やっぱり綺麗ですね?」

「ありがとうございます」

「でも…やっぱり癖かなぁ、バレエやってた人って多いんだけど、動きに重みがないっていうか…羊太郎くんのダンスだとあえて重心を動かしてたのわかると思うんだけど、安定しすぎてる…って言えばいいのかな?」

「…自覚はあります。そもそもの身体の使い方が異なるので」

「うん、顔の残し方とかもね…でもこれはすぐ治りそう…」

高雅は微動だにせず、ルミの言葉尻に一礼を返した。


「猫谷さんがなんかいいっていうのは、わかるなぁ一番楽しそうというか…どう見せたいのかがなんとなく伝わる感じ」

「そうですか〜?結構間違えちゃいましたけど…」

「そこで止まらないのが偉いんですよね。間違えたって顔しない。それでこの振り好きなのかな?とかこの音好きなんだろうなってのが伝わるから…」

言い聞かせるように話すルミに、猪介は満足そうに頷く。


「で、山羊足さん…サボってるは…わかんなかったけど」

「そっすよね?!!」

豹一が思わず身を乗り出すと、ルミは天井を見上げる。

「一番癖がなかったんだよねぇ…流れる感じというか」

「そ、そうっすよね??ねっ!?」

「うん…なんかね、こう、上手い人が振りを確かめる時にやる動きっぽいんだよね…」

「えぇ?なんすかそれ?」

ぽかんと口を開ける豹一に、ルミは慎重に目を合わせる。


「豚座さんは振りに対して自分をどう使うか、猫谷さんは振りや音のどこを拾うか。それが個性で…山羊足さんはこう…脳内再生された映像をなぞってる感じというか…?」

「それってだめなんですか〜?」

「うーん…」

ルミはトントンとつま先を鳴らした。


「確かにね、動きが省エネなんです。腰が落ち切らない、腕が伸び切らない。でも全体の見栄えはいいんだよね、間違えないから。」

「…しかし、振り入れを始めてから数日です。猫谷さんが部分部分を整える、山羊足さんが全体を整える。優先順位の違いでは?」

「そこなんですよね、だから私はよかったと思うけど」

床を跳ねていたルミの爪先が、ピタッと静止する。


「…もっとできるってこと??」

「えぇ?!俺こんなっすよ?!」

豹一が汗で貼り付いた髪をかき乱すと、猪介は顔を顰めた。

「まあ…早計っすね、すみません」

不機嫌顔な豹一には目もくれず、猪介は軽く会釈する。


「今日はこんなもんで、引き続き頑張ってください」


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