69話 実力
Societyの面々は一つのノートPCを取り囲み、静かに着席していた。
広い稽古場の真ん中にぽつんと固まる彼らは、正に独擅場と言わんばかりに動き回るルミを目で追っている。
「よぉし!準備運動は充分かなっ!」
何かのコマーシャルかと思うほどカラッと笑うルミに、三人は相槌を返した。
「皆さんは、演技も歌もダンスも頑張らないといけません!」
「はい」
「ダンスは身体表現。音を聞く、周りを見る、歌にも演技にも必要なことがしっかり入ってるので!ダンスから始めますよ!」
ルミはふふんと得意げに笑い、腕を組む。
「ダンスかぁ〜それなら俺たちのほうが準備運動しないとじゃないですか〜?」
陽登の発言に、ルミはちっちっと指を振る。
「ここはCurtain Riseですよ?まずは観て、自分の中になにが生じるか。からです!」
「っは〜了解っす」
ルミが指先をPCへ運ぶと、三人の視線が自然と集まる。
そのままルミがキーボードを押し込むと、動画が再生された。
小柄な人物が画面中央に佇み、メトロノームの電子的な等間隔音が冷たく響く。
部屋は薄暗く背面の壁が鏡になっており、おそらくスタジオであることがわかる。
小柄な体躯に不釣り合いなほど大きなパーカーとワイドパンツ。
目深に被った帽子で顔が判別できず、男女の特定すら難しい。
人物はしばらく静止していたが、メトロノームの音が溶け込むように消え、伴奏が始まるとスイッチが入ったかのように動き出した。
「わぁ!」
陽登は目を輝かせ、食い入るように身を乗り出す。
画面上の人物は、ツーステップからボックスステップなど、基本のステップをメジャーな洋楽のリミックスに合わせこなす。
それはリラックスしているかのように柔らかい。しかし、余分な動きがなく緩急がはっきりしている。
滑らかなボディーウェーブで細かな音を拾い、大胆な足や手の動きで大まかなリズムを取る。
「……ぇ、これ俺らやるんすか…?」
ぽかんと口を開けた豹一に、ルミはしっと指を立てた。
音楽のテンポが上がり、技の密度も上がっていく。
それすら軽々こなし、局所的にあえてリズムを外す。
重心は低く安定している。流れるようにスムーズなステップに重力すら忘れるほどだ。
ふわりと跳ねた身体は反動なく着地し、空気を含み捲れ上がった服と帽子のツバだけが動きの激しさを証明していた。
「うまい人が踊ると簡単そうに見えますよね〜」
陽登が感心混じりに呟くと、高雅が深く頷く。
「やはり加賀羊太郎はこちらの方が水が合っているように見えます」
「えっ!?」
豹一と陽登は揃って固まり、高雅と画面を忙しく見やった。そんな二人を高雅は怪訝そうに見つめる。
「どう見ても加賀羊太郎です」
その言葉をダメ押しに、二人は画面の人物をまじまじと見つめた。
いつもの快活な笑みが消えた無表情、しかし愛くるしいベビーフェイスは羊太郎そのものに見えた。
さらに意識してみるとキャップからはみ出た毛先は、ピンクと黄色が入り混じっているように見える。
「えっ、全然わかんなかった〜…あの子こんな踊れたんだぁ〜…」
「経歴を辿れば当然の実力です」
「え〜こんなにできるならサバ番とか出れば…」
「サバイバルオーディションの参加歴は確認できていませんが、他事務所のオーディションは受けていたことがわかっています」
ルミはいつの間にかループしていた映像を停止させた。
「猪介くんが頑張って連れてきてくれたからね〜羊太郎くんは…」
三人がきょとんとルミを眺めると、ルミはにこっと微笑んだ。
「『実力者のお遊戯会』にぴったりだよねっ」
陽登は首を捻り、高雅は肺を一気に押し潰し顔を歪める。
その横で豹一はグッと口角を下げ、腕を組む。
「まぁ、そっすね」
「え?なに〜?山羊足さんライバル意識芽生えました?」
「いやぁ?そういうのじゃないですけど…?」
目を細め遠くを見つめる豹一に、陽登はふーんと意味ありげに頷く。
「俺のが礼儀はなってるんで……」
「礼儀??」
陽登が首を傾げていると、その横からルミがずいっと迫った。
「もしかして!Toy Boxを受け入れられない理由…ですか?!」
「まぁ…はい、そんなとこっすね」
「礼儀…ですか?しかしToy Boxはそれほど無法者というわけでもないですよね。公演時の挨拶など、演者としての礼儀はそれなりに整えられています」
豹一は頬に手を当てじっと高雅を見つめる。
「やっぱ豚座さんToy Box好きっすよね??」
「はい?いいえ、全く」
豹一の疑いの目を涼しい顔でかわしつつ、ルミへ向き直った。
「それで、これは観るだけで終わりなのですか?」
ルミはなんとも可笑しそうに手を叩くと、止めていた動画を再生する。
「そんなわけないじゃないですかぁ!皆さんにはこれを完全コピーしてもらいますよ!!」
「完…!?」
陽登は口の端を引き攣らせ、豹一は何かを避けるように仰反る。
「……それは、どれほどの期間で?」
高雅が飲み込むように呟く。
「…どれだけ時間を掛けてもいいけど…それだけ舞台が遠のきますよ!」
「そうですか…」
「え、完全ってどれくらいですか??」
豹一に詰め寄られたルミは嬉しそうに笑う。
「重ねたらピッタリ…とまでは言わないですよ?でも、そうだなぁ…人に見せられるレベルで話しながら踊れるくらい?」
「…わかりました」
「まぁ〜…アイドルってなれば歌って踊ってって普通ですもんね……とりあえずやってみますか〜」
腕を上げて肩を解す陽登の背に隠れ、豹一は首を横に振る。
「いやいやいや…えぇ??」
「山羊足さ〜ん、俺も正直無茶だと思ってますよ〜?でもぉ、仕事だし〜?」
「そりゃそすけど…」
陰る表情の二人の前に、ルミは仁王立ちで立ちはだかり大きく手を打つ。
「この振り付けは!羊太郎くんにダンスの基礎を覚えるために作ってってお願いしたものです!ヒップホップを中心に基本のステップで構成されてます」
「そうですね…」
「羊太郎くんが半日で作って!Toy Boxは一週間で覚えましたよ!!」
ルミは呆然とする三人をぐるりと鋭く睨みつける。
「Societyは、Toy Boxを半壊させている。一回勝ってるんですよ」
彼女の言葉が反響すると、息を吸い込むことすら憚られる沈黙が蔓延った。
「舞台上では絶対、Toy Boxに喰われちゃいけないんです」




