65話 他人
陽登はこぢんまりとした会議室で、パイプ椅子の軋みを気にしながら壁をみつめていた。
一つ席を開けて座る黒髪の青年は、スマートフォンを眺めたり足を組み替えたりと落ち着かない様子だ。
「………」
撫で付けられたように骨格に沿った素直なストレートヘアと、切れ長ながらも黒目がちな彼は時折陽登へ目を向けては気まずそうに会釈した。
陽登はそれに控えめながらも会釈で返していたが、言葉は一つも出てこない。
彼らは契約の最終確認と今後の計画、そしてメンバー顔合わせのために呼ばれていた。
陽登は三十分前には入室していたが、この青年はそれより前には到着していたらしい。
集合時間の十分前になり、沈黙を破るように会議室の扉が開かれた。
「……失礼いたします。」
一歩踏み出した青年は、180後半はあるであろう長身で二人を見下ろし、観察するような視線を向ける。
少しの間眺めると、長身の青年は愛想笑いすらなく着席した。
彼はピンと背筋を伸ばし、静かに膝の上で手を合わせている。
鋭い輪郭に癖毛がちな髪がかかり、冷えた目元には影がかかっている。
それでも、確かに美形であることがわかった。
陽登は気まずく肩をすくめ、頬を押さえる。
(……この人も、メンバー…)
陽登はイケメンと呼ばれる程度には整った容姿だが、愛嬌のある可愛らしい雰囲気。
それに比べると、この二人は美形で聡明な印象が強い。
会話もない会議室は、集合五分前になり再び開かれた。
猪介がいつも通り淡々と会釈し、書類を机へ並べていく。
(このメンツなら谷口さんの方がよっぽど合うような…)
そんなことをぼんやり考えていた陽登は、姿勢を崩し頬杖をつくと書類を手に取った。
「お忙しい中、日程調整ありがとうございます。早速ですが…結成にあたりの最終確認です。Societyとして四年間活動していただきますが、よろしいですね?」
「はっ、はい!」
黒髪の青年が不自然なほど肩を跳ねさせると、長身の青年は静かに頷いた。
「大丈夫です…」
陽登は絞り出した自分の声が掠れていたことに、なんとなく笑ってしまった。
「自己紹介はお済みですか?」
「い!いえ!」
黒髪の青年が大袈裟に首を左右に振ると、猪介は小さく頷く。
「では…豚座さん」
「豚座?!」
黒髪の青年と陽登が同じタイミングで椅子を引き摺ると、長身の青年は鋭い視線を向けた。
「はい。お察しの通り、その豚座の嫡子です。豚座高雅と申します」
「えぇ…?」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫…と言うのは?」
陽登は胸を抑えると、慌てて書類を置いた。
「や、げ、芸能活動とか…しても大丈夫なんですか?」
「はい、話はついています」
あまりに堂々とした物言いに、陽登は「そうですか…」と小さく呟いた。
「芸能活動の経験はありませんが、クラシックバレエを中心に芸事は幼い頃からの心得があります」
猪介は高雅に圧倒された空気を打ち砕くように、豹一に向き直る。
「じゃあ山羊足さん?」
「せ、せんぱ…」
黒髪の青年は言葉をぐっと飲み込み、なにかを言い聞かせるように俯くと、ばっと顔をあげる。
そして決意したように高雅と陽登へ体を向ける。
「山羊足豹一です!!芸能経験はないです!ダンスとか歌とか諸々ないです!!居酒屋で働いてます!!よろしくお願いします!!!」
会議室全体に響き渡るような大声が発されると、猪介は迷惑そうに片耳を塞いだ。
「あっ、えっと!!精一杯頑張りますんで!!はい!!!」
追い討ちをかける爆音に、高雅も眉を顰める。
陽登は思わず口元を歪めると、小さく椅子を引いた。
「は〜い、猫谷陽登です。俺もそういう経験一切なしです〜よろしくお願いします〜」
「…これでいいですか?もう少しお話しされますか?」
猪介が見回すと、三人は無言のまま表情を固まらせた。
それを確認すると猪介は静かに会釈する。
「谷口猪介です。しばらくはToy Boxとのマネジメントを掛け持ちします。」
三人が反応を示さないでいると、猪介はA3サイズの紙を取り出した。
「とはいえ…皆さんは一年間練習期間に入りますので、私より講師とのやりとりが多くなります。」
覗き込んだ紙には当面のスケジュールが記されている。
「豚座さんは大学。猫谷さんと山羊足さんは現職を考慮しての予定です。お二人はもし変更があればご連絡ください」
「引き継ぎも考えて三ヶ月くらいは辞めらんなそうなんすけど、大丈夫ですかね?」
豹一が覗き込むと猪介は無言で頷いた。
「猫谷さんも、今の職場との兼ね合いは考慮いたしますので」
「あ、いや俺はそんなですけどね〜…」
猪介は冷静にスケジュールをホワイトボードへ貼り出すと、次の書類を取り出した。
「コンセプトはこちらです。原案ですが、選考時の皆さんを踏まえてプロデューサーが練り直したものです」
「どこかの国…魔法使い??」
豹一があっけらかんと読み上げると、高雅は顎に手を添えた。
「Toy Boxの世界観に合わせたと考えれば…妥当、ですね」
「確かに〜?現実、社会性ってのは前から聞いてましたけど、そのまま入れるとToy Boxのおもちゃの国には堅いですもんね〜」
「なるほどなぁ…じゃあキラキラ系なんすね!」
豹一が無邪気に微笑むと、猪介は次の書類を取り出す。
「コンセプトワードに合理性、協調性、統率力とあります、コンセプトカラーも…黒や赤などが置かれていますね」
「ならゴシック系ですかね〜?」
「さあ…皆さん次第かと」
猪介のぶっきらぼうな発言に、高雅は疑いの視線を向ける。
「どういうことですか?」
「Curtain Riseのやり方です。コンセプトの軸はありますが…細かいところはプロデューサーが皆さんの特性に合わせて変化させます」
「……随分と非合理では?」
「我々の提供する『アイドル×演劇』を実現するにはある意味合理的です。こればかりは稽古の中で学んでください」
高雅の苦虫を噛み潰したかのような表情を無視し、猪介は数枚の資料を広げる。
「皆さんには早急に弊社のやり方に慣れてもらいます。しかしコンセプト上Toy Boxとの接触は控えます」
「え?そうなんすか?」
「はい。ですので皆さんはルミさんにマンツーマンで稽古をつけてもらいます」
「ルミさん?忙しいんじゃないですか??」
陽登が心配気に呟くと、猪介は頷く。
「彼女は現在のような野外イベントを減らし、自社仕事に専念する期間へ入る予定です。なので…なんとか都合をつけていただきました」
「とはいえ…若い女性ですし、タレントですよね?講師として適任と言えるのでしょうか?」
「やってみればわかります」
陽登と豹一は失礼とも取れるような高雅の発言に内心焦ったが、猪介は気に留める様子がなかった。
「いえ、その、経験や技術でなく。私達は成人男性ですよ」
「Toy Boxもそうでしたよ」
「………」
陽登がなんの気無しに豹一へ視線を向けると、豹一は引き攣った笑みを浮かべていた。
「それでは…こちらの書類の説明に移ります」
無慈悲にも進行される契約説明の中、高雅は気まずそうに視線を伏せる。
陽登はこの状況にどこか既視感を覚え、豹一に目をやると彼は先ほどの笑みのまま固まっていた。
ふと豹一の瞳が陽登を捉えると、二人はどこか通じ合ったように小さく頷くのだった。




