64話 観念
「ねぇーえ!猪介!!」
羊太郎は猪介の前に立ちはだかると、わざとらしく腰に手を当て頬を膨らませた。
「なんすか」
「僕!!ショックなんだけど〜!?」
地団駄を踏む羊太郎を、城は心配そうに眺める。
「裏切り者〜!!」
半ば体当たりで迫る羊太郎を猪介が受け流すと、良磨は二人の間に割って入った。
「どうしたんだよ」
「良磨きいて!城も!猪介ってば僕らの敵集めてたんだよ!?」
「て、敵…?」
城が困惑気味に呟くと、猪介はスーツの裾を直す。
「そうだよ!!なんかねなんかね!新ユニットだって!僕らのライバルだって!!」
羊太郎が発言するたびに、彼の練習用シューズが床に擦れ、甲高い音を立てている。
「ライバル…?」
良磨が笑顔を引き攣らせると、猪介はため息混じりに頷いた。
「はい、Societyと言います。皆さんのライバルユニットとして一年後を目安にデビューが決定しました。」
「しかも猪介がメンバー連れてきたって!裏切り者!」
猪介はポカポカと腕を殴りつける羊太郎を、片手で抑えつつ続ける。
「なぜか採用になっただけです。スカウトノルマは社員全体に課せられたものでした」
「でも猪介が連れてきたんでしょー!!」
「…まぁ、はい」
「うーん…えっと、怒るべき?」
城が柔らかく微笑むと、羊太郎は大きく頷いた。
「王子ー!謀反です!謀反っ!」
「なにそれ?」
良磨は二人のやりとりを横目に、猪介へと向き直る。
「その、新ユニット?はどういう役回りになるんですか?ライバルって言っても…どう関わってくるのか…」
「それそれ!気になる!」
「大事だよね」
羊太郎と城も乗っかると、猪介は目を逸らした。
「そうですね…どこまで言っていいのかわからないんですけど、一つ言えるのは…皆さんを悩ませてきた『災害』の原因ってことですね」
「災害って…人由来なの!?!?」
「災害…」
城が静かに目を伏せ、良磨は納得したように頷いた。
「んじゃあ戦うんすか?」
「お任せします」
「えっ!?まさかそれも僕らで解釈してみたいな!?」
「戦う…うーん…」
慌てる羊太郎の横で、城は床をじっと見つめていた。
「Societyさん達?次第じゃないかな…俺は別に、災害があっても直せばいいと思ってるし…」
「まぁ今まではそうだけど…人として出てくるってなると」
良磨は腕を組み、目を閉じた。
その横から羊太郎が腕を伸ばし、猪介を指差す。
「向こうがその気ならこっちもその気なんだからね!!」
城はその腕を優しく取ると「指差しはよくないよ」と押し下げた。
「Societyのメンバーは全員芸能未経験です。ですので一年の練習期間が設けられています。」
「僕ら数ヶ月だったんですけど!?」
「皆さんは前歴がありましたから、その分通じる基礎があったはずです…彼らにはありません」
羊太郎は不服そうに口を尖らせ、猪介を睨みつけていた。
「練習期間の間…皆さんとSocietyの接触はないように努めます。これは今まで伏せられていた災害の原因との対面を公演でファンと共有するためです」
「へ、じゃあ一緒に練習とか…ないんですか?」
城がきょとんと目を見開くと、猪介は淡々と頷く。
「はい。Societyは未経験なので、その分皆さんの影響を受けやすいのではと言う危惧もあります」
良磨は納得したように笑い、羊太郎の背中を撫でた。
「まぁ、別ユニットですもんね。公演で初対面でも俺らがToy Boxらしくいられるって…プロデューサーさんが思ってるってことですよね?」
「はい、その通りです」
「でもさぁ?相手は僕らの公演とか観れるわけでしょ?なんか手の内読まれてるって言うかぁ…」
「…それは…正しいんじゃないかな」
城が控えめに呟くと、羊太郎はぐっと彼の顔を覗き込んだ。
「なんでー?」
「へ、あぁ、その…おもちゃの国は半壊してるんだよね?今までずっといつの間にか災害が起きてたし…Societyさん達が俺らのこと見てるって…自然というか」
「なるほどね〜?確かに元から俯瞰視点からきてる感じあるもんね?」
「う、うん?多分そう」
猪介は二人のやりとりを苦々しい顔で眺めていた。
それに気づいた羊太郎がニッっと笑う。
「録音でしょ〜?僕してあげたけど!」
スマートフォンを印籠のように掲げる羊太郎に、猪介は腰を折った。
「すみません、助かります」
「ふっふ〜ん、僕がはいどーぞってするわけないでしょ〜!」
「…?」
猪介が訝しげにゆっくり歩み寄る羊太郎を眺めていると、羊太郎は小さくこほんと咳払いをした。
「猪介その敬語禁止!」
「はい?」
「だって!これからは僕らよりSocietyといる方が増えるかもでしょ?なら今のうちにもっと仲良くなっとかなきゃ!」
「………はい??」
猪介が表情一つ変えずに返答すると、城が羊太郎の袖を弱々しく引いた。
「羊太郎?その、なんていうか…猪介さんはこういう人なんじゃない…?敬語の方が話しやすいって感じの…」
「え!違うよ!猪介もっと荒っぽいよ!」
「あらっぽい……」
城が含むように呟くと、猪介は額を抑えた。
「羊太郎さん、私はマネージャーなんですから…」
「あーー!だめ!禁止だよ!」
「いや…ですから」
「なんでなんで!!前全然タメ口だったじゃん!」
面談時のことへ思い至り、猪介は睨みつけるように視線を伏せる。
初めて見る憤怒に近い表情に、城と良磨は目を見合わせた。
「あの、でははっきりとさせておきますが。皆さんを萎縮させないようにしているだけです。私はお世辞にも育ちが良いとは言えないので」
「そぉ??口調変わったって言ってることは変わんないんだから〜」
「荒い物言いや大きな声。それだけで威圧するには充分でしょう」
「えー?どうかなー?」
羊太郎が良磨と城へ視線を向けると、城は天井を見上げた。
良磨は静かに腕を組み、首を横に振る。
「やー、どうですかね?俺体育会系なんでわかんないっすわ」
羊太郎は合点がいったように手を打つと、煽るように猪介へ視線を向けた。
「いや、まぁ、牛頭さんがそうだったとしても」
猪介からの視線を受けた城は、うーんと目を閉じた。
「俺も…多分大丈夫…かなぁ?」
「平気だってさ!猪介ー!」
「いや…ダメでしょ」
「俺も…ほら、監督とか、怒鳴る人は多かったし…俺は…怒鳴られたことないけど…」
羊太郎がふふんと鼻を鳴らし歩み寄る。
猪介は観念したように額を抑えると、小さく息を吐いた。
「…雑に言ったら本質が伝わらないことだってある。だから!てめぇらみたいなのには、丁寧にしてやってんだろ?」
「おお?」
目を見開く羊太郎の後ろで、城はすとんと肩を落とす。
「正直なぁ?てめぇらがどう言われようと、はいはいって流せるメンタルなら、俺だって気なんて使わねぇんだよ」
吐き捨てるように淡々と言い切った猪介に、羊太郎は無邪気に口角を上げた。
「うーん…猪介ぇ…僕らアイドルだけど…役者だよ?」
「そうだね…別に、喋り方変わっても…猪介さんは猪介さん…かも」
「言葉や行動を解釈するって…まさに俺らがやってることっすからね」
良磨が他人事のように呟くと、猪介は愕然と固まった。
「はいはーい!けってーい!猪介はこれからこれでいきまーす!!」
羊太郎は猪介の背を叩くと、スマートフォンを操作し画面を猪介へ見せつける。
「録音は送ったんだから!よろしくねっ」
ウインクを投げる羊太郎を前に、猪介は唸りに近いため息を吐くのだった。




