58話 とある後輩の話
「一卓お願いします!」
「三卓さんラストおっけーです、ドリンク出したら六卓バッシ行きます」
「ドリンクお願いしまーす!」
騒々しい呼びかけをBGMに、PCに数字を打ち込んでいく。
フードのラストオーダーまで三十分を切った週末の居酒屋は、終盤に差し掛かった戦場そのものだ。
「今日も目標いってるし、めんどうなメニューはオーダー止めていいよー」
バイトリーダーの杉田くんに軽く声をかけると、彼は「はーい」と軽く返事してホールへ戻って行った。
「つーか…今日俺いらなかったよな〜」
背を伸ばし、シフト表を眺める。
新人だった大学生も今は即戦力、バイトリーダーはもはや右腕と言ってもいいくらい。
俺が店舗を掛け持っても大丈夫なのは、従業員がそれだけしっかりしてるからだ。
「………店長」
「ん?」
研修中札をつけた三宅さんは、どこか不安そうに覗き込む。
いつも笑顔で快活な彼女らしくない。
「え?なに??怒らせた??」
「いや…お客様が」
「やっちゃった?おっけおっけ、俺行くからキッチン戻っていいよー!」
軽く呼びかけると、三宅さんは眉間に皺を寄せる。
「あの、谷口さんって方が」
「…え?」
動揺して蹴り飛ばした椅子を慌てて戻すと、怪訝そうな三宅さんへ笑顔を取り繕う。
「な、何卓???」
「四卓です…お友達ですか?」
「えーあー、そんなとこ!ありがとね!」
ホールへ出て、バッシ戻りであろう杉田くんを捕まえた。
「杉田くんごめん。ちょっと俺外すから、なんかあったら声かけて!」
「あ、了解っす」
「時間きたら適当に片付けてみんな帰らせて、締めはやっとくから!!」
「いやいや!そんくらいやっときますよ!」
「マジ?じゃあグリストはやっとく!!」
適当に肩を叩き通り過ぎると、四卓が視界に入る。
いつも通りの難しそうな表情。
口元から煙をこぼし、グラスについた水滴を拭っている。
「猪介先輩!?どうしたんすか!?」
「……軽く話があんだけど、お前この後予定ある?」
「ないっす!つか今でも大丈夫っすよ!!」
「………いや、良くねぇだろ」
猪介先輩は店内を見回し、呆れたように口元を手で覆った。
「大丈夫すよ!うちの子らデキるんで!」
先輩はゆっくり視線を落とすと、深く座り直す。
「そうか」
「電話の件だけど…」
「はい!なんすか!!仕事すか!?」
「…まぁ、とりあえず聞け」
先輩は硬そうな鞄からファイルを取り出すと、静かに机に広げた。
急いで正面に座り、並べられた書類を眺める。
「俺が芸能事務所に就職してんのは知ってんだろ?」
「あいつの斡旋すよね?」
「それはどうでもいいんだよ、そこで今新規ユニット作ろうとしててな」
Curtain Rise、Toy Box。
見たことはある字面の中に、Societyという見慣れない単語を見つけた。
先輩はそれを指でトントンと叩く。
「まぁ、まだ企画段階だけど、そのうち結成される」
「へぇ!そうなんすね!」
「んで、まぁ…マネージャーが足りなくなるんだが」
「俺っすか!!やります!!」
「聞けつってんだろ」
先輩はタバコを灰皿に押し付けると、深く息を吐いた。
「す、すみません…はい、聞きます」
「マネージャーの募集はしてねぇんだよ。ただな、お前はできると思ってる」
「!!できます!」
「…」
先輩は目を逸らすと、しばらく何かを考えていた。
「あとな、お前。顔はまぁ…いいだろ」
「え??まぁ〜そっすね!俺結構モテるっすよ!!ガチで!」
「だよな…だから、新規メンバーとして推薦する」
「えぇ?アイドルっすか???マジすか??」
「まぁ…最悪、お前ならなんとかなるだろ」
なんとかなる。
普通なら引っかかる言葉でも、先輩が言うと本当にそうなるから不思議だ。
「せ、先輩が推薦してくれるってことっすよね?」
「まぁな…ただそこまでの効力はねぇよ。ただ、お前がいれば演者だろうと裏方だろうと色々楽だ。」
「そすか!?」
先輩は袖を捲り、腕を組む。
学ランからスーツに変わっただけで、昔から話し方も所作も変わらない先輩のままだ。
「一応、社長には新規メンバーとマネージャーどちらでも話してある。どうなるかはわかんねぇけど…」
「行きます!!」
「お前な……」
先輩は脱力し、タバコを取り出すと火をつけた。
一口吸い込むと視界いっぱいに煙の幕が広がる。
「でもお前、ここで良くやってんだろ?」
「…そう…っすねぇ…でも、別に、雇われなんで!俺全然行けますよ!」
「んな簡単な話じゃねぇだろ」
「うち緩いんで!」
即答に先輩は顔を歪めた、それでもこれは紛れもない事実だ。
別に俺が居なくなろうと埋められない穴じゃない。
「そ、それに!即採用即契約とかじゃないっすよね!?それなら全然!引継ぎとかできますし…!」
「……お前がいいならいいけどな…とりあえず、この募集要項と審査項目を読んで準備して来い。」
「はい!!」
俺の返事を聞くと、先輩は暗く視線を落としてカードを差し出す。
「社用の番号書いてあるから、来ねぇなら来ねぇで連絡くれ。」
「!!先輩の名刺!すげぇ!」
「何がだよ」
「え、あ…いや!俺今名刺とかもってないんで!すみません!」
「…マジで、よく考えろよ」
先輩はそう言い残すと立ち上がる。
「えぇ!?帰るんすか!?飯!飯行きません?!」
「行かねぇよ」
追うまでもなく会計札を取り上げると、先輩は真っ直ぐにレジへ向かった。
渡された名刺と目の前に広げられた書類をまとめ、レジへ直行する。
「や、俺やる!」
「お前」
「先輩飯食ってたんすね!えっと会計三千五百二十六円です!」
「…………」
先輩は呆れ気味に会計を済ませると、不自然に立ち止まった。
俺が声をかけようとすると、何かを諦めたかのように口を閉ざし店を出た。
「あれ、帰っちゃったんですか?」
三宅さんは不思議そうに入り口を見つめていた。
「そうなんだよ」
「てっきりこのまま店長と飲んでくのかと思いました」
「いや〜!先輩はそういう人じゃないんだなぁ〜!」
俺の発言に三宅さんはいつもの笑顔を浮かべた。
「店長、嬉しそうですね」
どこか気恥ずかしいその言葉にくすぐられつつ、それでも、この高揚感は誤魔化しようがない。
「そりゃ、マジで尊敬してるから!」




