59話 失礼
蒼凛舎応接室。
猪介と社長らは一人の青年を迎え入れた。
事務的な挨拶もそこそこに、どこか緊張感を孕んだままそれぞれ着席する。
「何かおかしいとは感じていましたが…」
「申し訳ございません」
「いえ、それだけ私共も精進が足りないということでしょう」
高雅が緩く微笑むと、猪介の左右を挟んだ町田と工藤は同時に引き攣った笑みを浮かべた。
猪介は浅く浅く腰掛け、半ば中腰のまま話の区切りを見つけては立ち上がろうとする。
それを町田の腕が安全バーよろしく押さえつけていた。
「私の不勉強故ですので…」
どこか不貞腐れたような猪介の物言いに、町田は何かを堪えるのに精一杯のようだ。
高雅はそれには大して反応せず、静かに背筋を伸ばす。
「ご提案いただいた件ですが、両親と検討いたしました。」
「あっ…あ、ありがとうございます」
「こちらとしては前向きな姿勢ですが、いくつか制約が…」
「制約…ですか」
工藤の掠れた声に、高雅が小さく頷く。
「芸能活動自体は問題ではありません。しかし、関連企業以外の販促活動へは加われません。積み上げてきたイメージもありますので、公への露出そのものが限られたものになります。」
猪介の表情が動かないのを見ると、高雅は小さく含み笑いを加えた。
「まぁ…そこまで気にする必要もないのかもしれませんが」
「誠に、申し訳ございませんでした」
町田が頭を下げると半拍遅れて、猪介もそれに倣う。
工藤は小さくため息を吐くと、高雅へと向き直った。
「うちの社員が大変な失礼を…そちらに関しましては豚座家のご子息とあれば当然の配慮かと存じます」
「ご理解痛み入ります」
呼吸すら憚られるほど張り詰めた空気の中、猪介は平然と資料を手に取った。
「内容、一読いただいていますか?」
「谷口くん…!」
「はい、拝読いたしました」
「ありがとうございます。問題がないようであれば選考の日程を…」
社長二人は目を見合わせ、この男を止めるべきか思考した。
しかし、止める間もなく猪介は資料を指しあれこれと話し始める。
「私はいつでも構いませんが」
「一応実技選考がありますが…」
「ご心配には及びません」
「そうですか、では最短で…」
不思議と円滑に進む会話を、町田は呆然と眺めていた。
「私からは以上ですが、何かございますか?」
不気味なほどトントン拍子に事は進んだ。
社長二人の苦々しい表情に目もくれず、猪介は書類の端を整える。
「……お声がけいただいた日にも話したことですが」
「はい」
「私は本当に、彼らへ容赦をするつもりはありませんよ」
「Toy Boxにですか?はい。お願いします」
「…」
猪介は石のように固まった町田を一瞥すると、静かに書類をファイルへ収める。
「その発言を…工藤氏や町田氏を前にしても変える気はないと?」
「?はい」
硬い表情で言い含めるように語る高雅とは裏腹に、猪介はごく当たり前かのように返答した。
「……そうですか、でしたら貴方の考えるSociety像を伺っても?」
「?」
「貴方は私を、Societyのメンバーとして相応しいと考えたのでしょう?では貴方の考えるSocietyとは?」
猪介が静止すると、町田は小さく肘で彼を急かす。
「…解釈というような大層なものはありませんけど」
「構いません」
「以前伝えた通りです。あなたはToy Boxを正しく拒絶することができるので」
「正しく、というのは?」
高雅の毅然とした態度に、町田はいちいち身を強張らせる。
しかし当の猪介本人は眉ひとつ動かさない。
「ただ非難するだけなら誰でもできるんですよ。ただ、理論立てて根拠や意見を発するのは違うと…」
「…知性ですか」
「品性もですけど。まぁ社会性ですね、それがコンセプトと聞いてるので」
猪介はおもむろに懐を漁ると、机に何かを置いた。
「私からも良いでしょうか」
「ちょっと…?!」
狼狽える町田をあしらい、猪介は取り出したボイスレコーダーを高雅へ差し出す。
「…なんですか?」
「町田社長はあなたがSocietyの軸になると言っていました」
「谷口くん!」
「ですので、あなたが考えるSocietyを聞かせてください。資料を読んでToy Boxを見て考えるSocietyを」
高雅は微動だにせず、ゆっくりとボイスレコーダーへ視線を落とした。
「そうですか。これは?」
「これ以上は解釈の話になるのでプロデューサーに共有します。」
「わかりました、構いません」
「ありがとうございます」
「しかし、選考があると仰ったのはあなたでは?」
「大変自信があるようなので」
「谷口くん!!!」
「大変失礼いたしました。谷口くん言葉を考えなさい。」
工藤が睨みつけると、猪介は頭を下げた。
「申し訳ございません。しかし、だからこそ軸なのかと」
「…と言うと?」
「確かな信念がなきゃ社会の軸にはなれないでしょう」
「…………貴方は随分と弁が立ちますね」
「?言葉足らずだとよく言われますが…」
「………」
町田は疑問符を浮かべる猪介の背をジャケットごと後ろへ引き寄せると、素早くボイスレコーダーを回収した。
「度重なるご無礼を、どうかお許しください。」
「いえ、気にしてはいません」
「この者が申しました通り、新ユニットの中心として活動していただきたいと考えております。コンセプトや選考に関しては私の方から説明を加えさせてください」
「お願いいたします」
町田が前へ出たことで、猪介は再び黙り込み、時折席を立とうと試みる。
工藤はその様子を迷惑そうに、そして、どこか楽しげに眺めていた。
「…大体わかりました。なるほど、メンバーが確定しないとコンセプトも正確には定まらないのですね」
「演劇もアイドルも生もの。作り込みは大切ですがライブ感を大切にしています」
「そうですか、それで…他メンバーは」
高雅の発言に、社長陣の視線が机の端を眺めていた猪介へと集まった。
「…とりあえず二人、候補はいます」
どこか不服そうな物言いだったが、もはやそれを咎める者はいない。
「察するに、その方々も貴方が?」
「………はい」
「谷口はマネージャーとして、立ち上げからずっとToy Boxと共におりますし。それだけ世界観への理解が深いので…」
「そうですね……熱意は伝わりました」
高雅はわざとらしく、ゆっくりと呟いた。
心底不愉快そうに肩をすくめた猪介は、極々小さなため息を混えて「そすね」と返す。
辛抱できなくなった町田は、机の下で猪介の足を踏みつけるのだった。




