52話 とある清掃員の話
「あ、河田さん〜西棟お願いできます〜?俺、南のフードコート周り行きます〜」
施設清掃は決められた時間通りに決められた箇所の清掃を行う。
今日は催事場の清掃を終えれば、各所に設置されたゴミ箱のゴミを回収して終了だ。
南棟はフードコート以外にもアイスの自販機やドリンク販売所が点在していて…とにかく回収箇所も、量も多い。
俺が回ったほうが早い。
「いいの〜?私と澄ちゃんでいくよ〜?」
「いーや、いいの!でも催事場の最後の撤収任していい?」
「いいに決まってるでしょー!いつもありがとね」
こちらこそと返すと、扉越しに破裂音のような拍手が鳴り響いた。
「すっかり人気…前はもっと人もまばらだったのにねぇ」
「まぁ、アイドルってそんなもんじゃないですか〜?」
所詮水物商売。
実力も運も小賢しさも…全てを持ってこそあの職業は成り立つ。少なくとも俺はそう思う。
拍手が鳴り止み、退場を促すアナウンスが響くのを確認すると扉を押し開いた。
大人や高校生らしき女の子達はそそくさと荷物をまとめて立ち去り、残るは子連れ数組となっていた。
「俺上手側の上方から回るから、河田さんこっちからね〜、んで土屋さんと小野さんは真ん中の通路からお願い〜」
「はーい」
「はるくんいっつも…気使わないでいいのよ〜」
「いやいや、むしろ色々押し付けてごめんね〜」
返事を待たずに持ち場へ向かう。
俺は俺がしたいようにしているだけ、俺が定時で帰りたい。だからこうやって指示を押し付けているだけだ。
黙々と定刻通りに作業を進めていると、ステージ付近に座っている親子連れが目に入った。
母親は赤ん坊を抱えていて、父親の横には4歳くらいの女の子。よっぽど公演が楽しかったのかステージのセットをうっとりと眺めていた。
赤ん坊がぐずり始めたのを見た母親が慌てて退場口へ急ぐと、父親は女の子を確認せずにその後を追う。
女の子は取り残され、呆然と空になった客席を見回す。
こういう時に取るべき行動はひとつだ。
「こんにちは〜」
「…」
背後から声をかけられた女の子は、怪訝そうに俺を見上げた。
なるべく怖がらせないようにしゃがんで視線を合わせる。
「Toy Boxすごかったね〜?お母さんたちと来たのかな?」
「……お母さん」
思い出したかのように目の端を濡らした女の子を笑い飛ばすように大袈裟に振る舞う。
「大丈夫大丈夫!人がたぁくさんいたからね〜すこし離れちゃっただけだよ〜」
「……」
「あのおばちゃんがね、お母さんもお父さんもすぐ見つけちゃうからね〜?小野さーん!」
同い年くらいの孫がいる小野さんを呼び止めると、すぐさま事態を察した彼女は何も言わなくても女の子の手を引いて退場口へ同行した。
「ばいばーい!またね〜!」
女の子は不安そうなまま、控えめに手を振りそのまま去っていった。
「……さて」
催事場の清掃は予定時間を押している。
この後の公演はないけど、とにかく定時で帰りたい。
今日は結人が早帰りの日なんだから…
「もう大丈夫かな?小野さん戻ったらお礼伝えといてもらえますか〜?」
「もちろん〜はるくん本当に南回るの?今日くらい私たちに任せても…」
「ぜーんぜん!ぱぱーっと回ってさっさと帰りますよ〜!」
振り向かずに真っ直ぐ南棟へ向かう。
施設内を走るのは御法度なのでなるべくの早歩きをしつつ、吹き抜けから見えたロビーの時計は予想より早い時刻を示していた。
(順調にいけば定時か…それより余裕持てそうかも)
一階の入り口付近から回収を始め、軽食屋や自販機付近、二階、そして三階へ
うん、やっぱり進みがいい。
この調子ならいつもより二本は早い電車に乗れるだろう。そうしたら、買い物なんか済ませても家に着くのは17時頃?
久々に弟達とゆっくり過ごせるのかもしれない…
そう思い、ゴミ袋の口を縛り台車に乗せる。
最後は最上階のフードコート。
当然のようにゴミは多いが、今日は平日でお客さんも少なかった。
この調子なら苦戦はしないだろう。
「あ、これお願いします」
「ありがとうございます〜」
ゴミ袋の入れ替え作業をしていると、こうやって丁寧に持ってきてくれる人もいる。
客層がいい証拠だけど、ほんの少し煩わしく感じることもある…
いつも通り回収し、さらに奥へ向かうと学生や子連れでほんの少し賑わっていた。
ゴミ袋を回収するために蓋を開き、口を固定している金具に手をかける。
「あの〜」
「はい〜」
また持ってきてくれたんだろうと、取り外したばかりのゴミ袋を向けると、女子高生三人がもじもじと目を見合わせていた。
「……えっと?」
「あの、お兄さんめちゃかっこいいですよね?」
「あ〜ありがとうございます〜」
「え、え、ここで働いてるんですか?」
「見ての通りですよ〜」
淡々と袋を縛り、新しい袋に空気を入れて広げる。
「どっかの練習生とかですか!?」
「なんか見たことある気がして…」
「あー違います、気のせいだと思います〜」
ゴミ袋を固定すると蓋を閉め、台車を押す。
でも女子高生が微妙に邪魔で上手く進められない。
「え〜なんだっけ、チャレンジ動画とか上げてませんか!?なんかSNSとか」
「一切やってないですね〜」
「なんか…GGTの…」
GGT、サバイバルオーディション番組で結成された9人組男性ユニット。
「あ、わかんないです。すみません、通してください。」
顔を伏せつつ台車を押すと、女子高生たちはゆっくり道を開けた。
焦りがバレないように静かに女子高生の横を通り過ぎるとその中の一人が「あっ」と短く声を上げた。
「やっぱGGTだ!カッコ良すぎるファンって、後続グループのメンバーかもって言われてた人!!」
「えっ!?見たことあるかも!」
「ああ!確かに!!」
盛り上がる彼女たちを無視して通り過ぎようとしたけど、やっぱりそれは許されなかった。
俺が作業の手を止めないのと同じで、彼女らは興味を止められない。
「え!MAGOTの練習生じゃないんですか!?」
「メンバーの兄弟とか!?!」
「いやいやいや…俺一般人なんで」
「オーディション受けたとか!」
「彼女いるんですかー?!」
苛立ちを必死に噛み殺しつつ、細く長く息を吐く。
「俺ぇ…ただの清掃員なんで〜仕事させてくださ〜い」
あくまでも笑顔のまま告げる。
「えー!もったいなーい!」
「お兄さん絶対アイドルやったほうがいい!」
「絶対推す〜!」
「あ〜はいはい、じゃあトレーは所定の場所にお願いしまーす」
「えー!」
何が楽しいのかケタケタと笑う女子高生たちを横目に、なんとか最後のゴミ袋をまとめるとわざとらしく手を振って彼女たちを引き離した。
時計を確認すると定時五分前。このままゴミを収集場に運び、身支度を整えて…
どんなに急いでもいつも通り…いいや、それ以上に遅い電車に乗ることになるだろう。
それどころか…今から帰ると考えたら、次の電車まで三十分以上間が開く……
あーあ、めんどくさ。
とにかく…あまり遅くなるとパートさんに心配をかけてしまう。
俺はひとまず、ぐっと重みを増した台車を押し込んだ。




