49話 好転
いつも通りに公演を終え、Toy Boxの面々は帰り支度を整えていた。
近頃はどこか吹っ切れたのか、動員の話題などは全く上がらない。
「やっとね、ファンサービス?のやり方わかったよ…!」
「城はさぁ!カメラ見つけるのはめちゃ早いから!流行りの愛嬌覚えちゃえば超楽勝だよー!」
「愛嬌…あれだよね?指ハートみたいな」
「うんっ!ハートならねぇ、ほっぺハートとか猫ハートとかぁ!」
「待って待って!俺にはまだ早いかも!」
コロコロとポーズを変える羊太郎を、城は焦ったように制した。
「えー!城こそこういうの得意じゃーん!」
「ポージングだけならね…!?でも、なんか、アイドルって違うから…!」
「そおー?」
羊太郎はこてんと首を傾げ、城は苦しげに首を横に振った。
その様子を遠巻きに見ていた猪介と良磨は、ただ目を合わせ頷く。
そろそろ退室を——
猪介がそう促そうとした時、彼の背広に収められたスマートフォンが震え出した。
Curtain Rise二階。
事務室では、清水がPC前で悶々と唸り声を上げ、その横を木村が通った。
「清水さん。もう二ヶ月になりますよ」
「……まだ、まだ一週間あります」
「一週間って…はは、まぁそうですね」
木村の物言いに、清水は気まずそうに目を伏せた。
何か言い返そうと口ごもっていると、ドタドタと音を立てて山本が事務室へ飛び込んできた。
「動画!!清水さん!!!動画!!」
彼の聞いたこともないような大声に、清水だけでなく木村も固まった。
「早く!落ちる!!」
「おい、落ち着けよ」
「ホームページが落ちた!!このままじゃ親まで!!」
「親って…蒼凛舎のサーバーにまで干渉してんのか!?何があったんだよ?!」
「いいから早く!動画!!!」
山本の必死な形相に、清水は眉尻を下げつつ口元を綻ばせた。
「ど、動画って…ファンコンテンツの??」
「そう!それ!!早く!!」
「あと効果音だけだから、少し時間もらえれば」
「ああもう!どけ!!」
山本は強引に清水をPCから引き剥がし、マウスを毟るように掴む。
「データどこすか!?!」
「デスクトップの制作中のとこに…」
「これか…!Curtain Rise公式アカウントは…ああよかったログイン済み」
「な、なんでそんなに急いでるんですか…?」
「ああくそ、やっぱ回線ゴミだろここ…たった十分の動画に何分かけんだよ…」
頭を掻きむしり舌打ちする山本に、木村は呆れた様子でため息を吐いた。
「で?何なんだよ?」
「アクセス分散のために上げられるもん上げてんだよ」
「なんでそんなことになってんだ?いくら弱小サーバーでもそんな簡単には落ちないだろ」
「え、え、どういうことですか?」
「…よし、アップロードできた」
うっすらと無視された清水は苦笑いを浮かべた。
山本はそんなことは気にせず、SNSを立ち上げ、投稿した動画を宣伝するため文章を打ち込む。
「…とりあえず過去投稿も再掲して、公演映像…共有ファイルにあったよな…」
山本は視線の一つもくれず、忙しくキーボードを叩き
続ける。
「…Toy Boxの?だったら自己紹介動画とか、宣伝写真から漏れた写真とか…私の個人ファイルの秘蔵っ子ってとこに…」
「マジすか!?めっちゃ助かります!!」
いまいち事態を飲み込めない清水を他所に、木村は自席に戻っていた。
彼は黙々とPCを操作すると、困り顔の清水を手招きする。
「これっすね。谷口に連絡しないと」
「えっ!!?」
硬直した清水を見て、満足そうに微笑むと木村はスマートフォンを手に取った。
「はい、お疲れ様です」
猪介は画面も見ずに、着信に応答する。
「谷口〜よかったな」
「はい?」
「その様子ならまだ知らないんだな?」
「今公演を終えて戻るところで…」
猪介がちらりとメンバーに目をやると、羊太郎が「あ!?!」と大声を上げた。
その声は電話口まで届き、木村は「気づいたな」と笑って通話を終えた。
羊太郎の声に驚いた城が両手で胸を押さえると、良磨は優しく背中を摩る。
「どうしたんだ?」
「城!見て!!城!!!」
城が覗き込む間もなく、眼前にスマートフォンが差し出される。
羊太郎の突き出した画面に映るSNSの投稿には城の写真が添付されていた。
「わ、俺だ」
「しかもこれ!モデルの時の?」
「そうだね…これファンクラブの会員証だ…10枚だけ生写真にサイン入れたやつ……」
「相当なレアモノだな…」
写真の手前には城のファンクラブ会員証、その背後には公演中の城が映り込んでいた。
「『これからも応援します』…だって!嬉しいなぁ…俺、ファンいたんだ…!」
投稿文を噛み締めるように微笑む城を見て、羊太郎はにんまりと口角を釣り上げる。
「し、か、も、これ!見て!!」
羊太郎はこれ見よがしにスマートフォンを操作し、投稿主のプロフィールを表示させた。
「…松田…?」
城の気の抜けた声に、良磨もプロフィール欄を注視した。
「…松田龍……!?あれだろ!?なんとか主演賞とかめっちゃ取ってる!」
「り、龍さん!?なんで龍さんが俺を…?!?」
「なんでって!!ファンなんでしょ!」
「ファン!?俺の!?俺が…!俺がだよ!俺がファンです!!」
混乱気味の城を羊太郎と良磨は微笑ましく見守っていた。
猪介は吹き出しかけたのを押し留め、通話履歴から木村へ折り返す。
「先輩、見ました。どうすればいいですか?」
「どうって…宣伝になるようなことはなんでも!!とりあえず酉脇さんに返信させるとこからだな!」
「返信…」
猪介の復唱を耳にした羊太郎は、パンっと手を叩き飛び跳ねた。
「そうだよ返信!城返信しなきゃ!!」
「へ?な、なに??」
「そりゃ応援ありがとうございますとかだろ!」
「ええ!?龍さんに…!?い、いいのかな…」
城はおずおずとスマートフォンを取り出し、ホームボタンを押し込む。
——しかし、反応がない。
「あれ?点かない…?」
「充電忘れちゃったー?」
「ううん…?朝は満タンだったよ…?」
良磨は眉を顰め、顎を撫でた。
「……城のアカウントもめちゃ拡散されてたり…して」
「あるある!ありえるよ!え!?まさか城通知切ってない!?」
「ん?切ってないよ??あんまり来ないし…」
羊太郎は口をぽかんと開いたまま固まり、良磨は静かに腕を組む。
「僕のスマホでログインしな!?早く早く!!そんな状態なら文面は考えてからコピペしなきゃ!」
「へ!?」
「猪介!?いいよね!!」
「お願いします」
猪介が食い気味に返すと、羊太郎は城にスマートフォンを手渡した。
「谷口、熱があるうちに動けるだけ動け!」
「はい」
「あと…取り急ぎだけど祝賀会だな!主役帰すなよ!」
「羊太郎さんは未成年…」
「二十二時前には解散するって!んでお前が送って帰りゃいいだろ!」
猪介が返答に悩んでいると、羊太郎が猪介の袖を掴んだ。
「僕が何!?」
「…私と一緒に帰りたいですか?」
「今日?いいよー!!」
「……承知いたしました。連れていきます」
「羊太郎ー!!大丈夫かな!?これで大丈夫…!?」
城に呼ばれた羊太郎はすぐに駆け寄り、画面を確認し何かを指摘していた。
良磨はその横で優しく城を慰める。
「…一旦、好転と取っていいんですよね?」
無表情を崩さないまま声色だけを和らげた猪介に、木村は興奮気味に返答する。
「当たり前だろ!!こっからの売り込みは考えるにしても!!一番の課題はクリアした!」
「そう…ですね」
「だから!お前もちょっとは喜んでみせろよ!?つまんねぇ顔してたらメンバーもテンション下がるだろ!」
「…はい、とりあえず全員連れて戻ります。」
冷静そのものの彼は相変わらずの仏頂面だ。
そんなことは気にもかけず、Toy Boxのメンバーは小さな画面を囲み笑い合っていた。




