50話 構想
松田龍の投稿により、Toy Boxの知名度は急上昇した。
『パリコレモデルがアイドルデビュー』などキャッチーな見出しと共に、幾多のネットニュースがToy Boxを取り上げた。
「またバラエティ出演決まりましたよ!」
敬遠されていたテレビ番組からの依頼も、いまやひっきりなしだ。
「谷口、メンバー大丈夫か?急に仕事量増えたけど」
木村の問いに猪介は頷く。
「はい。城さんは慣れていますし、羊太郎さんは俄然やる気になっています。良磨さんは体力ありますし…」
「メディア出演も大事だけど、自社公演は?演出の打ち合わせはいつ?」
「明日の十二時です。その後に収録があるので移動時間を考慮し、二時間程度を予定しています」
藤井の質問にも猪介は動じずに返答した。
「マネージャーさん、本領発揮だね」
清水はにこにこと笑いかける。
近頃は、多忙ながら淡々との業務をこなす猪介へ、関心と心配の目が向けられている。
猪介は通常通りの冷静な態度ながらも、どこか居心地が悪そうにしていた。
通知音や着信音で騒がしい事務所内。
黙々とPCと向き合っていた平井へ藤井は笑いかける。
「…平井さんの狙い通りになりました」
「え、なんのことですか?」
「コンセプトです。Toy Boxの世界観を考察する人たちが増えてきています。そろそろ本格的に物語を動かす時では?」
「……そうですね」
「…なにか?」
平井は硬く口を結び、首を下げた。
「……そろそろ…動かすべきですよね」
静かに立ち上がった平井は、そのまま事務室を後にした。
彼女はある場所へ歩みを進めながら、直近の公演への反響を思い出していた。
Toy Boxの世界観において、最も考察の余地がある『災害』
メンバーたちは自らの住処であるおもちゃの国を、この災害によって破壊されている。
しかし彼らはそれを憂うどころか、作り変える機会と捉え、和やかに復興を進めている。
これは結成当初から変わらず、最近では復興を楽しむ素振りが強く現れている。
「…これが、童心をテーマに置いたToy Boxにとって、最適解とも言えます」
「…そうだねぇ?」
急に現れ捲し立てた平井に、驚きもせず町田はゆっくり頷いた。
「最初、彼らの目標は復讐へ流れると想定していました」
「そうなの?意外」
「そうすれば物語として軸が見えやすい、役柄も立てやすい。演じる上で基盤があるのは…楽ですから」
「まぁねぇ」
「それか…『災害』の存在を忘れ、ひたすら復興に走ると…未来の目標を掲げるのも軸としては強いです」
「確かにね…彼ら結構、災害自体は意識してるよね」
「『くるもんはくる』牛頭氏が公演中に言っていました。彼らにとってこれは攻防戦ではない日常」
「…」
「当たり前に存在するもの、それをどう楽しんでいくか…理想的な解釈です」
「うんうん、彼ら意外と演劇向きだよね。それで?世良ちゃんは何をしに来たのかな?」
平井は途端に勢いを失い、もじもじと身を捩った。
そして机の上に広がった無数の書類を指先で叩く。
「私は…攻防戦に戻したい」
「……彼らの演じ方を変えたいってこと?」
「違う、違うんです。変えないまま…むしろ変わらないと確証が得られた今だからこそ……」
彼女はじっと町田の目を見つめた、覚悟の宿る瞳だが今にも涙がこぼれ落ちそうなほどに溜まっていた。
「『災害』の元凶である『仮想敵』を現実のものにしたい」
「………つまり?」
「…これが企画案です」
平井は机の上に広がる書類を無視し、紙の束を広げた。
飛び散る書類には目もくれず、町田は広げられた紙を眺める。
「『Society』現実と社会性を体現するユニットです」
「現実…かぁ」
「Toy Box結成前から考えていました。でも、Toy Boxが復讐に走るような…そんな童心や夢とはかけ離れた現実や苦しみを体現するようであれば……」
「コンセプトからはズレるね…うん、うん」
「今の彼らなら…この現実のユニットに攻め入られても少し遊びに来た人たち…くらいで流してくれます。そんな解釈の元演じてくれています…社長、どうか…」
真新しい社長椅子がくるりと周り、平井に背を向ける。
平井は全身を緊張させたまま、町田の唸り声を聞いていた。
「実はねぇ…世良ちゃん」
「はい」
「Toy Box発足のために蒼凛舎からもらった資金には余裕があるんだよ」
「そ、そうなんですね」
「それに…彼らそんな凝った衣装も小道具も使わないでしょ?曲とかも馴染みのとこで済んじゃったし」
「あ、あくまでおもちゃの国なので…チープ感は逆に必要というか…酉脇城と合わせるとなると…なかなか…」
「最近、彼らの勢い凄いしねぇ…資金には余裕があるよ」
町田は立ち上がり、背中を伸ばした。
動いた椅子が机の上から書類を押し出し、ただでさえ散らかっていた床が見えなくなった。
「でもねぇ……」
「…はい」
「人。どうやって集めるの?その感じだと…『夢を持って芸能界を目指す人』は論外でしょ?」
「…そう…ですね。むしろ芸能界とは縁遠い…社会経験のある人、芸歴などは皆無でも…実務で社会を知っている人…」
話しながら、平井の顔はどんどん曇っていった。
「…むり……ですよね」
「そうだねぇ…」
口をきゅっと結び、拳を小さく振るわせる平井へ、町田は笑いかけた。
「やめてよーいじめてるみたいじゃない!大丈夫!地道に足で探せばいいさ!」
「足…で」
「みんなでさ、一人三人くらいスカウトしてくればめぼしい人も見つかるんじゃないかな?とりあえず声かけくらいはしてみようよ!」
「い、いいんですか…!やらせてください!」
「うんうん、ダメ元でもやる価値はある!今度の会議でみんなにも共有して…いい人がいれば、くらいだけどね」
「はい!やります!!ダメなら諦めます!!」
「はは、頼もしいなぁ〜千古座にいた時を思い出すよ〜」
町田が語り出したのを他所に、平井は広げた書類をかき集め、挨拶もそこそこに社長室を飛び出していた。
「あ…ひどいなぁ、もう……まぁ、やる気があるのはいいことだね」
町田はため息混じりに笑うと、床に散った書類を一つずつ集め始めた。




