45話 考察
Toy Boxなどというくだらないユニットが結成して、早二ヶ月。
可能な限り足を運び、観劇を続けたが内容は惨憺たるものだった。
『実力者のお遊戯会』と謳っているが、その実、ただのお遊戯会に過ぎない。
酉脇城という最高の人材を有しておきながら…よくもまぁここまで悲惨な出来に仕上げたものだ。
もはや拍手を送るべきだろう。
「高雅様、お迎えは二時間後でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
家人を下がらせ、ロビーへ踏み入ると見慣れないポスターが視界に入った。
本日の公演を告知するためのものだが、デザインを一新したらしい…色合いが落ち着き、イラストが減っている。
これに何かの意図があるのか。デザイナーを変えたのか…
私の見込みではこの企画は一年と持たずして終了するはずだ。今更尽くせる手はないだろう。
活動二ヶ月を過ぎても、客層は変わらない。
脚本上致し方がないが幼児が多く、彼らは時が経てば否応なく離れていく。
件の脚本も変わり映えせず、パターン化された構成に冗長感が拭えない。
私個人の好みの問題かと疑いもした。
Curtain Rise唯一の所属タレントであるルミは、実力こそ評価に値するが、私は受け付けない芸風だからだ。
蒼凛舎の傘下である以上、酉脇城をぞんざいに扱うとは考えたくない。
一縷の望みを胸に、付き合いのある脚本家や舞台監督…その他心当たりは全て辿り、意見を募ったが……やはり芳しくない。
ホール内へ足を踏み入れる。まだ開場直後ということもあり、ほとんど空席だ。
最後列の席に腰掛けようとすると、座面にビラが置かれていた。
『当公演の注意事項』
………Toy Boxは常々、注意や規則を『お約束』と言い換えていた。
ポスターのデザイン変更と合わせて考えると、恐らくはターゲット層を変えた…?
今更…いや、急すぎる。
こういうものは徐々に…反応を見ながら行うものだろう…?Curtain Riseは本当に、一企業としてどうかしている。
肝心の注意事項内にも、見逃せない記述があった。
『当公演は撮影可能です』
…狙いはわかる。
元から付いていた中〜高校生にターゲット層を引き上げ、撮影を許可する。
つまり、現代のSNS社会に最も適応している世代へ、拡散を任せるのだ。
確かに、彼らの容姿や初見の印象を考えれば…多少の反響は望める。
しかし……あぁ、どこまであの事務所は酉脇城を安売りするつもりなんだ?
今まで積み上げた彼のキャリアに泥を塗り、大衆に踏みにじらせ…
こんなことがなぜ許されているのか、これは本当に現実なのか…??
彼へ無数の軽薄な視線が…安価なカメラが向けられることを想像しただけで吐き気がする。
諸悪の根源であるCurtain Rise、この会社の元を辿ると千古座という劇団に当たる。
古典新劇問わず、安定したクオリティで公演を続けており、所謂知る人ぞ知る劇団。
時の人とでも言うべき俳優、松田龍もこの劇団の出身者だ。
なら、もういっそ…俳優にでもなってくれたのなら良かったのに…
開演の時間が迫り、ちらほらと席が埋まっていく。
私は手帳を広げ、いつも通りメモをとり始めた。
広告と撮影許可の変化は大きい、取り上げるべき要素だろう。
扉が閉められ、照明が落ちると開演ブザーを省略し、腑抜けたBGMと共に舞台上のライトが点灯した。
「…ようこそ!おもちゃの国へ」
一拍、意味のない間があった。
恐らくだが場内の様子を伺った結果だろう。
「わっ!まってまってー!」
遅れて走り出た加賀羊太郎は、セルカ棒を手にしている。
「なにそれ?」
「今日はね!いっぱいお写真撮ろうと思って!」
得意げに飛び跳ねると、酉脇城の肩を抱き寄せる。
それと同時にシャッター音が響いた。
つまり…撮影可能であることを示すための導入であろう。
しかしまぁ、これは世界観的にはどうなんだ?
スマートフォンというものを、堂々と使用して問題ないのか?
いや、Curtain Riseにそんな作り込みは期待してはいけない…
「みんなも!可愛い僕らをたぁっぷり撮ってねっ!」
加賀羊太郎。現役高校生ながら、インフルエンサーとして固定のファンも付いている。
彼のファンらしき女性達は、呼びかけがなくともスマートフォンを構えていた。
「…あれ、リョウマは?」
酉脇城が首を傾げるが、彼女らのカメラは羊太郎から離れない。
二人が疑問符を浮かべていると、舞台裏から徐々に喧しい足音が迫ってきた。
「おーーい!」
牛頭良磨。秀でた功績こそないが、長年器械体操を続け、地方局で教育番組に出演していた。
彼は、舞台中央にたどり着くと、大袈裟に腰を折る。
そのまま膝に手をつき、肩で息をしている。
「どーしたの?」
「大丈夫…?」
彼は羊太郎に覗き込まれると、大きくのけ反り腹部を伸ばした。
「ふー!疲れた!」
「ねー!ね!なにー!!」
良磨の周りを羊太郎が跳ね回り、城はそれを生暖かく見守る。
彼の瞳にはチープな青が貼り付けられ、本来の琥珀の輝きが完全に奪われてしまった…
「前に直した絵!あっただろ!」
「絵〜?」
「みんなと一緒に探したよね」
「あ、広場の絵ね!」
羊太郎は手を打ち、その場で一回りする。
…その一連の動作に身のこなしの巧さが滲み出ている。
これはなにも加賀羊太郎だけではない、牛頭良磨も公演中なんでもないことのようにアクロバットをこなしている。
しかし、あくまでも作中の日常的な動作として行われるため、大きく話題にはなっていない。
つまり、プロデュースが完全に的外れなのだ。
「とにかく来てくれ!」
良磨の呼びかけにそれぞれが応答すると、BGMが変わり、舞台上の照明がいくつか消灯した。
毎回のことながら、曲の挿入タイミングが効果的でない。
…今回は場面転換のためなのだろうが、助走のためにセリフをつけるだとか、違和感を拭う術はいくらでもあるというのに…
ルミとの最大の差はここで、彼女に比べると彼らの楽曲はストーリーから浮いている。
これなら、演劇要素を削った方が、まだ素直な構成に思える。
そもそも演技力を考えれば演劇などする必要がないのだ。
俳優など到底無理だ。やはりモデル。
モデルだ、酉脇城。
なのに何故そこにいる。
「わっ!ひっどーい!」
楽曲が止まり、羊太郎の叫びと共に舞台が照らし出された。
散らばる瓦礫はいつも通りだが、舞台中央に鎮座する大きな額が目につく。
正規デビュー後の初公演で復元した絵画だろう。
「なぁ!?またやり直しだ!」
「……」
城は顔を伏せたまま、床に散らばる欠片を見つめていた。
薄く落ちた影が表情を読み取らせず、口元からも瞳からも確定情報が得られない。しかし、視線を惹きつけ離さない。
——余白
これこそが酉脇城……………
本当に…どうして…
込み上げる胃液を飲み込み、逸らしたくとも逸らせない目には涙が溜まる。
彼はそんなことはつゆ知らず、破片の一つをいたずらに持ち上げ、指先で撫でる。
その優雅な滑りの…なんと美しいことか。
「キズキー?」
羊太郎が彼を覗き込むと、彼はゆっくりと視線を上げ、舞台上を確かめるように眺める。
「…キズキ」
「……きっと、みんな忘れてしまったんだね」
手にしていた一片を胸元に寄せ、今度は客席を一望する。
その動作、言い回し、全てがこちらの警戒心を強めさせる。
特有の緊張感の中、羊太郎と良磨もそれぞれ破片を拾い上げた。
「ピースが足りない」
良磨の呟きに羊太郎は大きくため息を吐いた。
「なぁんでこんなことになるかなあ〜?」
「…忘れてしまって…捨てられてしまったのかもしれない」
「そんなぁ!そんなことないよぉ!ねっ!?ねー!?」
羊太郎はなぜかこちらに呼びかける。
時折出てきていた設定だが…この、忘れたや捨てたがなんのことなのか、さっぱりわからない。
「最近は、災害ばかりだ…」
城が息詰まりながら呟く。
『災害』
Toy Boxにおいて、一番の欠点はここだと言ってもいい。
この世界観において、現実的すぎる言葉。
言葉そのものの違和感もそうだが、脚本だ。
幼児向けにするのであれば、もっと具体的に『災害』の原因、悪さをする役柄を出して勧善懲悪物にすればいい。
もしくは、もっと問題提示をわかりやすく。さらに、解決を教訓めいたものにして、教育番組的手法を取ればいいのだ。
しかし、Curtain Riseは何故かこの部分を不明瞭なまま扱っている。
恐らく意図ではなく、脚本の詰めが甘い。
「災害…なぁ…まぁくるもんは来るし」
良磨が顎を撫でながら呟くと、城は客席を見つめる。
「…覚えているよね?」
問いの意味はわからないが、何かを投げかけているのは伝わる。
「そーそ!こうやって帰ってきてくれたし!」
「…うん」
…この帰ってきた、や、おかえりなさいなどの意味も未だ不明瞭だ。
アイドル的コンセプトでゲストを歓迎しているだけだと思っていたが…
「直せないならまた作ればいい!」
良磨の呼びかけに羊太郎は大きく頷いた。
「そうだよ!みんなまた作ればいいんだから!!」
こちらに呼びかけている。
……何か意図が?
私が疑うのと同時に、視界の端にいた女性が小さく肩を跳ねさせた。
おそらく羊太郎のファンだろう、スマートフォンの画面いっぱいに羊太郎を写し撮っている。
「忘れてないよね?思い出してくれるよね!!」
羊太郎の呼びかけに、女性は控えめに体勢を変えた。
私たちが何かを忘れているとでも言いたいらしい。
「…今度はどんなふうにしようか?」
城の威圧感が溶け、表情が綻ぶ。
舞台上の空気が軽くなったどころか、浮遊感さえ感じさせる。
これは意図的な緩急なのか?
「そりゃあもう!超強く作り直すだろ!?」
「そんでもって可愛くね!!」
良磨と羊太郎の言葉に、城は満面の笑みで応えた。
「そうだね!」
三人は客席に視線を送ると、目を見合わせた。
「おもちゃの国はいつでも楽しく待っているから!」
息を合わせた呼びかけの後、三人は手を取り合う。
何がそこまで楽しいのか、子供のような笑い声を上げながら顔を寄せ合う。
すると、イントロが流れだした。
この曲は、前回もこのような動きで流れ出していた、おそらくあれと楽曲に関連性がある。
いや、そんなことはどうでもいい。
この流れはなんだ?
今までセリフで軽く流していた『忘れた』だとかを…なぜ今日はここまで強調する?
広告や撮影許可の変化と、関連性があるとするのなら…
Curtain Riseが、そこまでの仕込みをするとは到底思えないが…
おそらくは「メタファー」
Toy Box世界観においての、おもちゃの国や災害に何かの含みがあると匂わせている。
これが何を示すか。
本格的に、ターゲット層を引き上げにきたと捉えていいだろう。
…だからなんだというのだ?
大した拡散力もないのに、現在の顧客を踏み躙るような行為。
いや、惹かれる者もいるのかもしれない…こうした考察の余地は、特定の人種を惹きつける。
これはむしろ、私にとっては好機だと捉えていい。
かつての輝きを識る者にとって、Toy Boxの…現在の酉脇城がどれだけの失望を与えるか。
Curtain Riseへ、ファッション業界はおろか、芸能界から正鵠を射った意見が夥しく寄せられるだろう。
ああ…それで、なんとか彼を、解放してくれればいいのだが…




