44話 停滞
山岡市内、都心部に位置する市営ホール。
客席は半分ほどが埋まり、その大半が幼児連れの家族が占めていた。
キズキはパステルカラーのパネル裏から顔を出し、客席を一望するとにっこりと微笑む。
その笑顔に、少数ながら集まった高校生たちが色めき立った。
「ようこそ!おもちゃの国へ!」
もはやお決まりになったセリフが響き、観客は歓声で応える。
「なぁんでこんなひどいことしちゃうかなー!」
ヨウタロウがスキップで瓦礫を踏み締めると、舞台を一周し、呆れたように腕を組んだ。
「今日はマシじゃねー?」
リョウマはあくび混じりに、腕を伸ばす。
すると音響がそれに応える。
コマンドが成立し、一曲目の再生が始まる。
歌い出しに他メンバーも続き、ライブを進行しながら瓦礫を退ける。
腕の取れたテディベアを拾い上げ、キズキが優しく抱きしめると舞台中央に丁寧に座らせた。
『少しまちがえちゃったみたい?』
ヨウタロウの歌声に続き、キズキは頷いた。
『大丈夫きっと、ごめんねって言ってくれる』
「だといいけどー」
ヨウタロウがセリフを挟むと、リョウマが背負うほど大きなテディベアを担ぎ上げた。
『だって!ここはおもちゃの国!』
テディベアを担いだままリョウマが大きな瓦礫を飛び越えると、キズキは「おー」と小さく拍手した。
目まぐるしく転換する照明が、メンバーの個性を際立たせる。
フォーメーションなどなく、思い思いに舞台上を駆け回るToy Boxに、観客は嬉々として見入っている。
しかし、その誰もが、もう見た顔であった。
演目を終え、皆が控え室に集まっていた。
ライブ中の音響に慣れた耳が、なんとなく物寂しさを訴える。
「前の方埋まってたね〜」
「もう少し入り早くできたかな…」
「あんなもんだろ」
停滞の兆候には誰も触れず、Toy Boxメンバーは比較的明るい。
しかし、その様子を猪介は苦々しく見つめていた。
「…皆さん、よろしいですか」
「はーい」
「なんですか?」
「……そろそろ会議が入るのですが…」
「会議?」
「なんのー?」
「……テコ入れ会議です。」
三人の空気は一気に沈む。
それを断ち切るように猪介はまっすぐ彼らを見つめた。
「…単刀直入に聞きます。自らの実力を信じますか?それとも、手っ取り早く数字をつけたいですか?」
「数字って…」
羊太郎が言い淀むと、良磨が軽く手を叩いた。
「それって比例しないんすか?」
「…必ずしもそうとは限りません。詳しくはお話ししませんが…多少苦労してもこのまま地道に続けるのか…多少信念を曲げても数字を取るのか…どうしますか?」
猪介の真剣な面持ちに、城は静かに顔を上げた。
無表情に近い、濁りのない瞳。
「猪介さん…Toy Boxは——」
Curtain Rise三階。
会議室の壁には、プロジェクターで正規デビュー後の動員数が表示されていた。
「動きませんね」
藤井がため息混じりに呟くと、育美は頬杖をついた。
「そうねぇ…まぁ、まだ様子見じゃない?」
「正規デビューから一ヶ月、その数字としては…まぁ…」
平井が言葉を飲み込むと、周囲は彼女に注目した。
「…予想はしていましたが…」
彼女の吐き出すような言葉に、周囲は深く肩を落とす。
「…これは、やっぱり城さんの影響ですか」
猪介が淡々と呟くと、木村は大きく頷いた。
「デザイナーとかファッション業界はもちろんだけど…有名演出家、他にも大勢が酉脇城の転身を快く思ってない。」
「いくらか炎上商法よろしく伸びると思ったんだけどなぁ」
山本は背を伸ばしながら、伸び悩む動員数を見つめる。
「酉脇城を扱うこと。それ自体が業界のタブーになりつつある。」
平井の言葉に、町田は無理やり笑顔を作った。
「彼、知名度あるのにね?業界はともかくなんで世間は取り上げないんだろ?」
藤井が髪を耳にかけ、プロジェクターの電源を落とした。
「酉脇城。モデルとしては名が売れています。」
「でしょー?もう少し話題に上がっても…」
「モデルとしては。ここが重要なんです。」
町田は狐につままれたように顔を歪めた。
「業界関係者は彼を重宝しています。でも、世間はあの広告の子、あのCMの子。そういう認識でしか知られていない。…酉脇城という名前は知らないんです。」
「酉脇さんって今までインタビューとかバラエティとか一切受けてないから……それが業界ではストイックでウケてたけどなぁ…」
木村が言葉尻に笑いを含めると、平井は眉間を押さえた。
「ネットニュースでも多少取り上げていましたが……まさか、ここまで反響がないとは…」
「それどころか…これよ!!」
育美はノートパソコンの画面を向けた。
かつては酉脇城のファンブログだった個人ブログだ。
「……テーマ感が弱い」
「ルミの二番煎じ…」
各々が内容を読み上げ、苦々しく顔を伏せた。
「見事なまでに反転アンチね!ファンはだんまり、アンチはお祭り。起こりうるトラブルが全部起きた!!」
猪介はパソコンを覗き込み、目を細める。
「…他のファンはなんで黙ってるんですかね。」
「さぁね!こいつらにとってはモデルじゃない酉脇城に価値はないんじゃない?」
「…そすか」
平井はすっと画面から視線を外し、天を仰ぐ。
「Toy Boxは企画倒れ。耳が痛いですね。」
噛み締めるような発言に、猪介は間髪入れずに問いを投げる。
「まだ倒れてはないですよね?」
「まだ、な!でもいつ蒼凛舎が口挟んでくるかわかんねぇよ」
山本が猪介の背を叩き、呆れたように腕を組む。
「ここいらが潮時じゃないっすかねぇ?」
「私もそう思います。対処は早い方がいい。」
藤井の発言に平井はゆっくり頷いた。
「テコ入れ、ですか」
彼女の発言に、藤井が立ち上がり資料を配る。
「いくつか案を考えてきました。有名インフルエンサーとのコラボや、ルミさんとの共演。他にも案件多数。とにかく知名度を優先したいところです。」
「さっすが藤井女史。」
木村が茶化すと、藤井は猪介を見つめた。
「Toy Boxの実力を信じるのなら、これが手っ取り早い」
猪介は藤井と見つめ合ったまま、小さく「はい」と呟いた。
「はいじゃない!!馬鹿!!」
育美は立ち上がり、資料を机に叩きつけた。
「こんな売り方して、今後の彼らの世界観は!?Toy Boxは童心の象徴、私たちの売りは実力者のお遊戯会!全部足蹴にするつもり?!」
終始穏やかに見守っていた清水は、育美の手を引いた。
そして猪介へ宥めるように話しかける。
「正直もったいないと思う…世良ちゃんが太鼓判押すくらいToy Boxのみんなは役を作れてるし…急に押し売りみたいに…」
「清水さん、そのやり方がさっきの数字ですよ?」
山本が口を挟むと、清水は静かに口を閉じた。
「…このままだと、上手くいって少し名の知れたローカルアイドル止まり…でしょうか。」
平井の言葉に木村は手を打った。
「平井プロもそう言うなら、もうそうでしょ!」
「でも……」
「ここはヴィエルジュ・プロダクションじゃない!Curtain Riseです!蒼凛舎の傘下なんですよ!」
木村が強く言い切ると、会議室には沈黙が広がった。
「だいたい、酉脇城をアイドルにするなんて…こうなるのなんて…わかりきってたじゃないっすか…」
彼がバツが悪そうに呟くと、清水は机に顔を伏せたまま唸った。
「木村さんの仰ることは…正論です、わかってます。」
それぞれの意見が飛び交う中、町田は虚空に指先で円を描き、何やらモゴモゴと話し続けている。
その異様さに、自然と皆の注目が集まった。
「うーん…そうだねぇ。みんなの気持ち、よぉくわかるよ。」
「社長、気持ち悪いからやめてください。」
「角田ちゃん、こういう時はやっぱり本人の意思が大切だと思う。」
「酉脇さんのですか?」
「Toy Boxの」
町田がパチリと目を開き、猪介を見つめると彼は眉ひとつ動かさずに頷いた。
「聞いてあります。」
「あの人らなんて?」
「苦労してもいいから『Toy Box』を続けたいと」
猪介の発言に、山本は大袈裟なため息を漏らした。
「んで?お前は工藤社長になんて説明する気だ?」
「…平井先輩」
「え、わ、私ですか?」
平井が身を跳ねさせると、猪介は立ち上がる。
清水はあわあわと手を振り、彼を静止しようと試みた。
しかし、それは振り切られ猪介は平井の前へ一冊のノートを差し出す。
「コンセプトノート…?」
平井が恐る恐る受け取ると、木村が吹き出した。
「今更コンセプトがなんだってんだよ!」
「…木村先輩、ここはCurtain Riseです」
「はあ?」
腑抜けた声を出す木村の横で、平井はひたすらにノートを捲る。
「………社長」
「んー?」
呼びかけられた町田は、ゆっくりと平井を見つめた。
彼女は静かにノートを閉じ、胸に引き寄せる。
「悪あがきをさせてください。」
平井の言葉に藤井はぴくりと眉を動かした。
「どういうことですか」
「二ヶ月。これで結果が出なければ本格的に…藤井女史の仰る通りに進めましょう」
平井が噛み締めるように呟くと、町田は何度も頷いた。
「うん、うん。何か策が浮かんだ?」
「はい…」
「……聞かせてもらおうかな」
町田が体勢を変えると、安物のパイプ椅子が低く唸った。




