43話 関係
Curtain Rise五階、音響設備の整った、ダンス練習などに使われるスタジオ。
その壁を全面覆っている鏡の前で、Toy Boxは横並びに立っていた。
「右足ひいて、少し屈んで、そのままくるっと!」
「わ〜かわいいねぇ」
「でっしょー!複雑なやつより大胆なやつがいいかなって!」
「すげぇなぁ…」
羊太郎が得意げに笑うと、良磨は感心のため息を吐いた。
「ずっとこういうのしたかったんだよね!!」
「ファンの子、喜んでくれた??」
城が優しく綻ぶと、羊太郎は大きく頷いた。
「もっちろんっ!」
「変わらず応援してくれる人がいるって…冷静に考えてすごいことだよな」
「ほんとだよー!城もさ!きっといるよね!」
「お、俺…?どうだろ?」
「ファンクラブとかあったんだろ?」
「い、一応?でも…ほら、会ったりしたことないからなぁ…」
城がぎゅっと目を閉じ頭を下げると、羊太郎はきょとんと固まった。
「でもなんか、サイン入り会員証がどうとか…」
羊太郎の発言に城はぶんぶんと首と手を振った。
「それは!その、蒼凛舎伝統…みたいな!…あ、そう言えば!コマンドって決めた…?」
あまりに強引な切り替えに、良磨は吹き出した。
「僕決めた!こうっ!」
羊太郎が腰に手を当て目元でピースすると、城は綻び柔らかく手を叩いた。
「き、決めたんだ…俺、どうしよう…」
「後から変えてもいいって猪介さん言ってたし、とりあえずやりやすいのでいいだろ」
城は小首を傾げ、鏡に映し出された自身の姿を静かに見つめていた。
その横で良磨が腕を組み天を仰ぐと、羊太郎は何かを思い出したかのように手を打った。
「猪介と言えば!」
「?」
「見てよこれー!」
羊太郎はスマートフォンを差し出す。
覗き込むとメッセンジャーアプリのトーク画面が開かれていた。
「わ、本当に毎日メッセしてたんだ」
「割と普通に返してくれてね?」
絵文字満載でいかにも羊太郎らしいメッセージ。
それに対し猪介は淡白気味ではあるが、三行以上の比較的丁寧な返信をしている。
「でもさぁ〜ぜんっぜんプライベートのこと教えてくれないっていうか〜…適当?好きな食べ物聞いたらこれだよ?」
「『食べられればなんでも』…あんまりこだわりないんじゃないかな?」
「休日なにしてる?って聞いたら休んでるって」
「そりゃそうだ」
良磨が笑うと、羊太郎は頬を膨らませスマートフォンをしまった。
「いい加減心開いて欲しいなぁ…ねぇ、僕避けられてる?」
「いやぁ、だったらもっと適当じゃねー?」
「マネージャーさんだからね。俺、猪介さんは優しい方だと思うよ。」
「そう…?こんなもんなのかなぁ…」
城は肩を落とす羊太郎へ寄り添い、眉尻を下げて微笑んだ。
「もっと怖い人もいるし、もっとあったかい人もいるけど…こういうものだよ?」
「……そうかなぁ…」
羊太郎の大きな瞳に影が落ちると、城は「んー」と自分の唇に指を押し当てた。
「あんまりお友達みたいになっちゃうのも…コンプライアンスとか…あるみたいだから」
「でもでも!タメ口くらいなら良くない?」
「年上だからなぁ」
「良磨同い年だよ」
「は!?!?」
「知らなかったー?」
良磨は笑顔のまま固まり、城へ視線を移す。
視線の先の彼は首を横に振った。
「でも…うん、おじさんって感じはしないよね」
「…いや…なんか…あんなしっかりした人がタメ……かぁ…」
「僕逆にさぁ、良磨と同い年なのにこんなに冷たいんだ!と思っちゃったよ!」
「いやいやいや!俺がちゃらんぽらんなだけだろ!!」
慌てる良磨の横で、未だ納得いかない様子の羊太郎は眉を顰めた。
「羊太郎くんは…かわいいね」
「え!?なに?なんで今?」
城がどこか空気が抜けたように言うと、驚いた羊太郎は彼に詰め寄った。
「なんか…弟?みたいな…俺一人っ子だから」
「あーそれわかるわ、弟感ある」
「えー!?本当!嬉しい!僕お兄ちゃんだもん!」
「兄弟いるんだ?」
「いるよー!生意気な妹!」
「羊太郎くんの妹なら可愛いんだろうなぁ」
城が緩やかに広角を上げると、羊太郎は首を傾げた。
「似てないよ!黒とか青とかばっか着て暗い感じ!」
「真逆だね」
「わかんねぇけど兄弟ってそんなもんなのかもな」
良磨がうんうんと首を振ると、羊太郎はきょとんと目を丸くした。
「え、良磨も一人っ子?」
「そうそう」
ふと、背後の扉が開き猪介が顔を出した。
件の人物の登場に良磨と城は固まっていたが、羊太郎は軽やかに駆け寄った。
挨拶もそこそこに彼の前に立ち塞がると、ぴょんぴょんと小動物のように彼へまとわりつく。
「猪介はー?猪介は??」
「はい?何がですか?」
「兄弟いるかって話してたんすよ」
「兄がいますよ」
「え、少し意外ですね」
城は口にした後に、慌てて口元を覆った。
「猪介のお兄さんってなんか怖そう〜」
「……」
猪介は三人から視線を外し少し考え、大きく頷く。
「怖いですよ、世界一。」
「へ」
「なにそれ!どーゆうこと!?」
「…ところで、振り入れは順調ですか?」
「超順調だよっ!それよりさっきのなにー?!喧嘩とかしたことあるの!?」
猪介はまとわりつく羊太郎をいなしつつ、出入り口へ誘導した。
「順調ならなによりです、撮影準備が始まったので着替えお願いします。」
「えー!ね!なにー!!!」
「羊太郎、とりあえずいくぞー」
「気になるじゃーん!?」
良磨は半ば羊太郎を引きずりながらスタジオを後にする。
猪介がその後に続こうとすると、城は彼の背後で小さく笑った。
「やっぱり俺、猪介さんは優しいと思います。」
「…はい?」
「マネージャーさんって、こういう感じじゃなかったので…」
暫しの沈黙の後、城が気まずそうに視線を逸らすと、猪介は腰に手を当てた。
「…城さん、コマンド決まりました?」
「へ?!いや…その……まだ…」
「……」
「えっと…あの…は、早めに決めます…ごめんなさい…」
肩を丸める城を見て、猪介は満足気に口角を上げた。
「私は結構厳しいですよ。」
城はほっとしたように笑い、二人の後を追いスタジオを後にした。
伽藍堂になったスタジオには、彼らの残したToy Boxの設計図や羊太郎が書き残した指示書が散らばる。
猪介は、それを丁寧に抱えると三人の後を追った。




